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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

異世界都市伝説大戦

作者: 知恵利一
掲載日:2021/05/01

短編物として書き始めました。

気味の悪い人型の怪物が、その身をくねらせながら近づいてくる。

服は着ておらず、全裸だ。

性別の判断はできない。

特徴を示す部分には何もないから。

分かるのは“クネクネ”という名前だけ。

都市伝説として語られるそれだ。

だがこの世界では伝説ではなく実在の存在。

その怪物の目の前に腕組みをして待ち構える少年がいる。

この少年が只物ではなかった。



少年は十六歳で名は【鳴神なるかみ 双雷そら】。

元は日本の東京という名の場所におり、高校生として日常を過ごしていた。

いたというのは過去形。

実はこの双雷という名の少年は下校中に不慮の事故で死んでいる。

ホワイトアウトした意識。

重く閉じられた瞼。

無の世界へと引き込まれる身体。

だが死は生と表裏一体。

死んだはずの双雷は、このもう一つの世界へと生まれ落ちたのだ。

生まれたといっても赤子からやり直したのではない。

死んだときと同じ十六歳のまま。

硬く閉ざされた瞼を開けると雪白した世界に彩が宿る。

見慣れない風景だが知っているような既視感。

懐かしく癒されるヒノキの香りが鼻腔をくすぐる。

当初、彼は自分に何が起きたか理解できず、ただ呆然と転生した場所の神社にて一昼夜を過ごした。

そしてやがて宮司に発見される。

宮司の名は【神宮寺じんぐうじ 雷兆らいちょう】。白髪交じりだが歳は四十六歳だ。

その雷兆曰く、双雷がこの世界に転生してくることは予知していたとの事。

「お前はこの世界――ジパングのトーキョーを救うべく、異世界から産み落とされた神なのだ」と言う。

「ジパングのトーキョー? 何を言ってんだ? ここは日本の東京だろ」

「当然の反応だな」と口角を上げる雷兆。

そこで立ち話もなんだと双雷を社務所に案内した。


茶葉を入れた急須に湯を注ぎながら、雷兆は双雷に己に起きている境遇を語り聞かせる。

「お前は一度死んでいる。それは薄々自分でも感じているのではないか?」

その言葉に双雷は反応できなかった。頭の中に巣くう疑問という名の蜘蛛が、その粘つく死の糸を垂らしていたから。

「やっぱりそうなのか。俺はあの時、身体中にアイスピックのような先端の尖った物で無数に刺されたような激痛が走ったんだ」

「お前がこの場に来たということは落雷に襲われたのだろう」

「――落雷?」

「この社は雷神を祀る場所だ」

雷兆のその言葉を聞いても双雷はピンと来ていない。

「つまりはどういうことだ?」

「雷神に選ばれたということだが……。お前の場合は俺と同じで考えるより実際に見た方が理解しやすいだろう」

そういうと雷兆は双雷を神社の外へと連れ出す。

社務所を一歩出ると、外はいつの間にか黒色の帷を下ろしていた。

「ちょうどだな」

「何がだ?」

雷兆の発した言葉に首を傾げながら双雷は聞く。

「幕間がちょうど出るころなんだよ」

「だから何が」

神社は少し山だった場所に位置しており、二人は長い階段を下りながら言葉を交わしていた。

やがて最後の段から足を下ろすと大きな鳥居が姿を現す。

「ここから先は結界の外だ。俺のそばを離れるなよ」

「…………」

ここまでの道のり、自分の問いには一問も答えない雷兆に双雷は苛立ちを感じていた。

「離れるもなにもあんたからは何も聞いてない。ちゃんとした説明を話してくれるまでは離れるかよ」

「ふっ、それは何よりだ」

雷兆は鼻で笑うとその足を鳥居の外へと踏み出す。それに続いて双雷も歩みを進め鳥居を潜った。――瞬間だった。空気が一変したのは。

双雷の肌にはブツブツと鳥肌が騒ぎ立つ。一瞬で感じる歪な空間。先程の境内とは打って変わった絶望的なまでの圧迫感。心臓は脈動を早め、血液の巡りを加速させる。

「な……んだこの……空気は」

喋り出すのもやっとだった。

そんな中でも雷兆は平然としている。

「俺はね、言葉で説明するのが苦手なんだ。だから強引だとしてもこれしか手段がない。勘弁してくれよな。その代わりあとで嫌ってほどお前の質問には答えるから」

振り返りながらすまないといった感じで、手を顔の前に当てた。

「それより……来るぞ」

鳥居を出ると目の前には田園風景が広がっている。その田んぼの真ん中にポツンと人のようなシルエットが浮かんでいた。

古ぼけた街灯が明滅している。

見づらいのか、双雷はそのシルエットに近づこうと鉛のように重い足を持ち上げ一歩進んだ。

「待て! 近づくな!」

雷兆の言葉が足に絡みつく。

「無闇にあいつに近寄ったりしたらダメだ。あと直視するのも危険だからな」

「は? なんで?」

「あいつは人間のようで人間ではない」

「何言ってんだ?」

「お前がいた世界でも聞いたことがあるはずだ。都市伝説ってやつを」

都市伝説――近代あるいは現代社会において口伝てに広まった噂である。

「あのなんの根拠もないデタラメ話のことか?」

「向こうではそういうことになっているが、こちらの世界では実在する」

真面目な顔で語る雷兆に対し、双雷はひきつった顔色で心情を表した。

「信じてないようだな。当たり前か。俺も最初はそうだった」

「最初はそうだった? どういうことだ?」

「質問は後でと言ったんだが、それぐらいは話してやるか」

雷兆は双雷に向き直る。

「俺もお前がいた世界にいたんだ」

それを聞いて双雷の背筋がしゃんとしたように伸びる。

「お前が死んでこの別の世界に生み落とされたように、俺も三十年前にここへきた」

「あんたも俺と同じ?」

「――ああ。死因も一緒だ。これは後で話す。まずはこちらに向かってきているあいつの処理が先だ」

言葉尻に雷兆は親指で先ほどのシルエットを指し示す。

双雷が顔を向けると、それは妙な体制でゆっくりとだが近づいてきていた。

「な……なんだ、あれは」

「あれは向こうの世界でいうところの【クネクネ】という存在だ」

「――⁉ クネクネ? ……聞いたことがあるぞ。確かあれを間近で見たり、正体を知ってしまうと頭がおかしくなるっていうあれか?」

「やけに詳しくて何より。説明する手間が省けたよ」と雷兆は口角を上げニヤつく。

「まさにそれだ。だからさっき近づくなと言ったんだ」

「そんな……でもあれは都市伝説で」

「――だから言ったろ⁉ こちらでは現実に存在すると」

それ以上、双雷は反論しなかった。

近寄る影は身をくねらせながら、ありえない体勢で近寄ってきているからだ。

体は闇の中、そこだけ色が抜けたみたいに真っ白い。

目は血走っていて、黒目の部分は濁ったような赤色に染め上げられている。

口はカタカタと歯で音を鳴らしながら小刻みに震えていた。

「か……怪物……」双雷の発した言葉に雷鳥が反応する。

「そうだ。あれは都市伝説上では怪物に分類される。人間に近いようだが言葉が通じない、発せないなどの理由から怪物扱いだ。ちなみに人間の言葉を理解して発声もするが、容姿が人間離れしているものも怪物――わかりやすいところでいうと人面犬かな」

「じ、人面犬もいるのかよ!」

「そりゃ、いるよ。あちらの世界の都市伝説上の事柄は全てこちらの現実だからな。たまに両方の世界線が交わり、こちらの生物があちらに紛れ込む。それが向こうの都市伝説になるって感じだな」

