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ヘラルド殺し  作者: 御法 度
3/4

これ以上、儂の手を汚させないでくれ

 

 駄目だ、彼のペースに呑まれては。私はじっとギルベルトの瞳を見つめた。けれど、そこに揺らぎを見出すことはできなかった。


「次にシーナ。剣の扱いに長けてはいるが、同様の理由で却下できる。だがしかし、お前は様々な薬を持ち歩いているな。

 薬と毒は表裏一体だ」

「ヘラルドを、こ、殺せるような薬なんてないよ……」

「言って()いことと悪いことがありますわよ、ギルベルト。彼女はわたくしのために、悪阻薬つわりぐすりやよく眠れるお薬を調合してくださいました。そうでしたわね?」

「うん!」


 女同士であるからこその絆も、この旅の中で結ばれていた。私たちは視線を交わし、微笑みあった。


「ふん。これだから感情で動く女という生き物は。

 それに、巫女(シーナ)には暗示をかける能力がある。剣の舞にせよ、あれは俺たちの潜在意識に働きかけ、魔力を向上させるものだからな――。そうだ、『魔王の呪いにかかってしまった』という暗示を勇者にかけた、というのはどうだ?」


 私は今度こそ呆れ、思わずため息をついた。言葉も出てこない。


「ギルベルト、ふざけていますの? ヘラルドの死は魔王の呪いのためではないと主張したのは貴方でしょう。さっきと言っていることが矛盾していますわよ。

 それに、シーナの暗示にそこまで強い力はありませんわ。ましてや魔王の呪いを顕現させるだなんて」


 暗示は、所詮は暗示だ。潜在能力を高めたり、痛みを感じにくくさせたりする力はあれど、実際にレベルが上がるわけでも、傷が消えるわけでもない。毒を受けたと信じ込んでしまっても、そのために毒死することはあり得ないのと同じだ。


「外傷がないのだから、眠らせてから殺したり、自害に追い込んだりしたという可能性も否定できるな」


 ランゲルも加勢してくれた。厳しい視線を受けたギルベルトは、しかし、依然として人を食ったような表情で口の端を歪めた。


「やはり人間のユーモアは通じないか。まあいい。剣の腕前ではさらに数段落ちる貴様ローズや俺が論外であることに変わりはない。

 外傷もなしに奴を殺せる魔法や呪いを使えるのは、俺くらいのものだ。だがこの通り、今の俺にそこまでの力は振るえない」


 ギルベルトは一瞬だけ、自虐的な笑みを浮かべた。もっとも、万全の状態であったとしても、彼にヘラルドを殺せるとは思えないが――棘のある言葉は、胸の中に納めておく。相手を苛立たせ、優位に立とうとするのは、この男の常套手段だ。

 ランゲルは右脚を小刻みに揺らしながら、ギルベルトを鋭く睨んだ。


「ギルベルト。外傷があろうがなかろうが、やはりローズにはヘラルドを殺す(すべ)はないではないか」

「方法ならある。ローズ、貴様は聖剣を使ったんだ」


 私は心臓が跳ねるのを感じた。また一歩、ギルベルトの推理は核心に近付いた。ヘラルドを殺害せしめた凶器は、まさに彼自身の聖剣だったからだ。


「聖剣を使えば、致命傷を負わせるくらいは容易かったろう。貴様のような腕前の者でもな」

「待ってください! いくらなんでも、それは」

「いや、ローズよ……口惜しいが、儂もその意見まで切り捨てることはできん。聖剣は使い手の身体能力を著しく向上させる。さらに親しい者に不意を衝かれれば、ヘラルドとて」


 勇者を殺すにあたり、悩んだのは凶器の入手方法だ。私の剣は護身用に毛が生えた程度のものだし、魔王の魔素が残る城内の武器類を使っては、彼に不信感を抱かせてしまう。だから彼自身の武器を利用することにした。聖剣の加護により剣技の差も埋められる。

