3話・ストレス
久保田ジイさんは意気揚々と、「小松冴子は俺の妻」発言をするようになった。
認知症患者の戯言として、時の館のスタッフは軽く流していた。冴子自身も穏やかに笑っているだけだったから特に問題無いと判断したのである。
時の館のメンバーからは、冴子が来たお陰で久保田の相手をしなくていいと感謝する人間もいた。
それも有りストレスを溜め込む冴子は、スタッフや他の入居者にも久保田の事は相談出来ないままでいた。そして、今日も今日とて久保田の相手をさせられている。
「まぁ、冴子さんの旦那が亡くなったのは残念だ。でも時の館には俺がいる。だから安心していいよ。やっぱり最後に頼れるのは同郷の男児だよ!」
「はは……そうですね」
「そうだ、そうだ。どうでもいい過去の事は忘れて、楽しく生きよう!」
デカイ声で久保田は言い、フリールームにいる連中にもアピールしていた。皆も軽く微笑んで久保田の気分を下げないように努めている。しかし、一人の老婆は違っていた。
(何でこの久保田ジイさんなんかに、広樹さんの事まで言われないとならないの? 私は……この人こそどうでもいい……)
冴子は亡くなった旦那の事など久保田に言われたくなかった。そして、これまで我慢していたモノが一気に溢れ出たのである。このグループホームで起きたストレス、認知症を抱え今後を生きて行くストレス――がビックバンを起こした。
「……」
感情を無くしたような瞳で、冴子はその口を動かした。
「私の夫はしつこい老人につきまとわれて事故に遭い、その後病死しました」
「……? あ、そうなんだ。それは大変だったね……大変だ」
流石の久保田もこれには閉口した。話の内容もそうだが、二の句が継げない程冴子の目が冷たいからである。
『……』
今まで誰もが久保田の鬱陶しさを表立って表さなかったが、久保田が一番仲良しだと思い、妻とさえ言っている冴子からの悪意に気付いたのである。そして、冴子は最後の鉄槌を下した。
「この話、どうでもいいでしょう?」
「……いや、うん」
その瞬間、久保田の顔色が悪くなった。
意図的に、冴子は久保田の口癖を嫌味に聞こえるように伝えたのだ。
『……』
重苦しい数秒の時が流れた。
普段のストレスを久保田にぶつけるように放たれた言葉は、フリールーム全体を沈黙させた。まるで時の館の時間そのものを止めてしまう程、冴子の言葉は重かったのである。
そして、その直撃を受けた久保田は言葉のプレッシャーによるショックからか、頭を抱えて立ち上がっていた。
「どうでもいい話……どうでもいい話……」
そのまま久保田はフリールームからいなくなった。
『……』
周囲がザワザワし出して、冴子の顔色も悪くなった。




