ようこそ癒しの温泉へ
新作です。
よろしくお願いします。
「いらっしゃいませ!」
国の外れのひなびた温泉宿、『一角竜』へ今日もお客様がいらっしゃった。
ご贔屓にして下さるお客様によると私の声は、辺境の宿屋には似付かわしくない鈴の音の様な澄んだ声だそうよ。
それを張り切ってロビーに響き渡らせてお客様をお迎えするの。
そんな私をカウンター越しにして、男ばかりの4人組冒険者のお客様が顔を見合わせている。
見るからにまだ経験が浅くて頼り無さげな若い冒険者御一行様だけど、お客様にはとにかくスマイル、スマイル!
「噂で聞いた通りだな」
「ここって本当に癒しの温泉宿なのかい?」
「はい。当館の温泉は打ち身、捻挫、切り傷、擦り傷、筋肉疲労、リウマチ、冷え性、その他にも大抵の怪我や病気に効能がありますし、飲泉による身体の内側からの体質改善にも効果がございます!」
「骨折まで治ったって話だけど」
「そのように言って下さるお客様もいらっしゃいましたね。本当にウチの温泉で治ったのかは不明ですけれど」
その手の問い合わせには、ウフフと微笑んで誤魔化す事にしているの。本当は骨折くらいはお茶の子さいさいだけど、温泉に入った途端に骨折が治ったなんて不自然なので積極的に肯定出来ないのがもどかしいわね。
客商売なのである程度は目立たないと駄目だけど、余り目立つのも困り物。
一応は隠れている身ですので。
「凄いな!」
「この近くは魔の大樹海だし、山も海も近いし、更にはダンジョンまで在る!」
「修行して温泉で回復して、また修行してレベルアップしてる冒険者が増えているって話だけど」
「そうですね。冒険者の皆様にはその様に当館をご利用頂いております!」
私は変わらず得意気に説明をする。笑顔の応対で冒険者達の心を掴んで離さない様にしなくちゃ。
隣国との国境に在る魔の大樹海付近に美しい若女将が経営する温泉宿『一角竜』が在る。
そこの温泉に入るとどんな怪我や身体の不調も立ち所に治ってしまう。
と冒険者の間で噂になっている事は理解している。
重ねて言うけど隠れている身なのであまり評判が立っても困るのが本音。でも客足も大事だから難しいわ。
「食事は食べ放題、飲み放題だって聞いたんだけど」
「宿代ってやっぱり高いのかい?」
「俺達これからダンジョンに潜って一稼ぎするつもりなんだ」
「実際の所、持ち合わせに余裕は無いんだよね」
「バイキング形式の朝食と夕食が付きましてお1人様1泊、7800サートゥルとなっています」
温泉宿なら素泊まりでも最低5000サートゥルはするのだから朝と夕の2食付き、しかも夕食では酒類まで飲み放題でこの値段は破格と言っても良いと思う。
「こっちも噂通りだ!」
「素泊まりに毛が生えた程度の値段じゃないか!」
「ここに泊まろう!」
「空きある?」
「4名様ですね」
気が付かない振りをしながら営業スマイルを浮かべて帳簿を確認するけど、さっきから4人の冒険者の視線をカウンター越しに感じている。
彼等はお互いの顔を見合わせているわね。そろそろ来る頃合いかしら。
「お姉さん、名前は?」
「歳はいくつ?」
「この宿屋の娘なの?」
「彼氏いるの?」
「名前はエマ。先代女将の指名で若女将になった、男は懲り懲りな30歳の!」
私に代わって、入口から低く威勢の良いガラガラした声が答えてくれた。
「兄ちゃん達、悪い事は言わねぇ。若女将に手を出すのは止めときな。ここの常連客には若女将目当ての奴だって居るくらいなんだ。住んでいるも同然の冒険者も少なくなくてな、みんなレベルアップが半端ねえ!」
「網元、誤解を招く事を言わないで!」
網元とは地元漁師の元締めで、新鮮な魚を毎日ウチに届けてくれる褐色の肌の小柄なオジサンだ。彼は冒険者達にそう言うとニカッと笑って不似合いな白い歯を見せる。
「こんな三十路を目当てに連泊するお客様なんていませんよ。皆さん必死に修行なさっているのですから!」
思わず照れながら誰とも目を合わせずに手を振りながら否定する。
言われて嫌な訳じゃないけど、何となく照れるわ!
それに何より実を言えば私は年齢詐称をしている。実年齢は18歳だ。なので疑問を持たれる前に早いとこ話題を変えよう!
「そんな事より網元、今日の魚は?」
「倅が厨房に届けているぜ!その間に俺は若女将で目の保養って訳だ!」
「網元、ちょっと待ってて。お待たせしました。4名様1室でしたらご用意出来ますが、如何なさいます?」
宿屋の若女将にとっては魚を届けに来た網元よりも、お客様が大事なのは当たり前の話よね。
網元との雑談は暇な時限定よ!
「じゃ、それでお願いするよ」
「エマさんって言うんだ。30歳には見えないね」
「若女将なの?」
「男は懲り懲りって?」
若女将として聞きたかった事は最初の男の言葉だけ。それ故に他の3人の言う事には笑顔でスルーするわ。
「それではお部屋にご案内致します」
カランカラン!
小さなハンドベルを鳴らすと角こそ生えていないが一見すると、鬼に見える長身の筋肉質で強面の男が姿を見せる。
私にこういう事を言うお客様向けの客室係、ホーナーだ。
普段は従業員として働いて、休みの日にはダンジョンに潜って修行をしている。兼業冒険者とでも言えば良いのかな?
「お客様をお部屋にご案内して」
「はい若女将。お客様、どうぞ此方へ。お荷物はこれだけですね?」
地獄の底から響く様な低い声で客を案内する愛想の無い客室係のホーナーとは対照的に、笑顔で見送る私が次に見た彼等の表情が引き攣っていた事は言う迄も無かった。
物語が動くのは第三話ですので、今日中に第三話まで投稿します。