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7話・安村ジイさんの誕生日


 あれから、安村ジイさんと母はめっきり話をしなくなっていた。母も安村ジイさんの部屋に行こうともせず、一緒にいる時間も激減していた。


 それにより、安村ジイさんの認知症具合は悪化していた。夜中に騒ぎ出したり、お漏らしをする機会が増えていたんだ。


 それを知る母は、「洗濯物を安村ジイさんと一緒に洗わないで!」と職員に訴えるなどしていた。周りの入居者も巻き込んでいたから、安村ジイさんはかなり精神的に疲弊していたようだ。時の館へ行った時や職員の話などで、それを察する俺は自宅で色々と考えていた。


「このままだとマズイな……色々とマズイ」


 相変わらず自由気ままな母に対して、俺は俺なりに安村ジイさんの事を伝える事にした。安村ジイさんの家族からも、体調不良について少し聞いていたからだ。


 そして、時の館の母の自室でその話をした。


「最近はちゃんとしてないようだな。他の入居者とも、安村ジイさんともあまり話してないようじゃん」


「今は休憩してるから話さないの。私もこんなジーさんバーさんの世話をするのは大変なんだから。康介も手伝ってくれないと困るよ」


「ちゃんとすれば手伝ってやるよ。安村ジイさんの誕生日も近いから、安村さんを盛り上げるパーティーをしよう。そうすれば元気の無い安村さんも元気になるよ」


「元気が無いのはジジイだからだよ。ジジイは車椅子でダラダラしてるから、タバコ泥棒なんてするんだよ。あー、まいっちング」


「ダラダラはしてねーよ。それに、安村さんもう長くないかも知れないぞ? 今話しておかないと、話せなくなるかもな」


「話は長いけどね。あのジイさんは元からボケてるし、キスをしようとするから嫌だ。泥棒もしてたし、タバコも吸えなくなったしで最悪だよ」


「タバコが吸えないのは、安村さんのせいじゃないぞ。安村さんも初めは話し相手として良かっただろ? 今優しくしておけば、何かメリットがあるかもな。職員にも時の館で一番ちゃんとしてると思われるだろう。やっぱり石崎恵子さんが一番若くて、ちゃんとしてると言われると思うな」


「一番若くて、ちゃんとしてる……」


 少し、母の心がぐらついたようだ。

 ここから、一気に攻めないとならない。

 侵略する事火の如くだ。


「自分のジイさんもボケてあんな感じだっただろ? それに安村さんはこの時の館に来た時に、他のばーさんが嫌だと言ってた時に支えになったんだろ? なら最後ぐらい優しくしてもバチは当たらないぞ」


「確かにジーちゃんもあんな感じだった……」


 と、母は自分の父親も認知症だった事を思い出した。俺の祖父に当たる母の父も、最後は認知症になり歩けない状態になった。今の安村ジイさんのような状態で、俺は以前から思っていた事でもある。


『……』


 その間、母は自分で父の介護をしていて、苦労していた時の映像も思い出していたようだ。そして――。


「うん、やるよ! 康介に言われなくてもやる予定だったから! ふざけんじゃないよ!」


「ふざけてはいないぞ。よし、頑張れ」


 確実に俺に言われないと何もしないはずだったが、母は一度火がつけばキチンとこなすタイプだ。


 ちゃんとしてる――と職員から言われるのが、母の快感でもある。


 だから、安村ジイさんとの件も大丈夫だろう。心配は、安村ジイさんの健康はマジでヤバイという事だ。詳しくはわからないが、安村家族から少し聞いた感じだと、この時の館から専門の病院へ移転する事も考えているようだった。


 そして、それから母はふざけんじゃないよ! の精神で時の館のヒーローになって行った。


 率先して安村ジイさんの食事の介助や、シャツなどをアイロンかけをしていた。オムツ替えとかも手伝おうとしたが、それは職員に断られた。それに加えトイレの清掃や肩揉みなどもしていて、まるで妻だと言われて満更でも無い顔をしていた。


 時の館全員からヒーローのような扱いをされ、母は凄まじい活躍をしていたんだ。


 そうして、安村ジイさんはまた昔のような元気が戻り出し、80回目の誕生日を迎えた。そのパーティーでは、二人で大空ひばりをデュエットするなど、盛り上がっていた。久しぶりに、心の底から喜んでいる安村ジイさんを見る事が出来た。この日の写真は、最高の誕生日として記録されている。



 そして、その日の夜――安村ジイさんは、心筋梗塞になり病院に搬送された。


 その手には、職員から盗んだらしいタバコが握られていたんだ。



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