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宿題はあとまわし  作者: たね
2/4

「お、夏芽、どうした?」


国定の部屋に着くと

夏芽のすぐ上の兄の遥人がパソコンの前でキーボードをたたいていた。


「帰り道で良ちゃんに会ってね。

国定君の所で集合してるって聞いて来たんだよ。」


そう言って夏芽が遥人の横の丸椅子に座ろうとすると

国定が自分の座っていたどっしりとした書斎椅子から立って

夏芽の腕を引っ張って代わりにそこへ座らせた。


「夏芽ちゃんはこっち。」

国定はにっこり笑うと

「おかえり。よく来たね。」と嬉しそうに夏芽に話しかける。


「ただいま、国定君、ありがとう。」

素直にお礼を言う夏芽をとろけるような目で見つめて

「夏芽ちゃんはいつもかわいいなあ。」という国定は

合気道の有段者には見えない童顔だ。


「それで、今日は何をしようって言うの。」


そう言ってお盆にコップを載せて奥の扉から

部屋に入ってきたのは

黒いTシャツに黒いパンツをはいて

長い前髪で目が見えない細身の長身な男、圭一だ。


一見怖そうに見えるが、口調はいたって明るい。


袖から見える肘から下の腕は思いのほか太く筋肉質。

しっかりと鍛えられている事がわかる人には取って見える。


腰が軽く世話好きなのか、誰の家に集まっても

何故かいつもみんなの給仕をしてくれる。


今日も冷たいジンジャーエールを夏芽に手渡してくれる。


「おいしいー!なにこれ、お手製なの?」


ミントの葉っぱを浮かべた

淡い琥珀色のジンジャエールを一口飲んで夏芽が声を上げた。


「生姜の季節になったからね。やっぱりジンジャーエールは生が一番だよ。」


圭一は他のみんなにもコップを手渡しながら

嬉しそうに話してくれる。

はちみつの香りが爽やかでほのかに甘い。


「実はな、今日は、俺が国定に頼んでみんなに集まってもらったんだよ」

そう口火を切ったのは夏芽の兄の遥人だった。


遥人は夏芽のすぐ上の兄だ。圭一、国定、良介と同じで三つ歳上になる。

長身の圭一、童顔の国定、美貌の良介とはまた違う頼れる感じのいい男だ。


夏芽から見て6つ上の長男の秋生は、会社の社長タイプ、

そして、次男の遥人は部活の部長タイプ。


みんなをまとめて、気遣いながらも

自分の思う方向へ引っ張ってくれる、

一緒に何かをやって安心できる人間だ。


その遥人からの招集だ。

いつもの『国定イベント』のための集まりだと思っていたのに

これは何やら大事か?と

夏芽は少し心配になり柳眉をひそめた。


周りを見るとみんなの顔も少し真顔になっている。


国定はすでに話を聞いているようで

遥人と場所を交代してパソコンを操作しはじめている。

訳知り顔で何やら画像を探している様子から

仲間への説明のための資料を画面に集めてくれているようだ。


「俺と国定で『何でも屋』のHPを作っているのはみんな知ってるよな。

そこに三か月前に違法画像の流出の相談が届いたんだよ。

その画像は、部室の盗撮。うちの大学の水球部の部室だ。」


そういうと遥人は嫌そうに眉をよせた。


遥人が国定とやっている『何でも屋』は

二人が高校生の時に始めた「おしごと」だ。


イベントを引き受けたり、ちょっとしたお手伝いをしたり、

子供の相談を受けたりと、HP開設から三年が過ぎて

今ではネットで結構評判な場所である。

現役の大学生をバイトのように使えることが出来て、

しかも値段もお互いに手頃。安すぎず高すぎず。


仕事のレベルは落とさないように、管理者の二人が目を光らせているので

使うほうも使われるほうも今のところ苦情は出ず、

満足度五つ星の更新が続いているという優良サイトだ。


この「おしごと」の運営は、

遥人と国定二人で完結しているので

『何でも屋』の案件でみんなが招集されるのは初めてのことだ。


「はあ?水球部?お前の大学の水球部って、男しかいねえんじゃねえの?

