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繰り返したその先に  作者: 幻月
8/28

灰色の世界で

 あれから数日が過ぎた。

恐らく数日だと思う。


日課だった日めくりカレンダーを捲るのをやめたので

今日が本当は何日だったのか、定かではない。


と言うより、繰り返しの世界で日捲りのカレンダーになんの意味があるのか。

捲ったところで明日など来ないのだ。


何度繰り返しても俺はセレンを失って、また同じ日を繰り返すのだから。


「ねぇ、ウイング。今日は何をしようか」


あいも変わらず、セレンは目の前で微笑んでいる。


「なんでもいいよ。セレンがしたい事でいい」


このやりとりも何度も繰り返しているのだ。

確か、昨日?もそうしていた。


だがセレンは怒りもせず、ただ遊びを提案する。

そしてそれを実行して、今日1日を終えるのだ。


そして、また俺は彼女を失う。


何度も繰り返し過ぎたせいで

『セレンの死』に対してなんの違和感も、絶望も感じなくなっていた。


いや、感じないようにしていた。


これが異常な事だという自覚はあった。

自覚はあるけれど、変えようとは思わないし

このままの方が自分が楽に生きれるのだと感じていた。


毎度毎度刈り取られていく命を見ては恐怖に震え

明日にはまた失うのだと畏怖し


何度繰り返すのかと絶望する。


そんな毎日に疲れ果てていたんだ。


そんな日々が永遠に続くなら、先に自分の心を虚無にしてしまう方が

幾分楽に生きられるだろう。


だた淡々と、生にも死にも執着しない。

その方が、心に波風を立てない方が良いのだから。


「ねぇ、ウイング。今日は公園に行こうよ」


 セレンがそう言ったのは18時のことだった。

春の日の18時といえば少し日が陰り始める頃で、セレンは昔からこの時間帯が好きだった。


ーこの時間帯は、特に夕焼けの赤さが際立ちとても幻想的なのだと

『黄昏時』と言って、様々な世界との境界線が交じり合うから神秘的なのー


そう彼女が話していたことがあった。


そう言った彼女はとうの昔に失ってしまって。


今ここにいる彼女は


「ウイング。夕焼けが綺麗だね」


右隣を歩くセレンは呟いた。

意図の汲み取れない穏やかな表情で。


「この時間帯は『黄昏時』って言って、世界の境界線が曖昧になるんだって」


横目で捉えたセレンは、真っ直ぐに夕焼けを見ていた。

俺が何も答えていないのに、セレンは紡ぐ。


「私はね、死んだ人に会いたいとは思わない。

でも、私が死んだなら……ウイングには、会いにいきたいかな」


少しだけ目を細めるセレン。


「ウイングは、私に会いたいと思ってくれる?

夢でなくて、私が本当に死んでしまったとしても、会いたい?」


「……、」


 声が、出なかった。

会いたくないわけなどない。


いつだって会いたかった。

不自由な身体でも、生きる楽しみを教えてくれた大切な人だ。


 『会えなくなる』事なんて考えもしなかった。

自分に降りかかる不幸は幾らでも考えていた。


死が誰にでも平等に訪れるものだと知っていたのに


終わりは必ず来るものだと分かっていたのに


心のどこかで


『俺の方が先にいなくなる事』を想定していたんだ。


虚無に染めたはずなのに

簡単に揺らいで、色めいてしまう。


いつだって俺は決めた心を守れない。


誓いは直ぐに揺らいでしまう。


また一握りの希望を抱いて

絶望が支配する世界へと引き戻される。


「……、変なこと聞いちゃったね。ごめん。まだ肌寒いから帰ろっか」


言葉を紡がない俺を一瞥してセレンは踵を返した。


返事も出来ないまま、俺はセレンより1人分あけて後ろをついていった。


隣を歩く自信がなかった。


生に執着しない間は、明日が怖くなかった。

死に絶望しない間は、今日が楽しく感じていた。


虚無に染まった心であれば、繰り返す異常な世界でも

平穏に、ただ純粋に彼女との日々を歩めていたはずだった。


なのに


彼女の一言で心は直ぐに色めく。


『夢でなくて、私が本当に死んでいても』


彼女はそう言った。


 死は誰でにも平等に訪れる、例外はない。


それは確かだ。

病気を抱えて生きている俺の身体は、きっと長くは持たないだろう。

繰り返す世界の中で何度もセレンの死も目の当たりにしてきた。


もう存在すらない、唯一の希望に思えたクレナさんにも、死は訪れた。


では『本当に死んでいる』とは一体何なのだろう。


『夢でない』とはどう言う意味なのだろうか。


 前を歩くセレンは振り返らない。

後ろを歩く状態では表情も窺えない。


もしかすれば、やはりクレナさんと同様に

セレンもこの繰り返す世界に気付いているのだろうか。


やはり、自分の意思で姉を殺したのだろうか。


考えることをやめていたはずの思考は動き出した。


だけれども、本人に確かめる程の気概は持ち合わせていない。

そこは元々の意気地のない俺のままだ。


「ウイング?私は家に帰るけど、体調が悪いようならちゃんと電話してね?」


思考を巡らせている間に、家に着いたようだった。


「あぁ、ありがとう」


真正面からは見れなかったが

視界の端で捉えたセレンは目を見開いていたように思う。


そして少しだけ口角をあげて


「うん。じゃあ、また明日ね」


そう言って手を振った。


少しだけ小走りのセレンの背を見送る。


「俺はやっぱり、セレンを救いたいよ」


言葉にした想いは、強くなる。

意気地のない俺でも、守りたいものはあるんだ。

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