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ヘラルド殺し  作者: 御法 度
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ローズ、貴様が勇者を殺したのだ

 

「ローズ、貴様が勇者ヘラルドを殺したのだ」


 向けられるのを想像しただけでも背筋がすくむような迫力のある眼光。それに加え、真実を見定めようとする鋭い視線も、そわそわと不安げな瞳も、たった一人の女に向けられていた。


わたくしのはずがありませんわ」


 しかし、それらの疑惑の眼差しに晒されていたとしても、冷静さを取り繕うことなどは、王家の娘にとっては容易いことだった。ギルベルトの指摘が図星であろうとも、薔薇の名ローズに恥じない、毅然とした態度を示し続けなければならなかった。

 私は密かに、自分に言い聞かせた。そうしなければ、ヘラルドを殺害した時の生々しい記憶に押し潰されてしまいそうだった。あの美しい緑の瞳から、速やかに光が失われていく光景が――。

 落ち着け。ここが正念場だ。逃げ出そうものなら、全てが水泡に帰する。

 私は闘わなければならない。

 守るべきもののために。




 勇者・ヘラルドの実に呆気ない最期から遡ること、およそ一年。魔王討伐のため満を持して集められたそのパーティーは、過去最高と言っていい完璧な布陣だった。

 人間の身でありながら歴代最強の呼び声高い勇者・ヘラルド。何度も死線をくぐり抜けて来た老練なドワーフの戦鬼・ランゲル。若くして王立魔法大学の教授職を務める魔導士・ギルベルト。魔力操作に長けたエルフの血族の巫女・シーナ。そして、現王の娘でもある赤髪赤眼の療術師・ローズ。

 ヘラルドを筆頭に、種族の垣根を越えて集められた天才たちによるパーティー。幾度も繰り返されてきた魔王との戦いに、今度こそ終止符が打たれる。誰もが期待していた。

 一年に及ぶ冒険の末、その未来いつかはついに現実のものとなった。傍らに、勇者の死を伴って……。

 主のいなくなった魔王城で一夜を明かした時、ヘラルドはいつまで経っても現れなかった。彼の部屋がもぬけの空であることを確認した私たちは、捜索の末、城の別棟にある広間で、勇者・ヘラルドの無残な姿を発見した。それが数時間前のことだ。

 そして現在、ギルベルトは悲しみに打ちひしがれていた私たちを再び別棟広間に集め、告発を始めたのだった――よりにもよって、勇者の婚約者ローズが下手人である、と。


「ギルベルトよ、この人間の小娘にヘラルドが殺せるとは、儂には思えんな」


 ランゲルは平常通り、状況を冷静に見極めようとする、慎重な物言いだった。私も彼のように、内心の動揺を隠すことはできているのだろうか?


「そ、そうだよ。それにローズのお腹には、ヘラルドとの赤ちゃんだって、い、いるのに。ねえローズ、昨日の夜も私が悪阻薬(つわりぐすり)を渡した後、あ、朝まで部屋で眠っていたのよね?」

「シーナ……」


 その表情を見た途端、胸の奥に熱いものがこみ上げてきた。しかし、すぐにギルベルトから冷や水を浴びせかけられる。


そいつローズに騙されるな。俺はずっと腑に落ちなかったのだ。あの勇者が、相討ちを許すなどという失態を犯すはずがない」


 なにかにつけてヘラルドに食ってかかっていたギルベルトだが、心の底ではその実力を認めていたことは、皆よく理解していた。強い連携で結ばれた私たちだからこそ、魔王を討ち果たすことができたのだから。




 決戦は、昨日の早朝に幕を開けた。

 そこでの勝利は、メンバー全員の連携によりもたらされたものだった。戦鬼ランゲルが魔王の物理攻撃を防ぎ、魔導士ギルベルトが遠隔魔法で魔王の体力を削いだ。療術師ローズが傷ついたメンバーを癒やし、巫女シーナが血族に伝わる剣舞で全員の基礎魔力を向上させた。