マネージャーのお着替えシーン、とか?」


圭一が納得しようとすると、


「いや、マネージャーじゃなくて正真正銘、

男子部員の生着替えシーンの流出なんだなこれが。」


そういうと、国定が何かの画像を圭一だけに向けて見せた。


「夏芽ちゃんはちょっとまだ早いからね、我慢してね。R18。」


夏芽が圭一の傍に寄って

ディスプレイを覗き込もうとすると、

そういって片目をつぶる国定に画像を隠されてしまった。


仲間外れになって少し不満顔をした夏芽に


「確かに夏芽にはまだ見て欲しくない絵だなあ。しかし、これ、出された本人は相当辛いんじゃないの。俺だったらしばらくは立ち直れないよ。」


つらそうな顔をして語る圭一。

『夏芽にはまだ見て欲しくない』

という部分はよくわからないが、

夏芽はすぐに

「本人はつらい思いをしているのに興味本位で画像を見ようとした自分」を反省した。


「そうだよね。男の人だって、自分の裸が勝手にカメラで取られて知らないうちに世の中にばらまかれてたら傷つくよね。」


肩を落として反省した夏芽の背中を国定によしよしと撫でられていると、

「それで?」と

圭一が話の先を遥人に促した。


「事件はこの一件だけじゃあなかったんだ。

調べてみると、三か月よりもう少し前に

レスリング部の画像も流出されていたことが分かった。」


「レスリング部かよ・・・もしかして、それもおとこなんだよな。」


圭一が唸る。


「ああ、残念ながらというか、幸運なことにというか。」


圭一の言いたいことを察した遥人は苦笑いだ。


「この犯人、おかしいだろ?!そこは、女じゃないの?おんなだよ、お・ん・な!」

一人で騒ぎ立てる圭一を眺めて


「けいちゃんって、ほんとに、心のそこから女の子が好きなんだね・・・」

と夏芽が半ば呆れた声でつぶやくと


「当たり前だろ、だれが男の裸見て喜ぶんだよ!」と噛み付いた。


「言っとくけどな、夏芽、俺が特別な女好き、みたいな言い方はやめてくれよ。

遥人だって国定だって良介だって、絶対見るなら女だっていうからな。な?な?」


必死に自分の正当性を伝えようとする圭一を

遥人は冷たい目で眺める。


国定は「今時それも無いんじゃないの?そこは人それぞれ、自由だしね~」とかこれまた知らん顔。


「・・・犯人が女の人とか・・・?」

と思案した顔で夏芽が言うと、


「え、夏芽、男の裸、見たいのー?!」

と圭一が夏芽の言葉に食いついた。


自分を女好きの困った人呼ばわりされた仕返しがようやくできると、

上から目線の妹分をからかい始める。

「きゃー男の人呼んで~♡」と

わざとらしく自分の肩を抱いて夏芽から逃げるようにする圭一。


「そういう話じゃないんだけど?」


一瞬、夏芽も圭一の反撃に興奮してしまう

が、思い返したように落ち着いて


「ていうか、私は男の裸なんて見慣れてるし。」

と、しらっとクールを装って切り返す。


ここで同じ土俵に乗ってしまうと圭一の思うつぼなのだ。

年齢的には妹分でも精神的には子供っぽい圭一より自分は大人なのだと夏芽は信じている。


しかし、これには知らん顔をしていたはずの遥人がぎょっと目を二人に向けてしまった。

いったい、いつ、どこで、だれの・・・と妄想が頭を駆け巡る。

まさか、おれ?俺なのか!

それとも秋生か?親父のことか?