「なるほど、そういうことだったのか」

そう思いつつも、双雷は向こうの世界に詳しい雷兆の素性が気になって仕方なかった。

「これ以上近づかれるとヤバいから倒すか」

「なっ……た、倒す?」

雷兆の発した言葉に思わず目を見開く双雷。

「そう。……あいつら異形の者を倒し、あちら側に行かせないようにするのが転生したお前の仕事だ」

「あちら側って、元いた世界のことか?」

双雷の問いに振り返りながら意味深な笑みを浮かべる雷兆。

「――ちょ、あと倒すってどうやって倒すんだよ」

「異形の者には普通の銃や剣などの武器は通用しない。神力を込めた物でないとね」

そういうと雷兆は左手を顔の前にかざす。迫って来るものがまるで太陽か何かで照らされ、眩しくて自然とやるように。

「これはな、純銀で作られた三寸釘だ」

双雷は気がついた。雷兆のかざした左手の人差し指と中指の間に、闇夜の中で鈍色に輝く釘が挟まれていることに。

「これに神力を込めて放つ」

薄く輝いていた釘が突然バチバチと電気を帯びたかのように音を鳴らせ、黄色の発光がうねる線となりまとわりつく。

かたや右手を釘に近づけ、中指を親指に当てがいデコピンの要領で引き絞る。そして釘の平頭に爪を叩き込んだ。

「――【飛雷針ひらいしん‼︎】

“バチンッ!“

激しい音と共に指の隙間から放たれた釘は、一筋の平行な雷となりクネクネと呼ばれる怪物目掛け迸る。

雷光はクネクネの頭部を一瞬でかき消した。

首から上を失った本体は消し炭のように風に任せ飛散する。

その威力は足元に顕著に見られた。

地面には直線上に焦げたアスファルト。

その先の水がなくなり枯れた田んぼがそれを物語る。

「な、なんだ……今のは」

双雷は驚嘆の声を発した。

「これはな、雷技らいぎと呼ばれるものだ」

「らい……ぎ?」

「とりあえずこれで多少は説明の手間が省けたろ」

雷兆はそう言うと何事もなかったかのように、双雷をまた社務所へと連れていった。


すっかり冷めたお茶を流しに捨て、新たに沸かした湯を急須に注ぐ。

湯気が立ち上る湯呑みを前に双雷は呼吸を整えていた。

「さっきあんたが言った通り、俺の質問になんでも答えてくれるんだよな?」

「ああ、もちろん。なんでも答えてやるさ」

そう言いながらテーブルを挟んで向かい合わせにソファに座る雷兆。

「最初、俺が雷神に選ばれたって言っていたけど、どういうことだ?」

「あ〜、そこからか〜」

想定していた質問と違う問いがきたことに、雷兆は額に手を当て天を仰ぐ。

「ま〜確かに肝心な部分だったな」そう言うとソファに深く沈めていた腰を上げ、浅く座り直した。

「この世界とお前がいた世界とは表裏一体と言っても過言ではないほど隣り合わせている。かく言う俺もお前と同じ世界からこちら側に転生した身だ」

その言葉に先程雷兆に感じた違和感が晴れる。

「そっか、だから俺のいた世界のことも知っていたんだな」

「ああ、そして雷神についてだが……」少し言葉に詰まる雷兆。

「この神社はさっきも言った通り雷神を祀っている。というより雷神の力を次の世代に受け継がせる場所だ」

「力を受け継がせるって……さっきの雷技ってやつか?」

「その通り!」親指を立て満足そうな笑みを讃えながら雷兆は話を続ける。

「なぜこの力を受け継がせるかは“くねくね“のような異形の者を排除するためだ」

「……もしかしてその役を俺がやることになる……と?」

「大正解!」と雷兆は大きな音を立てながら拍手をした。

その様子を双雷は冷ややかに見ている。このおっさんキャラ変してないか? と。

「いや〜やはり先に見せておいてよかったな。話が早い! で、ここからだが」と表情を一変させた。

「受け継がせるのはもちろん俺だが、生半可な姿勢では会得できないぞ」

「あ、大丈夫。俺には必要ないし、自由にさせてもらうから」とソファから立ち上がる双雷。

「はははっ! 全くお前は当時の俺にそっくりだな」

「――あ⁉ そりゃどういうことだよ」

「最初は俺も縛られるのが嫌な性格で、似たようなセリフを師匠に言ったよ。だがな、この神社から一歩出てみろ。さっきは俺がそばにいたからよかったが、一人で行けば嫌ってほど知らされるだろうよ。生身で外を歩くことが無理ってことを」

それを聞き、少し小馬鹿にされた気分になった双雷は勇足で社務所を出て行った。


「あの野郎――馬鹿にしやがって! 確かにさっきは嫌な感じで立っているのもやっとだったけど、そんなの所詮慣れだろ。なんでも習うより慣れろだ!」まるで自分に言い聞かせるかのように独り言を呟きながら足早に階段を下りていく。

目の前には鳥居。

双雷は佇立したまま生唾を飲み込んだ。

「……ここから先が……」先程の勇足はどこにやらといった感じで足は一向に動かない。

「覚悟を決めろ! 俺!」自分の心に勇気という名の火を灯した。

くべられた魂の竃。

勢いづいた心のままに、目の前のアスファルトへと足を乗せ、体重を前面へと傾ける。

すると自然ともう片方の足も持ち上がり、その踵を地面へと落とした。

全身を鳥居の外へと出した瞬間、先程とは比べようもない絶望感が襲う。

「か……体が……動かせな……」そこからは足の指一つたりとも動かすことができなかった。

額からは一筋の汗が顎先へと垂れ落ちる。

その一滴がアスファルトに染み入る時、それは現れた。

「! く……クネクネ」

前方約百メートルの田んぼの中――その身を歪な形へと変化させながら近づく異形者。

「こんな時に……動け……くそっ」

クネクネは歩むのをやめない。

気持ち悪いほどに身をくねらせながら近づく。

歩むスピードは決して早くなく、双雷にはそれが余計に焦らされているようで生きた心地がしなかった。

「…………」双雷はふと思う。自分はすでに死んだ身。そこからさらに死んだらどうなるのか……。そんなどうでもいい疑問が頭に浮かぶ。精神の防御反応がそうさせているのか。双雷自身もその答えはわからない。

「――‼︎」

そして気づけばクネクネは二十メートル手前までに迫っていた。

「ぐ…………ぐぬ……がが」双雷はクネクネと目が合ってしまう。そのため、クネクネの瘴気に当てられ脳を掻き乱されてしまった。

「ぎ……ぎ……」言葉も発せずその体は制御を失い、腕や足が意図せず動き出す。

“バチンッ!“

双雷の背後から炸裂音が聞こえると同時に、眩い光が駆け抜けた。

その閃光はクネクネを一瞬で消し去る。

「だから言っただろ! 生身の状態では無理だと」

声の主は雷兆だった。

クネクネが消え去るのと同時に双雷の意識も戻り、その場にへたり込む。

「――くはっ!」潜水中にギリギリまで息を止めて、限界を超える瞬間に水面へと顔を出したかのように、双雷は瞬時に肺へと酸素を送り込んだ。

「し……はぁっ……死ぬかと思った」

「いや、実際死にかけていたからね」雷兆はそう言うと双雷に向かい手を差し伸べる。

「な……なんで……」

その手を素直に握り、体を起こす双雷。

「何でかって? それはお前に雷神の力を託さなきゃいけないからだ」

まだ息遣いが荒い双雷に話し続ける。

「今、お前はクネクネになりかけていた」

「――なっ⁉」

「クネクネについては知っているとお前は言っていたが肝心の部分が分かっていない。クネクネと目を合わせ続けるとそいつ自身もクネクネになってしまうんだ。ゾンビ映画でよく見るだろ? 噛まれたりすると伝染する。それと同じだな。だからクネクネの元は人間なんだ。ここら辺一帯に居を構えていた住人たち。そのほとんどがクネクネにやられている。下手に外に出るだけでお前もすぐにそうなるぞ。それは身をもって知っただろう」