 あとは奪うタイミングの問題だったが、それもなんとかなった。ヘラルドが気を逸らした一瞬の隙に付け入り、聖剣を振るった。私は賭けに勝ったのだ。

 そう。私は運を味方に付けている。まだ諦めるには早い。


「ど、どこに証拠が」

「ふん。拾ってみろ」


 聖なる大太刀は、勇者の遺体の側に転がったままだ。私は床に屈んで、鞘から刀身を抜き放った。ヘラルドの血で真っ赤に塗れた刀身は、この罪人の顔を映し出してはいない――という光景が一瞬脳裏に蘇りかける。が、実際には、なにも付いていない。鏡のように光を反射させる鋼が、私の顔を浮かび上がらせていた。

 当然だ。血を拭き取り清めることは、療術師にとって日常茶飯事。得意分野なのだから。


「なんともありませんわよ!」

「そうだろうな。貴様が拭き忘れるとは考えにくいからな。しかし、後でシーナに鑑定してもらえればすぐに分かることだ」

「ふっ。血の跡が残っていることが証拠になるとおっしゃりたいのなら、浅はかという他ありませんわね。あの激闘の後ですもの。当然、彼の血液だって付着したはずですわ」

「愚かな。あくまで言い逃れる気だろうが、そうはいかないぞ。血は拭き取れたとしても、魔力の痕跡は残る。魔王の魔素の上から、勇者のものが重なっていれば、あの戦闘の後で勇者の血が付着したことが証明できるだろう」


 嫌な汗が頬を伝う。よく回る口で、確実に退路を断ってくる。これほどまでに切れる男だったとは。一番警戒するべきは、あなただったのかもしれない。


「信じられませんわ。だいたい、ヘラルドの身体のどこに傷があるというのです!」

「ない。だが、傷を消すことはできる」

「え?」

「勇者を一撃で殺害せしめるほどの傷。その致命傷を跡形もなく消すことのできるクラス。切断された四肢をも元通りにできる者。そんな奴はここには――いや、世界中を探しても一人しかいない。

 そうであろう。王家の血を引く、たぐいまれなる療術師よ」


 私たちは、はっと息を飲んだ。ランゲルが自らの左脚に手を伸ばしたのは、無意識の行動だったのだろうか。

 視線が集中する。白い絹の様な頬を、初めて汗が伝った。

 私は掠れた言葉を、唇の隙間から漏らした。


「で、でたらめよ」

「なら証拠を見せてやろう。――本当はこんなことはしたくなかったが、許せよ、ヘラルド」


 言葉の後半は囁くような響きだったが、私の耳はしっかりとそれを捉えていた。

 ギルベルトは遺体の横にひざまずくと、マントをそっとめくった。冷たくなった首もとに手を当て、呪文を唱える。一瞬、自分の首筋の奥が沸騰するような錯覚に囚われた。


わたくしのヘラルドになにをしますの! 殺してやる――」

「動くな」


 ランゲルが、重く、鋭く言い放った。戦鬼の証である、一抱えほどもある戦斧いくさおのを構えられただけで、ぴくりとも動けなくなる。あれほどの巨躯にも関わらず、軌跡を目で追うことが全く出来なかった。なるほど、左脚が満足に動かせなくても、私たちの首を刎ね飛ばすなど容易いことだろう。


「ローズ。これ以上、儂の手を汚させないでくれ」

「ランゲル、貴方は、」

「――やはりな」


 ギルベルトが立ち上がった。その足下の勇者の首には、裂け目が広がっていた――ああ。

 彼が唱えたのは、()()()()

 偽装は、解かれてしまった。

 そう。

 殺害に用いた凶器。

 その方法を隠した手段。

 さらには動機さえも。

 彼の推理は、どれも正解だった。

 私がこの手で聖剣を握り、勇者の首を刎ねたのだ。






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