第一話『消えたプリン。』
「おかしい…」
どぎつい度が入っているっぽい黒縁眼鏡をかけた女が、胡坐をかいた状態で上半身「ロダンの考える人」みたいな形になって、なにかを考えている。
眉間にしわを寄せているのは肉眼で確認可能なのだが、どぎつい度が入ってるっぽい眼鏡のせいで、眼鏡が光っていて一体どんな目をしているのか確認ができない。
「…おかしいぞ!」
急に立ち上がったと思えば、テーブルの上のミカンとスプーンを手に取って、部屋の中をシロクマのようにウロウロしはじめる黒縁眼鏡の女。
眉間にしわを寄せながらミカンとスプーンを手に持ったままウロウロしている姿は、傍からみればアホにしかみえない。
「…なんでプリンなくなった!?」
黒縁眼鏡の女は、右手にミカン、左手にスプーンの状態で、そのまま激おこモードに突入し、地団太を踏みはじめていた。非常に滑稽な姿である。
「わたしのプリン!どこいったーっ!」
この激おこ黒縁眼鏡の名前は、麻生川すい。
麻生川家の長女である。歳は17歳。髪は黒くて長くて、黒縁の眼鏡はレンズが光っていて、いかにも地味って感じの女子だが、「実はよくみるとかわいい系」の見本みたいな容姿をしている。
麻生川家は、すいの他に次女と母が同居していて、父だけが単身赴任でどっか遠くの地に住んでいる。父、哀れである。
次女の名前は、まどか。
すいとは対照的に、短めの茶髪でスポーティな感じの元気な16歳のガールだ。日焼けした褐色の肌は魅力的である。
そして母の名前は楓子。
おしとやかで世話好きな性格は、まさに母親の鏡と言っても過言ではない。
ついでに父は大地という名前だが、どうせ登場しないからどうでもいい。
現在、麻生川家に住んでいるのは、すい、まどか、楓子の三人だけである。
ただし母の楓子は、厳密には職場で寝泊まりしていることが多く、家にいる時間はほとんどないと言ってもいい。
なので、現在の麻生川家は、すいとまどかが二人で暮らしているようなものなのだ。
もっといえば、すいはイジメを受けた影響で学校に行けなくなってしまっている状態なのでずっと家にいるが、まどかの方は毎日学校に通っている上に、陸上部に所属しているため帰りが遅い。
ってことは、この家は基本的に毎日すいがひとりで自宅警備しているといっても過言ではないのだ。
ところ、どうしてすいが家の中でたったひとり激おこモードになっているのかを解説するためには、12時間前まで時間を遡らなければならない。
――12時間前。
「すい姉ー。私そろそろ学校に行ってくるね」
まどかは、いつも毎朝8時ジャストに家を出て学校に向かうのだが、この日に限っては20分ほど遅れて家を出た。
「いってらっしゃーい」
…。
笑顔でまどかを送り出したすいは、数秒後、邪悪な顔になってリビングに向かっていた。
「…ちっ!焦らしやがって…!いつもは8時に家を出るのに、なんで今日に限って20分もぐずぐずしたっ…!」
すいは、数日前にスーパーの激安セールで買った30円のプリンを、この日のためにこっそりとっておいたのだ。
まどかがいない時に、ひとり静かにテレビでも観ながらセレブっぽく優雅に食べるために。
この時のすいは「もうすぐ食べれる!」という誘惑に脳みそをやられており、ついうっかりまどかが家を出る前に、リビングにあるテーブルの上にプリンをセッティングしてしまっていたのだ。
「まったく…!まどかがぐずぐずしているからプリンがぬるくなっちまったよ…!いちど冷やしなおすかな…」
すいは、ぶちぶち文句をいいながらプリンの置いてあるリビングに向かった。
だが、すいが、リビングにたどり着くと、そこには目を覆いたくなるほどの信じられない光景が広がっていた。
――なぜなら、そこにはプリンがなかったからだ!