それを聞いて無言で頷く双雷。

「とりあえず今日はもう休め。話は明日にしよう」そう言い肩を貸す雷兆。

二人は鳥居を潜ると階段を一段一段登っていく。



――翌朝。

雲ひとつない晴天にスズメの鳴き声が重なる。

昨夜、双雷は社務所のソファにもたれかかると糸が切れた操り人形のように力を失くし、眠りについた。

朝方、気持ちの良いスズメの鳴き声が双雷の耳に響き渡る。

「……んっ、くは〜っ」背伸びと同時に大きな欠伸をした。

目から流れ落ちる雫を拭うと、洗面台へと向かう。

洗面台へ着き蛇口を捻ると、山から直接引き入れている流水が手のひらに溜まっていく。

それは真夏の早朝とは思えないほどに双雷の手を冷やした。

「ぷはーっ、気持ちいい!」顔にこすりつけるたびに歓喜の悲鳴をあげる。

「よ〜、目覚めたか」

そこに雷兆の掛け声が重なった。

「あ、……おう」昨夜の自分の行動から反省したかのような気まずい返答。

「今日からみっちりと修行するからな。覚悟しとけよ」双雷の横に並び、蛇口から冷水を顔に浴びせる雷兆。

二人はタオルで顔を拭うと、神社の裏にある道場へと向かった。

元々武闘家である初代宮司が建てた道場で、全てをヒノキで組んだ床板や壁板からは精神を落ち着かせる癒しの香りが漂う。

「へ〜、随分としっかりした作りの道場だな」双雷は感嘆の声を発した。

「まずは中央で正座しろ。色々と説明しなきゃいけないからな」この時、雷兆は(結局言葉で説明しなきゃいけないのか)といった感じにため息混じりで言葉を発した。

中央、正座で向かい合う二人。

「ちなみに双雷、お前は今度から俺のことを師匠と呼べ」

「……なぜ⁉」

「これからお前に生き抜く術を教えるからだ。そうなれば自然と先生か師匠のどちらかだろう」

「なんだその変な思考は」

「お前に言われたくはない、どちらにせよこれからは師匠だ! 分かったか」

「……そう呼ばなきゃ先に進みそうもないんじゃそう呼ぶしかないだろ」

こうなるとどちらが大人かわからない。

「で、師匠……(呼びづらいな)説明してくれるんだろ」

「うむ。まずはこの世界のことからいこうか」

師匠と呼ばれ口角が上がる雷兆。

「この世界――トーキョーは全部で七つのエリアに分かれている。向こうの世界でいうところの二十三区みたいなものだな」

「その説明じゃ広いのか狭いのか分からないな」

「広いさ。そうだな、一区が一つの県並みだ」

「そんなに広いのかよ!」

「関東は一都六県と呼ぶだろ? その関東の広さがこちらのトーキョーの広さだ」

「――つまりはこちらのトーキョーに二十三区はないと?」

「その通り。向こうの東京はこちらでは一つの区域に過ぎない。先ほども述べた七つのエリア――それを七区と呼ぶ者もいるくらいだ」

「…………ちょっと待てよ? ということは今いるこの場所は向こうでいうところのどこに当たるんだ?」

「ここは神奈川県だよ」

「トーキョーなのに神奈川? なんかその時点で頭変になりそう」

「最初は俺も同じだった。とにかくこの現実を受け止めなくては先へ進めない」

「で、ここで俺は何をすればいいんだ?」

「簡単にいうとクネクネのような怪異を倒すこと。それがこちらで普通に暮らす人々の安寧につながるんだ」

「なるほど。そんなのが宮司の仕事として成り立っているっていうことか?」

「ああ。そしてその者たちを【異形者狩り(イマジンハンター)】と呼ぶ」

「ネーミングセンス中二病並かよ」

「俺がつけたんじゃないぞ。昔からそういう名の職業らしい」

「で、俺たちがトーキョー中を退治して回ると?」

「俺たち、じゃない。お前一人で、だ」

「は? ちょっと待て! 俺一人⁉」

「そうだよ。そのために雷神の力――雷技をお前に授けるんだ」

「授ける? 習うんじゃなくて?」

「ああ。この力は一人のみにしか使えない。つまり力の受け渡しだ」

その言葉を聞き、双雷はしばし沈黙する。

「だがいきなり全てを渡しはしない。一気に力を受け渡すと、気の流れを御しきれず体は崩壊するからな」

口を開けたままの双雷に雷兆はさらに言葉を紡ぐ。

「まずは五分の一の力をお前に流す。そして修行。これを繰り返し、最終的に全ての雷神の力をお前は受け継ぐんだ」

「いやっ、受け継ぐって……。待ってくれ! 俺はそんなの引き継ぎたくはないぞ」

突拍子のない展開に思わず顔が引き攣る双雷。

「じゃーお前は一生この神社で過ごすんだな? この力がないと昼間はいいが夜は出歩けなくなるぞ。つまり自由に動けなくなるってことだな。いいのか? まだ若いのに夜遊びできないなんて……俺には無理だな〜」子細顔で語る雷兆。

