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繰り返したその先に  作者: 幻月
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記憶の底から

ピピピ……ピピピ……


 目覚まし時計の音がする。

いつも聞いて来た音だ。


薄らと目を開けてみると真っ暗な状態だが、遠くに少しだけ灯り光が見える。

ひらひらと揺れるそれは、恐らくカーテンだろう。


その昔、家から出ることがままならない俺に

セレンとクレナさんが『ウイングにはこの柄がいいよ』と選んでくれた

白を基調とした小鳥のカーテン。


結構お気に入りだったけれど、本人達に伝えたことはなかった。




「クレナさん……?」


俺は今、自分でそう言った。

もう1度、今度はしっかりと目を開きカーテンを直視する。


『セレンとクレナさんが選んだカーテン』


そのものに間違いはない。


「っ!!」


違和感だったのはカーテンではなくて

クレナさんの方だ。


そうだ、昨日

あの人は死んだんだ、俺の目の前で。


この繰り返す世界が始まった最初の日、

セレンを目の前で失ったあの日と同じように

大きな白いトラックが、目の前でその命を刈り取っていった。


コンッ、コンコンッ


暗い部屋にノックの音だけが響く。


「ウイング?起きてる?」


穏やかな、心地の良い声が響く。


だけれど、その声は昨日起きたことを鮮明に呼び起こす。


『邪魔だ』とクレナさんを突き飛ばしたセレン、大きく目を見開いたクレナさん

その生白い、艶やかな手。


「入るよ?」


その言葉と同時に部屋の扉は開いた。

そして、一瞬のうちに眩しくなり、俺は反射的に目を閉じた。


「……あ、起きてたの。それなら電気くらいつけたらいいのに」


 心臓の鼓動が早く打っているのがわかる。

目を開くのが怖いんだ。

昨日あった事が、夢でなくて現実なら

セレンは実の姉を『殺したんだ』


 あの時の冷たい瞳を、思い出すと手が震える。

全てが夢であるならば良いと願う程に、震える手に力が入らなくなる。

自分の意思とは無関係に震える手、頼りなく布団すらも掴めない。


「ウイング、大丈夫?」


ピタッと左頬に冷たい感触を感じた。


それが何か分からなかったが、驚きと恐怖で強く目を閉じ両手で頭を覆った。


その時に何かを弾いた。


「なっ……」


静寂が部屋を満たす。

自分の震える息遣いだけが聞こえて、セレンは何も言葉を発さない。


「……急に触ってごめん、驚かせたよね」


きっと数秒程度の間だったのだと思う。

何分も、何時間にも感じた静寂は

先程と同じ穏やかで優しい声で破られた。


 そこでまた薄らと目を開けられた。

自分の瞳に何を写すのか、それが怖くてしっかりと目を開く勇気が出ない。


いつも意気地のない自分が嫌いだった。


セレンも、クレナさんも自分の意思をしっかりと持っていて

周囲と対立しても上手く立ち回って、最終的にはみんなが納得出来る道を見出すんだ。


それが周囲からの憧憬や羨望に繋がっていたのだろう。


……俺は、その才能に畏怖を抱いていたのだけれど。


 薄らとひらけた視界の中で、少し寂しそうな表情を浮かべるセレンがいた。

少しだけ開かれた掌、その右手は俺に向かって差し出されていた。


つまり俺はセレンの手を弾いた、という事だろうか。


「あっ……ごめん」


咄嗟に謝った。

手を弾いた事も、セレンを直視出来ない事も、今はこれ以上の会話をしたくない気持ちも含めて。


そしてそのまま俺は布団を頭から被った。


「あっちょっと!ねぇ!」


 布団越しにセレンの手が触れる。


「頼むから、今は1人にしてくれ」


その温かった手を、俺は拒絶した。


「……。」

言葉ではなく、吐息

それだけを残して足音が遠のく。

そして、扉が閉まる音がした。


その音を聞いてから部屋はまた静寂に包まれた。


頭から被っていた布団をゆっくりと脱ぎ、室内を見渡す。


セレンの姿はどこにもなくて、ただ先ほど見たように

白を基調とした小鳥のカーテンがひらひらと揺れていた。


安堵からか言葉が漏れた。

「……なんで」

セレンの手が触れるその度に、昨日の記憶が鮮明に蘇る。


 セレンに突き飛ばされたクレナさん

そしてそれに交錯するように思い浮かぶ光景があった


あの日俺はセレンと帰る途中だった。

丁度横断歩道が赤になり、2人で信号待ちをしていた時のことだ。


他愛のない話を繰り返して、笑い合っていた後

ーねぇウイング、私ウイングに言わなきゃならない事があるんだけどー

と切り出され、話に耳を傾けようとした瞬間


セレンは横断歩道へ突き飛ばされ


俺は歩道側へと強く引っ張られたんだ。


ー邪魔するからいけないんだよー


誰かはわからない、でも確かにそう耳に入った。

俺に向けてではなく、セレンに向けて発しているその言葉が。


そして、大きなクラクションとともに

白い箱型が、セレンを奪い去っていったんだ。



これは、いつの記憶だったのか定かじゃない。

昨日のクレナさんを見て思い起こされた記憶だ。


クレナさんは言ったんだ。

『今日が最後かもしれない』

『この世界は2人の死が入り混じって』と


意味は通じなかった。

何を伝えたかったのかもわからない。



「今日は3月31日」

日めくりのカレンダーが指し示す日付を確認する。


俺は昨日から進んでいる、のだと思う。

だからもし『最後』というのがクレナさん自身の事であるとするなら

クレナさんは自分の命が終わることを予見していたということだろうか。


だから、俺に何かを伝えようとしてくれていたのだろうか。

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