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天使のタペストリ

この世界は救世主を待っている!0話 ~最強を受け継いだ少年が至高に昇りつめるまで~

――子供の頃、俺は義父にとてもひどいことを言ってしまったことがある――


 机の上から現れた日記の最初には、そう書かれていた。




 その部屋に置かれている家具は、机の他に寝台、そして隙間が目立つ書棚。


 壁を彩る壁紙も無地のものであり、模様らしい模様と言えば机の上の部分に塗られた一つの紋章のみだった。


 それはこの部屋の持ち主が貴族であることを表すものだったが、数少ない調度品もいたって素朴な物であり、実用性のみを重視しているものだった。


 そこに佇んでいるのは白い法衣を着た一人の女性。


 日記の頁をめくろうとしたのか、女性が少し前かがみになった途端、ゆるやかなウェーブがかかった豪奢な長い金髪が肩から垂れて日記を覆い、それを見た女性はすらりと伸びた指で髪を掻き上げる。



――ウオオオオオオォォォォォ……――



 その瞬間、レースのカーテンが風に舞う窓から大勢の人があげる歓声が聞こえたため、髪を掻き上げる指は動きを止めるが、日記をめくる指はまるで止まる様子を見せなかった。




 子供の頃、俺は義父にとてもひどいことを言ってしまったことがある。


 俺の義父はあまり笑わない人で、たとえ笑うことがあったとしても、それはとてもかすかな物で。


 周囲にも自身にも、感情の動きを感じさせない薄衣のような、儚いものだった。


 友達の父親と違い、そんな笑い方しかできない義父を、俺は何とか笑わせようと頑張って、だが叶わず、次第に義父は俺のことが嫌いなんだと思うようになり。


 ある日、俺はそれを爆発させてしまっていた。



――義父さんは、俺のことが嫌いなんだ! 本当の子供じゃないから――



 それを聞いた義父はとても悲しそうで、だけどそれでも何とか俺を慰めようとする、義父の優しい気持ちを感じ取った俺は、訳が判らなくなってそのまま部屋を飛び出ていた。



 城の城壁、楼閣の一つ。


 フォルセールの周りを包む優しい光が一望できる、俺のお気に入りのこの場所。


 夕焼が黄昏と変わり、夜の闇がフォルセールを包もうとしている頃、そこに迎えに来た義母はいつもより少しだけ強く俺の頬を叩き、そしていつもの数倍長い間、優しく俺を抱いた。


 義母が俺の手を引き、連れて帰る途中。


 謝ろうと思って見上げたその顔には、一筋の涙の痕があった。



 すべての理由を知ったのは、その数日後。


 懺悔をするために訪れた教会で偶然に聞いた、一人の天使の長い長い話。



 自らの失敗によって王都奪回の機会を失い、自分にとって大切な人の多くを失う原因となったその天使は、ある儀式を失敗する原因となった感情の揺らぎを恐れるようになった。


 笑い方を忘れようとし、笑うことすら恐れ、微笑みすらその顔に浮かべることを罪と思うようになった。


 その天使――義父アルバトール――



 俺は強くなって義父を助けて、義父の心を救い出して、義父がまた笑える世の中にしたい、と思うようになった。


 だが、あの時のことが邪魔になって、俺はいつしか逃げるように討伐隊となり、義父のことを領主様と呼ぶようになっていた。



 あれから何年経っただろう。


 俺はこれから最後……と思うようにしている、王都の戦いに臨もうとしている。


 生きて帰れるか分からない、いや絶対に生きて帰って、無事にフォルセールに戻って、その時に義父を領主様ではなく、父上と呼ぼう。


 そしてあの時のことを謝ろう。



――日記はそこで終わっていた――



「まったく、親子そろってお優しいことですわね……」


 やや悲し気に、だが満足した表情で女性は呟く。



「……ィ……!」



 その時、女性は外で誰かが叫ぶ声を聞く。


 それはこの日記の持ち主の名前。


 至高に辿り着いた、ある一人の天使……少年の名前だった。


「そろそろですわね。では行きましょうか……私たちを導き、導いていく天使を掬い出すために」


 そして女性は光の玉となって姿を消す。


 再び一つの儀式を行うために、そして成功させるために。


 一人の少年と少女の手に、幸せを掴ませるために。

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