「くっ、それは……嫌だな」

「なら素直にこの力を受け入れろ」

「でも俺が全て引き継いだらしっ……師匠はどうなるんだ?」まだ雷兆への呼び方に慣れない双雷は率直な疑問を投げかけた。

「俺か? 俺は……普通の人間に戻る」

「それだけ?」

「ああ、それだけだ。夜遊びは出来なくなるがな」と雷兆は歯をむき出し笑う。

「俺がここから出て行った時にクネクネが神社に入ってきたら? 対抗する術がないだろ?」

「それは無用な心配だな。この神社の結界は余程の異形者じゃない限り、破れはしない。それこそ神クラスのな」

「異形者にも神様並みの力を持つ者が?」

「そりゃいるよ。味方してくれる者。中立の立場の者。敵対する者――色々な。幸い神奈川には敵対する神クラスの異形者はいない」

「なりゃいいけど……。ちなみにクネクネにクラスはあるのか?」

「そうだな。クラスのことを説明すると神以外に特上から上、中、下、と四段階が存在する。ちなみにクネクネは下クラスだ」

「あ〜、だろうな。そんな気がした。そんなレベルでも今の俺じゃ歯が立たないんだからな。……やるしかないか」双雷は改めて眉を眉間に寄せた。

「うん! いい面構えだ」その様子を見て雷兆は満足そうに笑みを湛える。

「それじゃ、早速だが五分の一の力を渡そうか」

「え⁉ いきなり?」

「当たり前だ。こうやっているうちにも異形者に苦しんでいる人たちがいるんだからな」

雷兆がそう言うと、双雷は口を真一文字に結んだ。


「――では」雷兆は立ち上がり、座る双雷の前に歩み寄る。

そして右手を双雷の頭の上にかざした。

「雷神よ、我が身体に宿し猛る神よ。その御力の一部をこの少年の元へと移り住みたまえ」

言葉を言い終えると、雷兆の手が蛇のような光のうねりに包まれる。

その光は双雷の頭へと移っていき、やがて彼の全身を包み込んだ。それはまるで電気が放電しているかのようにバチバチと激しい音を奏でている。

「がっ、…………ががぎぎ」双雷は突然立ち上がると全身を痙攣させ、雑巾を絞るように体を捻じ曲げる。

「堪えろ! その力に抵抗するな! 身を任せるんだ!」稲光に身を包み、苦しみもがく双雷に向かって雷兆は拳を握り、語気を強めながら言葉を発した。


――五分後。

「はぁ、はぁ、……くっ」

額からは滝のように流れ落ちる汗。

それを拭う気力もなく仰向けで大の字に寝転がる双雷。

「どうだ? 力を手に入れた感想は」上から見下す雷兆。

「ど、どうも……こうも……し、死ぬとこだったぞ」

「実際死んでないんだからいいだろ。成功だ」

その言葉に双雷は目を細め睨みつけた。

「あんた……ろくな死に方しないぞ」

「ああ、俺もそう思うよ」


しばらく休憩を挟み、双雷の息が整ったところで二人は再度向かい合う。

「さて、早速だが力を見せてもらおうか」

「力って神力のことか?」

「そうだ。まずは夜の瘴気に当てられても大丈夫なようにする」そう雷兆は言い終えると両拳を握りしめ、力を込めた。

するとバチバチと音を立てながら体の周囲を黄色い閃光が巻きつく。

「……ふ〜」深く息を吐き出す雷兆。

やがて忙しなく駆け巡っていた稲妻が体内に溶け込むように入っていく。

「なんだ? 何が起きたんだ?」目の前の一連の動作を目視していた双雷が言った。

「今のは雷の神力をバリアのように体中に張り巡らせた。これによって瘴気を弾く鎧の出来上がりだ。夜も出歩き放題」と雷兆はいやらしくニヤついた。

「なるほど。だから師匠は夜の外を平気でいられたのか」

双雷の雷兆への言い方に、自然と師匠が含まれた。

それに対して隠すように笑みを讃える雷兆。

「で、ちなみに技名とかあんのか?」

「ふっ、もちろんあるさ」目を輝かせる弟子に師匠は鼻高らかに言う。

「電磁バリアだ!」

「――ださっ!」

「は⁉ どこがだ!」

「いや、普通にダサいだろ! 戦隊モノからパクってないか⁉」

「バカ! 俺オリジナルだ!」

年齢の離れた弟子に思いっきり引かれる師匠。

「とっ、とにかくまずは基本中の基本! この電磁バリアを習得してもらう」

「習得しても名前は変更するぞ」

「許さん」

しばらくこの駆け引きは続き、結局電磁バリアの名で決まる。



一週間後の早朝、道場に双雷の声が響き渡る。

「よっしゃー! できたぞ‼︎」

その声を聞きつけてか、雷兆が腹を掻き大欠伸をしながら道場に入ってきた。

「習得できたのか?」

「ああ。完璧だぜ!」そう言った双雷の額と足元のヒノキの床上には汗が滲んでいる。

「そんじゃまっ、見せてもらおうか」一通りのコツを教え込んでいたとはいえ、一週間で会得できるものではないと思っていた雷兆が腕を組み、双雷を見据えた。

「いくぜ! 電磁バリア‼︎」

掛け声とともに体の周囲を稲妻が迸る。

「ふ〜。…………」肺に溜めた空気を体外へと放出する。

それと同時に暴れ回る稲妻は叱られた子供のように大人しくなり、双雷の体内へと吸い込まれていった。

その一連の動作を固唾を飲んで見守っていた雷兆が言葉を発する。

「見事だな……ははっ、この俺でも会得するのに一ヶ月かかったってのに。こいつ……本当に一週間で身につけやがった」

「これで瘴気は大丈夫なんだろ?」

「ああ。だがその状態を常に維持し続けなければならない。今のお前にそれができるか?」

「ん〜。今の感じだともって三時間って感じかな」

「そうか。それじゃ、次の課題は電磁バリアを二十四時間維持させることだ」

「やっぱそうくるよな〜」膝に手をつき項垂れる双雷。

「ちなみに飛雷針はいつ教えてくれるんだ?」

「次の段階で教えてやる」

「マジか! よしっ! 速攻で電磁バリアを完璧にしてみせるぜ」

そう意気込む双雷はそれから三日後、電磁バリアを完全にマスターしてみせた。


「今日はさらに雷神の力を一つ受け渡す」雷兆の言葉は双雷の心臓を激しく鼓動させる。

「また……あの激痛を味わうのか……」

「大丈夫だ。一度耐えたんだからな。それに攻撃系の雷技を覚えたいんだろ?」

「うっ」小さく唸り声を発すると双雷は意を決したように、その場に正座した。

その双雷の頭の上に手をかざし、雷神に祈りを込める雷兆。

たちまち双雷の体をうねり狂う稲妻が取り囲む。

「……」

以前のようにのた打ち回っていた双雷はそこにはいなかった。

そして一分に満たない時間で稲妻は彼の体内へと収束していく。

硬く閉じていた瞼を持ち上げると目の前にいた雷兆が言う。

「どうだ? 今回は」

「え⁉ もう終わったのか?」目を見開く双雷。

「もちろん。すでにお前の身体には雷神の力――その五分の二が入っている」

「マジか⁉ あの激痛がなかったけど」

「それはお前が雷神の力の一部を宿し、それを完全に自分のものにしたからだ」

「そうなのか……」双雷の顔には安堵と笑みの両方が表現されていた。

「それじゃ、今回は休まずにいくぞ」そう言って雷兆が取り出したのは、純銀で出来ているという釘。

「おっ、ついに飛雷針か!」輝く目に一寸の曇りもない。

「ああ、そうだ。だがこの雷技は並大抵では会得できないぞ」

「そんなの覚悟はできているって」

「なら付いてこい」

雷兆はそう言うと道場を出て裏山の方へと双雷を導く。

二十分ほど歩くと、木々が生えていない開けた場所が視界に飛び込んできた。

「ここは先代から攻撃系の雷技を会得するために作られた広場だ」

よく見ると広場の隅には朽ちた案山子が山のように積み上げられている。

呆気に取られている双雷を横目に、雷兆は反対側の隅に設置してある倉庫のようなところから真新しい案山子を持って現れた。

それを無造作に地面に突き刺す。

「これを標的に練習するぞ」

「おっ、おう……」双雷は朽ちた案山子の山を見ていた。それは自分が思っているより過酷なことが待ち構えている証拠だと悟る。

「とりあえずこの釘を渡す」雷兆はそう言って腰につけてあるポーチから純銀の釘を双雷に手渡した。

「あとこの金槌、それでこの案山子に釘を打ち込んでみろ」

ついでに渡された金槌を双雷は物珍しそうに眺める。

「別にそれは特別な物じゃないぞ。どこにでもある金槌だ」

「そうなの? めちゃくちゃ特別な代物かと思った。で、これを使って案山子に釘を叩き込めばいいんだな?」そう言うと早速右手に金槌を握りしめ、釘を左手の人差し指と親指で挟みこんだ。それを案山子の頭部にあてがう。

「いくぜ! ――うりゃっ‼」

“ガンッッッ!”という重音が広場に響き渡る。

「いってーーーーっ!」それと同時に双雷の絶叫が天に轟いた。

案山子を見ると一筋の傷すら付けられていない。

傍らには手をさする双雷。

鉄筋に金属のハンマーを力いっぱい叩き込んだような強烈な痺れが彼を襲っていた。

「……ど、どうなってんだ? この案山子」

「これはそこいらの中級の異形者より硬いよ」

「なっ、そ……それを早く言ってよ……」まだ痺れがとれない右手をさすりながら答える双雷。

「これはね、先代が作ったんだ。雷神の力を込めてね。それがしみ込んだヒノキで出来ているから、それを上回る力で打ち込まないと破壊は出来ない」そう言いながら雷兆は案山子から十メートルほど距離を取った。

