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ヘラルド殺し  作者: 御法 度
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人として恥ずかしくありませんの!?


「まず黒樹だが、あれは人為的に付けられたものだ」

「人為的? そんなことが可能ですの?」

「可能だ」


 ギルベルトはおもむろに袖をまくった。途端に、一同は驚きに包まれた。彼の左腕には、黒樹としか言いようのない紋様が刻まれていたのだ。


「魔王の書斎にあった黒樹の印章指輪インタリオリングを熱して、右腕に押しつけておいた。さらに化粧を重ねれば、見た目は本物と変わらなくなる」

「ふむ、それは盲点だったな」


 ヘラルドの遺体を発見した後、姿が見えないと思っていたが、そんなことをしていたのか。私は内心ギルベルトに舌を巻いた。ヘラルドの遺体に偽の黒樹を刻みつけた方法は彼の指摘通りだ。忌み嫌われる呪いを敢えて付けるなどという発想は、たいていの者からは出てこない。その心理的効果を狙った偽装も、まんまと見破られてしまった。

 ましてや、私たちを説得させるため、肉を焼く苦痛をもって証明するとは。その執念に、首筋に刃を当てられたような心地になる。


「だが、これは誰にでも可能なことだ。犯人はより重大な偽装で、俺たちの目を欺こうとした」


 ギルベルトは、さらなる仮説を披露した。


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 ――気付かれてしまったか。


「納得しかねますわ」

「そ、そうよ! あれは確かにヘラルドの血だった。血族の誇りにかけて、このシーナが、巫女の力で証明したはずよ!」


 あの血痕から彼の魔素が感じられたのは、発見した今朝の時点で全員が確認したことだった。


『この、シーナ=ブランが問います。地に還りし紅血は、勇者・ヘラルドのものか――?』


 神託は、巫女による宣誓が欠かせない。その一連の儀式に嘘偽りが差し込まれる余地がないことは、パーティーメンバーにとって自明の真理である。巫女が意図的に嘘を付けば、魔力の変質が生じるからだ。それに気付かぬような愚者は、このパーティーにはいない。

 結果、他の人間や動物の血をまぶすといった、真の死因を隠すような工作は認められなかった。そして勇者ほどの者に血を吐かせるような毒は、魔王の呪い以外に存在しない。


「まあ聞くがいい。これからちゃんと、化けの皮を剥いでやるから」


 ギルベルトは私の方を向いて口を歪めた。一瞬遅れてそれが笑みだと気付き、背筋が凍った。まるで死霊に魅入られたかのように、魔導士は告発を続けた。


「犯人は理由をつけて別棟に勇者を呼び出した。そして、他の三人が眠る中、勇者を殺した。魔王の呪いで死んだように見せかけて」

「ちょっと待って。いくらなんでも乱暴よ」


 と、反論してみせたものの、実はギルベルトの言葉は見事に真実をなぞっていた。この別棟は密会現場には最適だったし、他の三人の邪魔が入らない確かな見込みもあった。そして無防備になった彼を殺した。信頼につけ込むことに胸が痛まなかったと言えば、嘘になる。


「儂も納得できんな。黒樹を偽装できるのは分かったが、実際に殺すとなると話は別だ」


 ランゲルの口調は静かな怒りに満ちていた。義理に厚い彼らしい反応と言える。昨日も、魔王の一撃により切断された左脚を、療術で治してもらったばかりだからだ。今はまだ片足を引きずっている状態だが、完全に骨が癒合すれば支障なく歩けるようになるだろう。


「そう、問題は殺害方法だ。この長い旅の中で、俺たちの実力はとっくに割れている。奥の手までな」


 ギルベルトは、芝居がかった動作で私たちを見回した。


「まずはランゲル。勇者と腕力で互角に渡り合えるのはお前くらいのものだ。その脚の傷があったとしても、膂力だけで奴を殺すことはできただろう。

 おまけに、この上ない動機もある」

「動機だと?」


 ランゲルは依然として険しい顔で、たくわえられた立派な髭に手をやった。


「そうだ。今でこそ現役を退いてはいるが、昔はドワーフの軍団を束ねていた将軍だったのだろう? 魔王が現れる前、先の大戦では亜人軍の総大将として、人間を苦しめたそうではないか」

「……なにが言いたい」

「時は流れ、魔王の台頭が人間と亜人の間に同盟を結ばせた。しかしこれからはどうだ。魔王が滅ぼされた今、また昔のように争いが起きないとは言い切れまい? その時に備えて手を打っておこうと、老獪な元将軍が考えてもおかしくないのではないか?」


 私は、思わず頬が熱くなるのを感じた。まさかギルベルトがランゲルのことをそんなふうに見ていたとは――いや。王立大学の教授という立場上、国の政治にも関わることの多い彼だからこそ、か。


「ただ殺しただけでは外聞が悪いから、魔王のせいにしようとした、そんな所じゃないか?」

「ギルベルト! 人として恥ずかしくありませんの!?」

「ローズの言う通りよ。わ、私も亜人エルフだけど、このパーティーのみんなを、憎いと思ったことなんてない!」


 全員から蔑みの目を向けられても、ギルベルトは嫌らしく微笑んだだけだった。


「ふん。ほんの戯れだ。言っただろう。犯人はローズだ。ランゲルではない。あり得ないのだ」

「なに?」

「勇者に外傷は見当たらなかったのだから」


 私は肩すかしを食らった気分になった。そうだ。いかにランゲルが手練れだと言っても、全く傷を付けずにヘラルドを殺すことはできまい。なればこそ、魔王の呪いが原因だという結論になったのではないか。






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