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夏芽は朝からどんよりと沈んでいた。
今日が月曜日で教育実習の先生が来る日だからだろうなあと
夏芽はぼんやりした頭で思った。
なるようになれと思うが、さすがに少し怖い。
何せ相手は犯罪者かもしれないのだ。
国定の見立てでは、十中八九、黒、らしい。
変態だ、変態が来る~!
それが何で先生なんて神聖な職業に就こうとしてるの?!本当に許せない。
成敗しなくちゃいけない、絶対に。
夏芽の中の強い正義感がむくむくと湧き上がる。
それでも、ちょっと怖い。相手が、圭一みたいに強い男だったら太刀打ちできないだろう。
夏芽は兄たちと一緒に合気道を習っていたので
相手の力についてある程度理解がある。
強い、とは残念なことに絶対的な力だ。
その力にかなうことはまずない。何をしても負ける。
力に勝つには、同じ土俵に立たないこと。すなわち逃げる、ことしかない。
周りが遥人たちのような優秀な力の使い手ばかりだったので夏芽は小さい頃から嫌という程、負けを味わって来ている。
本当に強い相手には何をしてもかなわない。逃げなきゃいけないのだ。
尻尾を巻いて逃げる時の速さは、脱兎のごとく早く。
それが生き残るための知恵だ。
逆に、叩ける相手は叩けるときに徹底的にたたくべし。
こうして、夏芽のちょっと変わった性格が出来上がったのだ。
そして、その性格のおかげで今まで無事に生き残ることが出来ているのだ。人としてそして女としても。
遥人は朝からとても不安だった。
彼は決して夏芽に容疑者を捕まえろとなどと指示していない。
むしろ、身を守れ、ターゲットになるなと、警告がしたかっただけなのだ。
それが何故か夏芽には届いていないような気がしてならない。
夏芽はとても目立つ。その恵まれた容姿と底抜けに前向きな言動で、小さい頃からどこにいても人目を引いてしまう存在だった。
遥人はそんな妹をずっとそばで見守り続け、気の休まる思いをしたことがない。
特にここ最近は、夏芽が年頃になってその恵まれた容姿に大人と子供の狭間で生まれる匂いたつ様な危うい魅力が加わってしまい、危なっかしくてもう見ていられない。
これは兄の欲目なのか?夏芽は可愛い。俺は可愛い妹を何者からも守らなければならない。
こうして遥人のシスコンに一層拍車がかかってしまっていた。
例え相手が圭一だろうが国定だろうが妹に邪な気配を持つことは許せないと思う。
良介なんて歩く危険物だ。夏芽の傍で息もしてほしくないと思ってしまう。
そんな自分は変態なんだろうかと思えて気分が落ち込んでしまい、最近なんとなく国定に慰められることが多くなった気がする。
今回の事件の犯人は、多分あたりだ。そしてこの機会を逃すやつではないだろう。
大学での成功に十分手ごたえを感じている奴は
きっと、今回、夏芽の学校でも盗撮をするだろう。
それが国定と遥人の予想だった。
出来れば先回りをして証拠を掴んで現行犯逮捕でもしてやりたい。
だが夏芽はだめだ。この変態野郎の視界に夏芽が入ることが許せない。
自分の変態度合いを棚に上げてのこの苛立ち。
って、なんでそこで俺が自己嫌悪に陥らないといけないんだよ、くそっ。
ため息をついてコーヒーをすすると、
「おはようー」と夏芽が降りてきた。
今朝もキラキラと輝くほど可愛い!
そう思ってから、遥人はー変態かーと、自分の想いに吐き気がした。