落ち着きをなくした遥人を見て、やれやれと国定が息をつく。

いつもは冷静沈着というより、むしろ冷徹に近く頼りがいのあるはずの遥人が

唯一壊れるのが妹の夏芽が絡む時だ。

これだからシスコンは困るんだと内心であきれる。


「二人とも。問題は、男か女か、じゃなくて、

盗撮してばらまくのが犯罪だってことでしょ。」


ようやく、国定が話を修正してくれる。


深刻な話を二人のじゃれあいのネタにしてしまったことを国定に指摘され、

夏芽と圭一は二人で反省して首を垂れた。

遥人もまた、気を取り直して説明を続ける。


「よ、よしっ、話を続けるぞ。

そしてこれもやはり、盗撮された場所がうちの大学の部室だったんだ。

手口もほぼ同じ。さすがにここまでくると、

同一犯で大学の内部犯の犯行だろうということになった。」


「それで、犯人は捕まったの?」


「いや、犯人については、目下警察で捜査中だ。

内部犯ということで犯人の目星もついてはいるようだが

肝心の証拠が手に入っていないんだよ。

そして、盗撮に関してだが、他の部室でも被害があった可能性が出てきた。」


「というと?まだ他にも映像が出てたのか?

今度は何部の男だよ・・」と圭一が嫌そうに尋ねた。


「いや、こっちはまだ外部に映像は出てない。だが、今回は撮影されていたかもしれないという被害者側からの訴えが上がってきてたんだ。」


「それは他の部活からってことなんだな。」


「そうなんだ。部室で撮影された着替えの画像が流失したこと、そしてその手口が噂になった。

その手口で使われたカメラと同じようなものを

自分たちの部室でも見たことがあるっていう訴えが出てきてな。

みんな、流出を心底怯えている状態だ。流出する前に犯人と映像を止めてくれってな。

部室に入ることが怖いって泣きだす学生もいる。学校側は対応に必死だ。」


そこまで説明すると、遥人は苦しそうに息をついた。


「ということは、他の部室ってのは・・・」

そういうと、圭一は黙っていた国定の方に目線を動かす。


「今のところは、ダンス部とシンクロ部だよ。あくまで今のところは、かな。」

国定は目の上に少ししわを寄せて続ける。


「この事件のの犯人はどうにも性質が悪いような気がしてならないんだ。

男も女も盗撮して、面白がるようにそれをネット上に流す。それも相当悪質な映像だ。

男の映像を先に流出させて周囲の反応を見て次へと移る。

女性を怯えさせて次はゆすりでもする気なんだろうか?

しかも手際が良くて証拠が見つかってない。

学校側がようやく部室の周りや更衣室の周りなんかに防犯カメラを入れたけど、

今回の犯人にすればもう撮った後だからそんなの全然関係ないよね。

きっと、大学ではもう尻尾を出さないよ。」

冷たく言い切る国定は犯人が警察に捕まらないと思っているのだろうか。


「サイテーだな・・・まいったな。」

国定の様子からしてお手上げ状態なのを感じ取って、圭一が唸る。


「それが今日のはなしなのか?」

圭一が冷たく固い表情の国定から遥人に向き直って尋ねると、


「いや、そっちは警察や学校と話を進めているから今回のはなしとは違うんだ。

だが、その事件がらみってことは間違いない。

今回の相談は、その犯人の疑いのあるやつ、

つまり今回の事件の容疑者の一人、のことなんだ。」

そういうと、遥人はちらりと夏芽の様子を伺う。


「はあ?なんかややこしい話だなあ。話が見えねーよ。国定さん?」

と、圭一は少しイラついたように国定に話を振った。


「その、容疑者の一人がね。

この九月から3週間の教育実習に出るんだって。

その実習先が、夏芽のいる大和高校、というわけ。わかった?」


「あちゃー」「きゃー」

夏芽と圭一が同時に大きな声を上げた。


「いやあ、当たりますねえ、夏芽さん!」

「いやあ、怖いですねえ、圭一さん!!」


昔から、夏芽はいろんなものによく当たるのだ。其れこそ、好いものにも、悪いものにも。

二人でふざけて

手を合わせて騒いでみたが、遥人と国定がそれを生暖かい苦笑いで見つめてくれる。


「で、どうしろっていうのー。

もしかして私に現行犯で捕まえろっていうの?むりだよむりー絶対無理無理ー。」


棒読みでそんな台詞を叫ぶ夏芽はこれから起こる学校生活を想像してめまいを起こしそうだった。







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