「双雷、ちょっと離れて」

言われるがまま足早に彼はその場を離れる。

それを見て雷兆は釘を取り出すと左手の人差し指と中指の間に挟み込む。

「よく見ててご覧。これが案山子に宿る力を超えた俺の雷技――飛雷針だ」

向けた左手の釘頭に、右手の親指で引き絞られた中指がデコピンの要領で弾かれた。

バチバチと音を引き連れ放たれる弾丸ならぬ三寸釘。

一筋の光はいとも簡単に案山子の頭部を粉砕した。

「すっげ~! あんな硬かった案山子が」豆腐を地面に叩きつけたように飛散したそれを見て双雷は歓喜の悲鳴を上げる。

「分かったか? つまりは案山子が纏っている電磁バリアを、さらに超える威力で叩き込めば破壊できるんだ」

「出た……電磁バリア。そのネーミングは先代から元々引き継がれているのか?」

「いや、名付けるのは個人の自由だ」

「なら俺は……」

「――ダメだ」

「まだ何も言ってねーよ!」

「電磁バリアを別の呼び名に変える気だったろ?」

「だって個人の自由なんだろ?」

「以前はな。今日からは固定だ」

「は⁉ あんた小学生かよ!」

「師匠にあんた呼ばわりはやめなさい」

「……」

沈黙という名の一陣の風が吹き抜ける。

「と、とにかく案山子を破壊する! これが当面の目標だ!」

そう言いながら雷兆は双雷に釘を一本渡すと、新たな案山子をセットする。

「ま~いいや、とりあえず飛雷針を確実にマスターしてやる!」

見よう見まねで釘を人差し指と中指の間に挟む双雷。

「あ、ちなみに打ち込めるのであればそのスタイルじゃなくてもいいんだぞ」

「なっ、…………結構いい加減だな。てっきりこうやらないと打てないと思っていた」

「俺のスタイルは狙いを定めやすい。そして三発まで装填可能だからだ」

言葉尻に再度案山子の前に立つ雷兆。

人差し指から小指までの指間――計三本の釘を挟み込んだ。

その手を案山子に向ける。

「――飛雷針三連!」

瞬間、人差し指と中指の間から順にデコピンを三回釘頭に目掛け、弾く。弾く。弾く。

バシュンッ――バシュンッ――バシュンッと閃光が案山子の頭部、腹、脚部へと命中した。

気付けば案山子はその姿すら無く、あるのは焼けた木の木片と砂塵が漂う煙のみ。

「すっ、すっげー‼」

その威力は師匠の威厳を取り戻すのに十分な迫力であった。

その歓喜の表情で見てくる双雷に雷兆は気を良くし、さらに釘を取り出すと先ほどと同じ要領で左指に三本セットする。

「双雷、案山子をも一体セットしてくれ。もう一つ凄いのを見せてやる」

その言葉に目を輝かせ、双雷は言われるがまま案山子を速足で取りに行き、セットした。

「さっきは連発だったが今度は一斉射撃の一点集中、飛雷針・集轟しゅうごうだ。これは一体の敵に対して絶大な威力を発揮する」

左手を案山子に向け、右手の指は親指を起点に人差し指、中指、薬指の三本をあてがう。

そして極力左手の指間を狭めた。

「飛雷針――集轟‼」

右手の親指から引き放たれる三本指。

それは構えていた左手、三本の釘頭に同時に叩き込まれる。

叩き棒で尻を打たれた感じの釘たちは、弾丸の速度を遥かに超える勢いで案山子目掛け一閃する。

瞬間――目の前は閃光に包まれ、続く怒号に鼓膜は震えた。

そして辺りは案山子どころか、雷兆の目先全ての木々が土壌ごと削り取られていた。

燻る木々の煙に咳き込みながら双雷が現れる。

「ゲホッ、……ぐえっ!」

「大丈夫か? 双雷」

「いや、想像以上の威力で……ゲホッ、驚いた」

「そうだろう! はははっ! だが今のが最終奥義ではないぞ」

「え? さらに上があるのか⁉」目をギンギンに輝かせる双雷。

「ああ、それら全てをお前に託すんだ。気合い入れろよ」

「――おうっ!」ガッツポーズのあと少年の面差しを色濃く出し、双雷は天高く飛び上がった。


――それから月日は三つ流れ、季節は衣替えをしていた。

「いよいよだな」雷兆はそう少年に告げる。

「――ああ」顔中傷だらけの少年もまた応える。

「残りはいよいよ一つ。これを双雷――お前に授ければ雷神の力は完璧なものになる」

ヒノキ香る道場には、風で舞い落ちる木の葉の音だけが聞こえる。

「その前に最初の頃言っていたこの世界の事を話そう」

「あっ、忘れてた」双雷は転生したこの世界にすっかり馴染んでいた。

二人は正座したまま向き合う。

「前にもこの話はしたが、この世界――トーキョーは主に七つのエリアに分かれている。七つの区域、それを七つの大罪になぞらえている」

「七つの大罪……」双雷は口を真一文字に結んだ。

「そしてここは……傲慢区だ」

それを聞いた双雷の顔は曇った。

「なんか分かりかけてきた……そんな感じか?」少し笑みを浮かべる雷兆。

「傲慢――プライド。実はこの俺もそれを聞かされた時、なぜここに来たのか分かったんだ」そう言う雷兆の顔はどこか悲しげであり、寂しそうな……今までの彼からは想像できない程に陰りがあった。そして意を決したように語りだす。

「俺は十六歳の時、バスケットボール部に入っていた。親父がプロのバスケ選手でその影響もあり、幼いころからバスケと向き合ってきた。そして中学生の時にはキャプテンをやり、全国大会では優勝した経験もある。そんな俺だ。高校に入った途端、バスケ部の奴らからは羨望の眼差しで見られ先生からは期待を一身に受けていた。だがそんなある日、同時に入部した中に俺より上手いやつがいたんだ。そいつのせいで俺へと向けられていた期待は粉々に砕かれる結果に……」

雷兆の握られていた拳が震えているのを双雷は見逃さなかった。

「そしてある日、俺は過ちを犯してしまう。その同期のやつを放課後呼び出して……足を折った。泣きわめくそいつを笑いながら……腹を蹴り、顔面を殴り……踏みつけた」

いつしか俯く雷兆の顔からは一筋の涙が流れ落ちた。それでも贖罪のつもりか、言葉は続く。

「ボロボロになったそいつを見てもう俺の人生終わったと感じたよ。チクられれば退学は免れない。当時の俺は自分の事ばかりしか思っていなかった。だが事態は予想外の方向へ向かう。そいつはこの事を何も言わなかったんだ。階段から落ちたと周囲に言った。そのおかげで俺はもちろん退学にはならず、退部にすらならなかった。何事もなかったかのように時が過ぎ去ろうとしていた。そいつは俺にこう言ったよ『僕の足が治ったらまた一緒にバスケしよう』って……俺のプライドはズタズタに引き裂かれた。バスケで抜かれ、精神面でも圧倒されて……。それから一週間後、俺は自主退学することにした。先生に頭を下げ、その同期のやつにも頭を下げ、なんで辞めるんだと叫ぶそいつの言葉を無視して学校を後にした。その時だ、校門から一歩踏み出した瞬間に落雷にあったのは」そして今ここにいるとだけ付け加え、話を終えた。

