1話・石崎恵子の時の館への入所
軽度の認知症と診断された母・石崎恵子は、グループホームへ入所した。そのグループホームは時の館と言い、15人程の男女の老人が暮らしているグループホームだった。
時の館に入る時の荷物として不要なアイロンやら扇風機も持参しての入所であり、それを行う息子の俺は引っ越しのバイトのような労力を感じながら時の館への入所作業を終えた。疲れた顔を隠す事も出来ずに職員に作業を終えた事を伝え、母のいる部屋へ向かう。その時、一階の自室で座っていた母は時の館の庭の景色を見ながら悠々とタバコを吸っていた。
「……康介見てみな。いい景色だよ。庭に花は咲いているし、小さな池に鯉もいる。ここはタバコを美味く吸えそうだね。あーっ……たまらない」
「景色は見学の時に見たから知ってる。それより、タバコはダメだ。時の館に入る時に約束しただろ? 火事の原因にもなるし、ガンの原因にもなる。だからタバコは終わりだ」
「そうだったね! いやいや、コンビニの店員がタバコを勧めて来たから貰ったんだよ。最近のコンビニは優しいねぇ。また行きたいわ」
「そうだな。行ける時があればな。とりあえずタバコは預かるから、職員に引っ越し終わりと挨拶して来な。じゃないと怒られるぞ」
「そうだね! 急がなきゃ!」
そうして、母は吸っていたタバコを庭の池に投げ捨てて、コンビニで買ったタバコを俺に預けて職員の方へ小走りで向かう。
「タバコを池に捨てんなよ……それにライターは渡さなかったな。面倒だがライターも見つけないとな。職員を脅しに使えるのは助かる。これで、俺の苦労も無くなるかな」
どうやら、俺が車から荷物を運んでいた時に、母はコンビニでタバコとおにぎりを購入していたようだ。グループホームなんて行きたくないと言っていたのに、この行動力には驚かされる。
プライドの高い母は職員という立場の人間には表面的には従っている。だから、今の段階では「職員に怒られる」というキーワードが効果的なんだ。
「大好きーーーっ!」
と母は職員に挨拶しながらも、無駄に抱きついたりしていて盛り上がっていた。ジジイやババアと見学後に呼んでいた入居者達にも抱きついている。
「またいつもの演技が始まったか。本当に仲良くなればいいけど……どうだろうな? デイサービスに通っていた時のように面倒な恋愛騒ぎにならないといいが」
こうして、母である石崎恵子のグループホーム・時の館での生活が始まった。
それは、恋愛体質でもある母の新しい恋物語でもあった。




