6話・タバコ事件と仲直りの理由
とうとう、母がまたタバコを吸ってしまったようだ。
「まーたタバコか……やっぱ辞められないか。つか、今度はどこから手に入れたんだ?」
その件で俺は時の館へ行く事になった。
時の館に到着し、すぐに会議室に向かって職員と話した。
「母がまたタバコの件で迷惑をかけて申し訳ありません。今回のタバコはまた母が外に買いに行ってしまったんですか?」
「いえ、今回は……安村さんの泥棒です」
「安村さんの……?」
そのタバコは、安村ジイさんが職員から盗んだタバコのようだった。職員に少し話を聞いてから、母と安村ジイさんのいるフリールームへ顔を出す。そこには他の入居者に混じって母と安村ジイさんがいた。
(アイツは泣き真似で、安村ジイさんは塞ぎんでやがる。ったく面倒な事になってるな)
安村ジイさんはソファーに座ったまま、絶対に俺を見ないように不自然な形でただ自分の足元を見つめていた。車椅子生活だから、本当はここから逃げたくても逃げられない状況だ。だからこそ、絶対に俺と目を合わせないようにしてるんだろう。
もう一つの理由は、母は母が相変わらず泣き真似をしているからだ。
『……』
数秒の間フリールームに沈黙が流れる。他の入居者も空気を察しているのか、黙って茶を飲んでいたりテレビを見ているだけで反応しない。その光景が辛いのか、安村ジイさんの頭は更に下がって行き体勢的にも苦しげであった。
(安村ジイさんもあの体勢だとソファーからずり落ちるな。アイツはアイツで泣き真似しつつ、俺をチラ見してるし……すぐに話す気力も削がれるぜ)
これで先日起きた不仲事件からすぐに仲良しになった真の理由が判明した。この二人が一度仲が悪くなり、それが解決した理由は「タバコ」だった。
キスなどを要求したのを拒まれ、スキンシップを取らなくなった母への思いを諦めない安村ジイさんは、認知症の頭でも必死に考えて母の好きなモノを与える結論に至ったようだ。前に自分の時計をあげたりしたのは失敗しているから、今回は吸えば消えるモノであるタバコに目をつけたんだろう。
流石に、母に買い与えていた飴にも飽きていたのを安村ジイさんなりに気付いていたのかは知らないが、答えとしては正解だ。正解だからこそ、二人の関係は修復した。
だが、今日をもってまた変化するだろう。
やれやれ……とマンガのキャラクターのように思いつつ、俺は不穏な空気が流れるフリールームで話し出す。
「母さん。同じ事を言うけど、タバコはダメと言ったはずだ。職員にも怒られるし、ガンになる。そしたら死ぬだけだぞ? 苦しい思いをして死にたいのか?」
「やだよ。でもタバコは貰っただけだから。仕方ないじゃない。貰ったんだから」
「タバコを貰ったのは仕方ない。なら吸わなければいい。そして、タバコが欲しいとは言ってないね?」
その問いで母は泣き真似をやめた。同時に安村ジイさんが頭を抱えている。職員もソファーからズリ落ちそうなのを気付いて介抱していた。
(チッ、あのジイさんわかりやすいリアクションしやがって。ウチの母と同じレベルでわかりやすいリアクションだな)
泣き真似が終われば、母に連続攻撃としてタバコ禁止令を出さないとならない。
「何度も言うがタバコはダメ。貰っても貰わなくてもダメ。それに泥棒は犯罪だからな? 安村さんのマネはするなよ」
「するわけないよ。あんなジジイのマネなんて」
すると、母はスタスタとフリールームから自分の部屋に向かって歩き出した。自分に不利な展開に気付いたから逃げたんだろ。これ以上母に何かを言っても無駄だ。
後は原因である安村ジイさんにも言わないとならない。
「安村さんも、泥棒をするのは良くない。病気でも許されない行為だ。泥棒しても人には好かれないよ」
「済まんかったね……康介君。僕もどうにか恵子さんともう一度仲良くなりたくて、無理をしてしまったんだ。もう、泥棒はしないよ。許してくれ……」
「あぁ、わかった。時の館のみんなもせっかく安村さんが元気になったのを喜んでたんだから、これからは普通に過ごして行こう」
「あぁ、そうだね」
弱い笑みで安村ジイさんは答えた。そして、フリールームにいつもの空気が舞い戻ると同時に、台風もやって来たんだ。
「康介! そんなジジイの味方してんじゃないよ! 私はちゃんとしてるんだからね!」
『……』
激怒している母は、またフリールームから去った。嵐が過ぎ去り、フリールームはまた変な空気が流れていた。
とりあえず、他の入居者や職員に謝ってから俺は時の館を出た。
唖然とする安村ジイさんの顔を見ていたくなかったというのもある。
(安村ジイさんには悪いが、今の母に何を言っても無駄だ。また時間の経過を待つしかない。絶望……してるだろうが、何とか乗り越えて欲しいもんだ)
この時の安村ジイさんの絶望は、身体を活性化させていた力を奪い去っていた。食欲は落ち、自室にこもる日が増えていて人と話す事が減っていた。常に何をするにも上の空で、無気力症候群に陥っていた。
そう、死が近くで笑っていたんだ。