「傲慢……」双雷は一言だけ放つ。

「この世界は罪を償うための場所だ。双雷――お前にも心当たりはあるはず」

「それは……」言いよどむ双雷の顔は曇天の空模様。

やがて意を決したように語りだす。

「俺は……人を殺した」

「――‼」その出囃子に雷兆は目を見開いた。

「うちは母子家庭だったんだ。女手一つで育ててくれたんだけど、父親がいないというだけで小学生の頃にいじめにあった。俺はその事を母さんに悟られないようにと傷を隠し、毎日時が過ぎるのを待つだけ」無表情に話す双雷に陰りを感じる雷兆。

「そして俺は誰にも負けないようにと様々な格闘技の教本を読み漁り、筋トレをして体力をつけた。それから喧嘩に負けたことは一度もない。いつしかいじめもなくなり、力が全てだと俺は悟った。中学に上がる頃には隣町にまで名が知れるほど恐れられる存在に」そこで双雷は一度だけ口角を上げる。

「母さんはそんな俺を見て泣いたさ。暴力で物事が解決することはないって。因果応報、いつか自分に跳ね返ってくるよと。今思えばそれが忠告だったんだ。当時の俺にはそんな言葉さえ届かない。俺が最強なんだと世に知らしめればみんな赤べこのようにペコペコと頭を下げる。負けない。俺は強い。力こそ全てであり、物事はそれで解決できると思っていた。あの出来事が起きるまでは」再び陰りが双雷の顔を覆い隠した。

「あの出来事とは?」雷兆も眉間にしわを寄せ、双雷の言葉を待つ。

「…………高校一年のある日、俺は敵対する学校のトップとやり合い、完膚なきまでに叩きのめした。そのことがあの事件の引き金を引いてしまったんだ。やった相手は俺に仕返しをしに来た。数人引き連れ、その手には金属バットを持ってさ。夜中に……俺の家まで」

雷兆の眉がピクリと動く。

「その日、その時間、俺は家にいなかった。夜中の街をぶらついていたから。それを知らない奴らは家まで上がり込んだ」

「上がり込んだって……カギは掛けてあったんじゃないのか?」雷兆は思わず口をはさんだ。

「カギは……掛かっていなかった。恐らく母さんは俺が返ってくるのを待って閉めていなかったんじゃないかと思う」いつしか双雷の目は赤く充血していた。

その様子から雷兆は悟る。だがそれ以上は口をはさまなかった。

「そいつらは土足で上がると俺の部屋を探し、暴れまわった。母さんはそれを止めようとしたんだ。必死に……なって。それなのに奴らは……」もう言葉を紡ぐことが出来ないまでに双雷からは嗚咽が聞こえる。それでもなんとか喉を絞り、声カスで話す。

「あとで知った。その日の夜の出来事を。最初は刑事の人からおおよそのことを聞き、のちにそのグループの一人から真相を知った。あの日、グループのリーダー……俺が叩きのめした相手だ。そいつが母さんの制止する腕を振り払った時、あやまってバットのグリップエンドが母さんの額に当たり、その勢いで母さんは二階の階段から落ちてしまった」もはや表情に感情はなくなっていた。

「……それで?」真剣な眼差しで見つめ、容赦なく続きを答えさせる雷兆。

「…………母さんは首の骨を折り……即死だった」

道場に聞こえていたはずの落葉の音がいつの間にか止んでいた。

静まり返るヒノキの道場に葉が一枚入り込む。

「俺のせいなんだ。俺が力でねじ伏せてきた反動が……俺じゃなく母さんに……」口を震わせながらも言葉を音にのせ発する双雷。

「そこからの記憶は曖昧だ。母さんの言った通り、力で物事は解決しない。因果応報、巡り巡って自分に跳ね返る。だけどそれは俺じゃなかった。なぜ母さんが…………。その数日後だと思う。この世界に来たのは。最初は悪い夢を見ていたんだと安堵していたけど、現実だったんだな」

「自らを攻める気持ちは俺も同じだ。下手なプライドが事を大きくした。傲慢と言われても仕方ない。後悔しても時間は巻き戻らない。俺らはこの世界で罪を償う為に転生したんだ」

雷兆のその言葉に、双雷は下げていた頭を持ち上げる。

「なら俺は全力でこの世界の人々を救う。それで罪が消えることはなくても」

零れ落ちそうになっていた目からの雫を拭うと、双雷の目には闘志が宿っていた。

「よく話してくれたな。ありがとう」雷兆は彼の意思をしっかりと受けとめる。

「師匠こそ……」歯をむき出し笑う双雷。

「これでおおよその見当はついたと思うが、この世界の七区は大罪者の転生場所だ。傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲の七つのエリアで分けられている。それぞれその名の罪を背負って転生しているはずだ」

「そういえば師匠はこの世界に来て七区を回ったのか?」

「ああ。その当時、やはり七区――七人の転生者がいたさ。クセが強いやつもいたな」懐かしむように天井を見上げる雷兆。

「今は恐らく俺と同じように後継者に力を受け渡しているはずだ。そうやって力を得た者は罪を償う旅に出るというサイクルを辿る」

「なるほど。……ちなみに他の六人はどんな能力を?」

「この世界に存在する自然が主な力の根源にある。この神社の守り神は雷、その他は火、水、風、土、光、闇の六属性があり、それぞれに神が宿っている。つまりはそれに該当する能力だな」

「火は火の能力、水には水の能力ってことか」

「そういうことだ」双雷の理解の速さに微笑みを見せる雷兆。

「ちなみに俺はまず何処を目指せばいいんだ?」

「隣の水神がいる嫉妬区だな。そこには俺が世話になっている鍛冶屋がいる。ますは飛雷針用の釘を調達しろ。あ~、あとそこの鍛冶屋に俺専用の刀も作ってあるんだった。それもついでに貰って来てくれ」