 そして、一瞬のほころびを衝いた、勇者ヘラルドの渾身の一撃。聖剣に貫かれた魔王は、ついにその魂を散らした。ギルベルトやランゲルが負傷させられる場面があったものの、誰一人として欠けることのなかったその勝利は、ほとんど完璧なものに思えた。百年の長きにわたり、何度も試みられてきた魔王討伐は、こうして相成った。悲願を祝福するかのように、南中の太陽が彼ら5人を照らしていた。

 その矢先の、ヘラルドの死。遺体こそ今はマントで隠されているが、大理石の床に広がった血溜まりまでは覆うことはできなかった。魔王を滅殺せしめた聖剣は、鞘に収まったまま、永遠の眠りについた持ち主のもとに虚しく控えている。

 床の血は、吐血によるものだと思われた。右目の下に、魔王の呪いの証である「黒樹」が禍々しく刻まれている他には、外傷は見られなかったからだ。それらの意味することは――魔王が死に際に見せた、最期の足掻き。勝利は完璧などではなく、相討ちという、勇者の犠牲の上に成り立っていたのだ。

 しかしギルベルトは、今になってそれを覆そうとしている。


「……なにをおっしゃいますの? 話し合って出た結論ではありませんか。そもそもギルベルトがおっしゃったのではありませんこと!」


 そう、ヘラルドは魔王の呪いによって死んだのだと、検案を終えて結論づけたのは、他ならぬ彼だった。


「その通りだ。勇者の口元と、その周りの床が大量の血で汚れていたからな」


 私はギルベルトのやつれた顔を見つめた。かなり回復はしたものの、魔王の呪いを身に受け消耗した者の姿がそこにはあった。


「あまりじろじろと見てくれるな。魔王の毒を受けた姿がこのざまだ。戦闘中に血を吐いた時はどうなるかと思った」


 ギルベルトの言葉に、わずかばかりの自嘲が混ざる。魔王の呪いの恐ろしさは誰もが理解していた。呪いを受けた者は、時を待たずして大量の血を吐く。ここで多くの者は失血死に至るが、それを免れたとしても最長半日で命を落とすことになる。

 魔王の呪いの最も特徴的な点は、右目の下に印が刻まれる点だ。まず赤い発疹が現れる。それは半日かけて広がり、三角形の樹のような形を作る。最後には黒く瘢痕化し、呪いを受けた者を死に至らしめる。「黒樹」と呼ばれ、歴代の勇者パーティーの間で恐れられてきた魔王の呪いだ。

 ギルベルトも闘いのさなかにこの呪いを受けたが、なんとか生還した。治療を受けた今なお、目の下には痣が残っている。療術師の腕が少しでも劣っていれば、この若い魔導士が夜を越えることはなかっただろう。


「その恩も忘れて、わたくしが犯人だとおっしゃるのですね」


 吐き捨てるように言った皮肉も、高慢な魔導士の耳には届かない。


「昨日、俺とランゲルが貴様に手当を受けている間、日が昇っている間にシーナとヘラルドが、この城にはトラップや残党が残っていないことを確認してくれた。当然、この別棟も。そうだな?」

「うん。ちゃ、ちゃんと確かめた」

「だから今朝、俺たちはこういう結論に達したのだったな。『尋常ならざる我らが勇者は、気丈にも呪いを受けたことを隠し、毒の巡りを遅らせ、密かに耐えていたのだ』と。

 外傷は見当たらず、右目の下には黒樹。そしてあたかも血を吐いて力尽きたかのようなあの状況を見れば、誰もがそう思う」

「……おぬしは、実はそうではないと考えておるのか?」


 魔王に受けた呪いを相貌に色濃く残すギルベルトは、両目を爛々と光らせながら、静かにその問いに頷いた。






登場人物紹介


【ギルベルト】

人間。クラスは魔導士。魔王討伐戦で呪いを受けるが、ローズの治療により一命を取り留める。


【ローズ】

人間。クラスは療術師。討伐戦では回復役として活躍した。


【シーナ】

エルフ。クラスは巫女。討伐戦では他のメンバーの魔力を底上げした。


【ランゲル】

ドワーフ。クラスは戦鬼。討伐戦で左脚を切断されるが、ローズの手当てでことなきを得た。



【ヘラルド】

人間。クラスは勇者。討伐戦の翌朝、遺体となって発見される。


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