「え…?ない…。わたしのプリンが…ない?」
さっきリビングの真ん中にある四人用の大きな長方形のテーブルのど真ん中にスプーンとともにセッティングしておいたプリン。
まどかが、なかなか家を出なかったせいで、せっかくキンキンに冷えていたはずなのに、きっとぬるくなってしまっていたプリン。
「これは…事件の匂いだ!」
すいは、本来であれば今頃はテレビを見ながら優雅にプリンを食べていたはずなのだが、急に腕組みをしたと思ったら、まさかの探偵ばりに推理をしはじめた。
実は、すいは探偵なのである。
名探偵でもなければ、迷探偵でもなく、ただの自称探偵だが。
「私がテーブルの上にプリンをセットしたのが8時ちょっと前。…たぶん2分前か3分前だ。そこから私はいまのいままでリビングには入っていない。つまり…20分とちょっと、私はリビングから離れていた。」
まるで古畑●三郎のように眉間に指をもってきて、いかにも優秀な探偵っていうような感じで推理を行う、すい。
「まどかが家を出たのは8時20分。本来であれば8時には家を出ているはずが、なぜか今日に限って20分おくれていた。…あやしい!」
どうやら、すいは、さっそく犯人をまどかだと疑いはじめたようだ。
「その空白の20分になにがあったのか…?私はリビングに近づいていないので、仮にまどかが近づいてもわからない。だが、なかなか出かけないまどかにイライラしてウロウロしていた私の前に、まどかはちょいちょい姿を現していた。…どういうことだ?」
すいの推理は確信に迫っていく。
「…だが、私の前にいない時のまどかはどこにいたか!?私がわからないということは、リビングに侵入していた可能性があるということ!」
だんだんヒートアップしていく、すい。
「学校に行くために制服に着替えるとか、化粧をしたりとか、そういうのをしていた可能性もあるが、もともと毎日それをして8時ジャストに出かけていたはずなんだ!…ということは、それ以外のなにかをしていたということ!」
すいの中で、なにかが確信に変わっていく。
「家はすべて鍵がかかっていて密室だった…!さらに、家には私と、まどかしかいない!犯人はっ…」
すべてを悟ったすいが、壁に向かって人差し指を差しながら怒りを込めて思いっきり叫んだ。
「おまえしかいないだろーーーーっ!」
プリンがなくなった現実と、まどかが自分のプリンを食ってから学校に行ったという事実に、怒りが頂点に達していた。
これが、現在すいが激おこモードになっている原因である。
それから12時間、ひたすらプリンがなくなったことを嘆きながら、まどかのアリバイ崩しのためにひたすら推理していたのだ。
「ただいまー!」
どうやら、まどかが部活を終えて帰ってきたようだ。
リビングで怒り狂っているすいをみて、笑いをこらえながらツッコみをいれるまどか。
「ぷ…。なに、すい姉?激おこぷんぷん丸!?」
「…だれが激おこぷんぷん丸だーっ!おまえ私のプリン食っただろ!」
帰ってきたまどかに、待ってましたと言わんばかりに食ってかかる、すい。
「は?…プリン?…ちょっと何言ってるのかわかんないんだけど?」
「だいたい、今日いつもより20分も遅く家を出たのは、私のプリンを盗み食いしていたからだろーが!」
「家を出るのが遅れたのは、ただ単に宿題のノートをどこに置いたかわからなくなって探してたからだっつーの!なんだよ、プリンって?」
「私が、どれだけ今日のプリンを楽しみにしていたと思ってるんだ!」
「知らないよ、そんなの!食べたの私じゃないから!」
「じゃあ、この二人っきりの密室空間で、いったい誰が私のプリンを食べるんだよ!?」
「だから、知らないっつーの!」
一時間経過
「はあ…はあ…。くそ!いつまでシラを切るつもりだ、まどか!」
「しつこいな…すい姉!私は違うって言ってんでしょ!」
「私がっ…!わたっ…、私の…プリン。…プリンが…。」
さんざんバトルを繰り広げたのちに、ついに、すいは力尽きて泣き出しはじめた。
同時に「ようやく終わった…」と胸をなでおろす、まどか。
「よしよし。今度、私がすい姉にプリン買ってやるから…」
「…まじで?絶対だぞ、まどか!約束だからな!」
ちなみに…。
すいは気づいていなかったようだが、消えた30円の小さいプリンは2日前に賞味期限が切れていた。
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「…っていうか、そのプリンの容器どこいったの?」
「え?…そんなのまどかが完全犯罪に見せかけるために処分したんでしょ?」
「だから食べたの私じゃないっつーの!いったいどんな完全犯罪だよ!?」
その時、廊下の方から「にゃ~ん…」という鳴き声とともに、一匹の白猫がリビングに入ってきた。
「……」
「…クロ?」
そういえば、麻生川家にはもうひとり住人がいたのを忘れていた。
白猫の『クロ』である。
「……」
「にゃーん…」
「おまえっ…!そのくちもとーっ!」
不定期連載の予定です。