「それはいいんだけど、隣ということはいきなり東京か」双雷は前の世界のことを思い浮かべ聞いた。

「以前の世界で隣というとそうなるが、こちらの世界では千葉県にあたる」

「千葉県って……海じゃん(東京湾アクアラインを使えば隣と言えなくもないけど)」

「それがこの世界では地続きで隣り合わせになっているんだ」

「――そうなの⁉ こっちでは地形も違うのか……」驚く双雷に雷兆は話を続ける。

「嫉妬区には水神がいるが、後継者は旅に出ている可能性がある。だから俺と同じ宮司に会うといいだろう」

「―――了解! ん? でもなんで会わなきゃいけないんだ?」

「……決まりだからな。というか、人の敷地に入って素通りするのか? お前は」当たり前のことを聞くなと言わんばかりに、素っ頓狂な顔つきになる雷兆。

「ああ、そういうことね。その宮司さんの名前は?」双雷は後ろ頭を掻きながら答える。

「【皆神みながみ 水京すいけい】だ。ちなみにかなり気の強い女だから気をつけろよ」目を細め、誰が聞いているでもないのに声を潜め話す雷兆。

「水京さんね」後半部分が聞こえなかったのか、意に返さない双雷。

「それじゃ、そろそろ最後の力の受け渡しを行うぞ」

二人は真剣な顔つきに変わる。

恒例のごとく双雷の頭の上に手をかざす雷兆。

「雷神よ、我が身体に宿し猛る神よ。その御力の残る全てをこの少年の元へと移り住みたまえ」手の平から放たれる神々しく、うねる蛇のような光の筋。

その雷光は少年の頭部から、やがて足のつま先までを覆う。

「……………………」

収束していく光を見つめながら雷兆は安堵の笑みを浮かべた。

――刹那、猛烈な勢いで襲う尋常ならざる殺気に双雷は閉じていた瞼を開け、雷兆は戦闘態勢に入る。

「なっ、なんだ……この異常な殺気は」

「双雷、お前はここにいろ」普通ではない異常事態に戸惑いを隠せない双雷に向かい雷兆が命令した。

「冗談だろ――嫌だね。俺も行く!」

言ってきくようなたまでもないのは分かっていたので、雷兆はそのまま双雷を引き連れ道場の戸を開けると外へと歩み出た。

すると二人の視界に一つのシルエットが浮かぶ。

近づく二人は次第に影の衣が消えていくように鮮明になるその者を見て目を見開く。

『――異形者‼』

重なる声は相手にも聞こえたのか、返答が返ってくる。

《こんばんは。神を名乗りし人間よ》

その姿は正に異形。

枯れた枝のように痩せている体形。

三メートル近い身長。

異常に長い手足。

それに似つかわしくないスーツ姿。

そしてなによりも顔のパーツが無い、のっぺらぼう。

《……すごく驚いているようだね。リアクションぐらいとったらどうだい?》

この異形者はしゃべる時だけ口が現れる。

その口には無数の鋭く尖った歯が月に照らされ鈍く光っていた。

「この結界は神クラスじゃないと入ってこれないんじゃないのかよ!」意に反し震える体を抑えつつしゃべりだす双雷。

「……そうだよ。てことは……そういうことなんだろ。実際異形者がしゃべれるのは最低でも上クラス……だがこの結界に入れるのは……」そう答える雷兆でさえ言葉に詰まる。

《なんだ。ここに来れば美味い物にありつけるって聞いたのに……あまり美味そうじゃないね、キミたち》

「双雷……お前は逃げろ」

「は⁉ なんでだよ!」

「今のお前は雷神の力を持っているが、まだ馴染んでいない。……たとえ馴染んでいたとしてもこいつはお前の手に負える相手じゃない」

「どうしてそんなことが言えるんだ!」

「こいつはな……【スレンダーマン】だ」

2009年に当時インターネットにて写真が投稿された。それはたちまち話題となり、遭遇したという情報が拡散され始める。実際は捏造された写真であったということになって落ち着きはしたが、それでも遭遇事例は後を絶たないという。

そのことを知っている双雷は、普通ならばあり得ないと一蹴しているところだがこの世界では事実だということも認知していた。

「やっぱり実在していた……ということか」拳を握りしめる双雷。

「この俺も実際に目にしたのはこれが初めてだ。この世界でも実在の有無が議論されるほどに未知の領域の異形者だからな。力も未知数だがこの結界をすんなり入ってこれることからこいつの能力は俺より上か……最低でも同等」雷兆のその言葉に双雷は表情を硬くする。

「今のお前では経験も浅い、ここは俺が足止めする。そのうちに逃げろ」

それは双雷にとって逆効果だった。逃げることは負けを認めたも同然。そう思うのが傲慢の持ち主。己のプライドが許さないと火に油を注いだ。

「師匠こそ逃げろよ。今あんたに雷神の力は残ってないだろ。それなのにどうやって足止めするんだよ」そう言うと双雷は釘を取り出す。

「…………お前……」

《もういいかな? 食っちゃっても》開く口からは唾液を絡ませた無数の牙が覗く。

「いいわけねーだろ! 飛雷針‼」

左手の指から放たれた雷光は一直線にスレンダーマンへと解き放たれた。

空気を震わせ、地面を抉り、轟音を伴う光の筋。

“バンッッッ”

強烈な破裂音を鳴らし飛散するスレンダーマンの上半身。

「やったぜ! 俺の飛雷針は師匠をも凌ぐ破壊力なんだ」満面の笑みを見せる双雷に雷兆の一言が割って入る。

「……確かにお前の飛雷針はこの俺を超えると言ったが…………あの異形者は別次元だ」絶望の顔で一点を見つめたままの雷兆。

その先には上半身を失くしたスレンダーマンの下半身が立ったままの状態で存在していた。

「師匠……何言ってんだよ。完全に上半身を吹き飛ばしたんだ。勝負はついて――」

“ザシュッ!”

肉を切り裂く音が境内に響く。

双雷の体は宙を舞っていた。

左の肩口を何かが貫通したのだ。

闇の中を月夜に照らされた血が舞う。

「――そらーーーーっ‼」

のどに痛みを感じるほどに叫ぶ雷兆。

双雷を貫いたのはうねる黒い触手のような物だった。

その元をたどるとスレンダーマンの下半身から生えているのが分かる。

触手はうねりながら根元の下半身へと戻っていき、歪に膨れ上がると徐々に形を成し、やがてスレンダーマンの上半身となった。

《くくくくくっ。惜しかったね~》にやつく口は三日月のように見える。

「――双雷……。大丈夫か⁉」駆け寄り上半身を抱き起す雷兆。

「……し……師匠……。ドジっちゃったぜ……ははっ」強気なプライドが笑みを作らせる。

「その様子なら死にはしないな。今度こそおとなしく休んでいろ」

「だ……ダメだ……師匠!」

「大丈夫だ。まだ俺には雷神の残りカスがある」そう言うと雷兆はスレンダーマンの元へと歩み寄る。

《次はキミの番かな? 少しは遊べるのかい?》

「お前のような化け物と遊ぶ趣味はない。これで片を付ける」両手に数十本の釘の束を握り、それをスレンダーマンの真上目掛け放り投げた。

「――【百禍猟雷ひゃっかりょうらい】」

闇夜が突然光に包まれる。

幾筋の稲妻が重力に身を任せるかのように地へと降り注いだ。

《これは……スゴイな~》

当然スレンダーマンの立つ位置は金色のカーテンに包まれる。

落雷の威力は凄まじく、土が飛沫となり跳ね回った。

「……す……すごい」双雷は感嘆の声を発する。

だがそれとは裏腹に、その技を放った雷兆は力のほとんどを使い果たし、その場で膝をついていた。

「師匠‼」

「――来るな!」体を起こし駆け寄ろうとする双雷に怒号が飛ぶ。

「……まだだ。こいつはまだ死んでない……」

その言葉に応えるかのように漆黒の触手が光の中から伸びてきた。

それは呆気なかった。

呆気なく雷兆の腹部を貫通する。

「かはっ!」吐血は光に照らされ宝石のような輝きをはなった。

《派手なだけでさっきのヤツの方が痛かったよ》ニタリと三日月の笑みが垣間見える。

「…………それはそうだろうな。俺には威力を乗せられるほど力は残ってない。……だから最小限の力で最大の威力を持つこの雷技しかなかった」

雷兆の周りをなぜか禍々しい漆黒の稲妻が取り囲む。

《――⁉ なんだ……こいつは》伸ばした触手を自分のもとに戻すスレンダーマン。

だが腹部に渾身の力を入れ、筋肉だけで触手を離さない雷兆ごと手元に引き寄せてしまう。

「この技は直接相手に触れなければならない。だが今の俺に貴様の攻撃を避けながら近づくのは不可能に近かった。……だからこうするしかなかったのさ」

《な、なにを……くそっ! 離れろ!》触手を動かし、引き離そうとする。

「……ま~落ち着け……。すぐ……済むからよ」雷兆の右手はスレンダーマンの頭を鷲掴みにしていた。

《貴様……最初からこれを狙って。……死ぬ気か》

「死なばもろとも……禁忌雷技【死雷楚歌しらいそか】」

稲妻が奏でる爆音のメロディー。

身を削り命の鼓動がリズムを刻む。

雷兆とスレンダーマンの二人を中心に、半径百メートルの範囲を神々しい光が包んだ。


やがて夜の帳が戻る頃、爆風で飛ばされた双雷は失っていた意識を取り戻す。

数十メートル先に目を向けると、人影が見えた。

「――師匠‼」駆け寄った彼の瞳に映るのは膝立ちした状態の雷兆であった。

バチバチと周辺にはまだ幼き稲妻が奔っている。

双雷はゆっくりと雷兆の正面へと足を動かす。

「…………し、師匠……そんな」絶望感が彼を襲った。

そこには雷兆を模った魂無き躯があるだけ。

はっきりと分かる、事切れている肉体。

その肉体はなぜか石像のように固まっていた

「なんで……なんで師匠が死ななきゃいけないんだ。くそっ! もっと俺が強ければ……こんなことには……」

《そうでもないよ。キミが強かろうが弱かろうが私には結局勝てない》

「――⁉」声の聞こえる方へと目線を向ける。

「そ……そんな…………スレンダーマン」

言葉の向こうには無傷のスレンダーマンがいた。

《いや~、でも危なかったな。やられたのが分身の方でよかった。クククッ》

「……分身だと?」

《そうだよ。嫌な気を感じて咄嗟に分身を作って逃れたのさ。おかげ様で力が半分になってしまった》そう語る異形の者は三メートルほどあった体長が二メートル以下に縮んでいた。

「化け物が……」血が出るほどに唇を噛み締める双雷。

《でもキミを食い殺すぐらいの力は残っているよ。キヒヒヒッ》不気味な笑い声を発するスレンダーマン。

「……やってみろよ!」

“バシュンッ”

《――⁉》

ノーモーションで繰り出される飛雷針にスレンダーマンは反応できず頬のあたりから血を流す。それはドス黒い液体で、乳白色の肌に際立って見えた。

《これは……》

「くそっ! やっぱり狙いが定まらない」そう言った双雷の右手の親指からは煙が上がっている。

どうやらコイントスの要領で釘を水平に発射したようだ。

《どこまでも腹立たしいな――人間は》

周囲の空気が歪みだす。

地面が揺れだし、地響きが鳴りだした。

《調子に乗るなよ――小僧》

シュンッと双雷の足元から突然触手が飛び出す。

《クククククッ。お返しだ》

「この――」

間一髪避けた双雷だったが、その自分の目に飛び込んできたのは粉々に砕かれた雷兆だった。

「――なっ‼」

《おや、お前が避けたせいでお仲間が粉々になってしまったな。キヒヒヒヒヒッ》

「……………………」

“バチンッ”

“バチンッ”

光が弾ける音がする。

その音色は徐々に早さを増し、やがてバリバリという炸裂音に変わった。

《ん? 小僧……キサマ何を》

スレンダーマンの目に映るのは稲光を全身に纏う双雷。

「……お前………‥だけは――絶対に許さない!」

刹那、上空から龍のように舞い落ちる閃光。

《そんなバカな。小僧――いや、キサマは何者だ⁉》

双雷の容姿は変貌していた。

髪の毛は銀色に逆立ち、全身は稲光の衣を纏っているかのような神々しさを放っている。

《キサマに何が起きたか知らないが、私の敵ではない!》

両手を広げ体中から漆黒の触手を伸ばし、双雷に向け放った。

だがそれは空気を切り裂くだけで、双雷を捉えることは出来ない。

そしてスレンダーマン目掛け解き放たれる、平行に迸る落雷。

「――【異者必滅いしゃひつめつ】!」

ジグザグに奔る閃光纏う双雷は異形者たるスレンダーマンの眼前に一瞬で迫り、輝く拳が腹部深くに突き刺さった。

《ッ⁉ ――グハッ!》何が起きたのかも分からず大量のドス黒い血を撒き散らす。

《この……この私が……こんな小僧に……》膝を折り、長い手をだらりと下げたスレンダーマン。

それを見下ろす双雷。

相手が戦闘不能なのを悟ると、振り向き雷兆のいたであろう場所へと歩み始める。

バチバチと弾ける音を引き連れながら、スレンダーマンから離れた次の瞬間。

“ザシュッ”

あの肉を裂く音。

《クハハハハッ――やはり小僧よな。勝ったと思ったか⁉ 自惚れたガキが!》

触手は双雷の左の胸――心臓を貫いていた。

「…………」

だが倒れない。

無表情で触手を後ろ手に掴むと、何事もなかったように引き抜いた。

《なっ、なぜ生きている……。人間ではないのか?》たじろぐスレンダーマンからは笑みが消える。

《くそっ! 力が半分だったとはいえ、小僧相手に……。癪だが力が全快するまでこの場は一旦引き下がろう。だがこの事は覚えておく。キサマもいずれ私のもとへと来るだろうしな。その時までこの勝負はとっておくよ。クヒヒヒヒッ!》

そう言うとスレンダーマンは闇夜に溶け込むように消えた。



朝日が双雷の顔を照らし出す。

昨夜の出来事は雷兆が粉々に砕かれた時点で記憶が曖昧になっていた。

「俺は……光に包まれて……スレンダーマン相手に…………はっ!」思い出したかのように左胸に手を当てる。

穴の開いた服の内側――左胸には大きな傷跡が残っていた。

どうやら貫通した穴は完全に塞がっているようだ。

「どうなってんだ?」狐につままれたような感じに陥る双雷。

膝に手を当て立ち上がると周辺を見渡す。

形を失い、火残りの煙がまだ燻っている境内の建物。

ほぼ全壊した道場からはヒノキの香りが漂ってきた。

香りは雷兆とのこれまでの思い出を蘇らせる。

「…………師匠」

それと同時にこみ上げる感情。

それはスレンダーマンに対しての憎しみだった。

「絶対に俺はあの異形者を殺す。探し出して……必ず」

再び復讐という名の罪を背負う双雷。


破けた服を脱ぎ、替えのシャツを着る。

これからの季節、上着がないと寒いだろうと社務所内を探すがこれといった物がない。

その時、鏡越しに映る自分を見た。

髪の毛は以前の黒髪オンリーではなく、銀髪が入り交じったメッシュのようなカラーリングになっている。

「これもあの時の後遺症のようなものか……」自分が自分でなくなったあの時を浮かべた。

だが深くは考えず気を取り直すと、シャツのまま外に出る。

肌寒い十一月、シャツのままでは震えが止まらない。

すると目に飛び込んできたのは原形を残している本殿だった。

小さな神社の小さな本殿。

その中――六畳ほどの広さに、似つかわしくない物が御神体のごとく飾られていた。

「これは……」

手に取ると、それは背に雷神の刺繍を施され、中綿が入った特徴的な衣服。

それを羽織ってみせる。

「ちょうどいい! このスカジャン――俺にピッタリだ!」

【スカジャン】――それは以前の世界で、横須賀を中心に広まった洋服の名称で、背中や胸部に様々な刺繍を施した特殊なジャケットである。

双雷は満足そうな笑みを浮かべると颯爽とその場を去った。

その服が特別な物と知らずに。



双雷は日が暮れてから神社を後にした。

鳥居をくぐると雷兆の言われた通り、鍛冶屋を探しに嫉妬区の方へと歩き出す。

すると早速クネクネに出くわした。

だがもはや双雷が怯むような敵ではない。

腕を組み余裕の態度で近づく異形者を見据える。

「スレンダーマン――待ってろ! 必ずお前を見つけ出してぶっ倒してやる‼」

叫ぶ少年の背に縫われた雷神の刺繍。

その目が双雷に応えるよう鈍く光る。

羽織る衣もまた先代たちの魂が込められている代物だったのだ。


評判が良かったら続編を書きたいと思います。

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