愛の使徒
僕がハリウッドにいたとき、アンジーはダンサーのアレクセイと即興のフィルムを創り、Youtubeにアップした。その映像を見て、いつものように胸に痛みが走った。彼とのダンスと歌のコラボは愛に満ちていたからだ。同時に、その愛の表現の純粋さに、自分を重ね合わせ、涙もした。
僕がアレクセイの芸術に限りない敬意を表し、同時に嫉妬も感じていたのは、僕はアンジーに擁護される身であること、僕は自立していないように感じていた。彼のようにアンジーと対等に何かを創造したことはなかった。
二人の作品を見て、心の底から、自分に対する失望と焦りを感じた。そして彼の才能に嫉妬し、彼らが創造したような美を作りたいと思った。
AZCの企画会議の席で、アンジーが他に何かないかと聞いたとき、僕は思わず手を挙げていた。
「カイル?何か?」
「これは、前から考えていたことなんだが、僕のシンセサイザーとアンジーの歌のコラボを制作してみたいんだけど。」
アンジーは驚いた顔を無理に微笑ませて言った。
「カイル、面白そうね。どんなふうにやりたいの?」
「それは、まだまとまっていないんだが、二人で取り組めばできそうな気がする。何か新しいものが。」
「そうね、カイルはプロデュースの実績あるし。センスあるし。面白いかもね。」
「ありがとう。ぜひともよろしく。」
幹部たちも興味深い顔をして拍手をした。
アンジーは微笑んで、アシスタントのスージーに言った。
「じゃ、スージー、二人のスケジュール調整お願いするわ。とりあえず優先で、なるべく早く。」
「僕のイメージでは、アンジーの歌がメインで、僕がそれを包み込むみたいな感じでやりたい。制作場所はスタジオではなくて、小さなクラブがいいと思う。音の広がりが欲しいから。」
「ふーん、面白そうね。やってみよう。スージーよろしくね。」
そんな風に、突然、企画は通ってしまった。これは会議の時に思いついたことで、何も準備は出来ていなかった。意外な展開だった。
セッションの日が来て、クラブAG7に予定時刻より1時間早く入った。イメージを固めようと思って。アンジーはすでに来ていた。
「カイル、早いのね?」
「たぶん、君と同じこと考えて、早く入ったんだけど、先越されちゃったね?」
「私も15分前に来たばかり。磁場はととのえといたわ。」
「そうだね。ありがとう。じゃ、ちょっと音をいじるから、その後で君が好きなように歌ってね。」
「オーケー。まだリリックスは出来てないわ。まずカイルの音聞いてから考えるね。私たち初めてだね。すごくワクワクする。」
「そう?、、、、、実は僕は、本当にどうなるかわからないな、、、君と何か作れるなんて。」
僕は、その場の空気と自分の中身を音に同調させていた。なんかいい感じだ。音が途切れなく出てきた。アンジーのことを忘れてしまうくらい、集中して音を感じていた。これでいいのかな?
アンジーがビデオのスイッチを入れた。彼女は僕の音に体を同調させ、それを彼女の心に伝えていた。彼女の心は音の中に漂っていた。
アンジーは静かに歌い始めた。僕のシンセサイザーは、その歌に絡まって流れていく。まるで心地よいジャズを奏でているように。アンジーは僕を見つめ、自由自在に歌を紡ぎだしていた。僕はそのメロディを包み織り上げる。自分が自分でないようだった。自分はどこにいる?
アンジーは目で僕に合図を送り、歌は転調した。彼女の視線は真剣になり、僕に問うていた、僕たちの愛の行方を。僕は緊張したが、真剣にその問いに応えようとした。リアルな問答が続く。
彼女が僕らのことを歌にするなんて、今までになかったことだ。悩んでいるのはいつも僕の方だったから。
これがアンジーか?アンジーの真実は音楽の中に、芸術の中にある。普段は普通の女だが、こんな純粋な、心をさらけ出した、真剣な姿は、初めてだった。そういうのを聴衆者としては知っていたが、自分に向けられたのは初めてだった。
僕も真剣に応えた。クラブの空間をアンジーと舞踏するように、彼女の歌にシンセサイザーの音を絡ませた。彼女は、また新しい世界へ僕をいざなった。彼女の世界の中心部へ。僕はそこに足を踏み入れた。そのジャーニーにひたすら酔いしれ、身を任せていた、そしてクライマックスへ。
<私を笑わせて>
(リリックス)
~
あなたと紡ぎだす愛、
知らない世界から来たあなた、
私の愛を信じて、
過去を捨てて、すべてを捨てて
ベイビー、私との愛を取ったあなた
驚いているのは私の方よ
あなたの愛がこんなに純粋とは思わなかった
私は愛の罠にかけただけなのに
あなたはそれを本気にした
ベイビー、あなたは私を変えていく
私は一人の男を愛せない
この愛もいつか終わるかもしれない
だから、そんなに真剣に愛さないで
私を切なくさせないで
ベイビー、私を笑わせて
君をいつも笑わせてあげる。
僕は盲目の愛の使徒
君の望むことを全てかなえてあげる
この愛の魔法が解けるまで
ベイビー、僕はいつも君の側にいる
愛の魔法は、諦めるまでとけない。
これが掟、恋人たちの
あなたがどれほど忍耐つよいか試してる
私は一人の男を愛せない
ベイビー、それは私の運命なの
決めたんだ、君を愛し続けると
僕は盲目の愛の使。
君にキスをし、腕に抱き、君の髪を梳く
この愛の魔法が解けるまで
ベイビー、僕は君を離さない
この愛もいつか終わるかもしれない。
だから、そんなに純粋に愛さないで。
私を切なくさせないで、
ベイビー、私を笑わせて。
僕は盲目の愛の使徒
君にキスをし、腕に抱き、君の髪を梳く
この愛の魔法が解けるまで
ベイビー、僕は君についていく。
だから、そんなに真剣に愛さないで。
私を切なくさせないで、
ベイビー、私を笑わせて。
~
サビは二人で歌った。アンジーの世界の内側に入ったのは初めてだ。彼女の本質を見たような気がした。美とはこういうものか?初めての体験。心の中で泣いている自分に気が付いていた。
アンジーは言った。
「カイル、あなたを見くびっていてごめん。こんなにぴったりあうとは思わなかった。Welcome to my world. これってすごいわよ。私たち仕事も一緒にできるわね。」
アンジーは僕に抱きついた。
「アンジー、実際どうやったかも記憶にないくらいだ。」
「美はね、心を空しくしたとき、天からやってくるのよ。私は美の使徒でありたい。」
「アンジーは美の女神そのものだよ。」
「違うわよ。私は中継するだけ。カイル、そこがコツなのよ。」
「なんか、芸術を垣間見たような気がする。」
「あなたは今日その洗礼を受けた。つまりね、使徒はね、人生がハードになるのよ。自分のコンディションをコントロールしなくてはならない。そして必要なときにこの状態を作らなくてはならないのよ。」
「また、新しい世界に招いてくれてありがとう。」
「あなたが望んだからよ、カイル。」
また、彼女の魔法にかかってしまった。
僕は信じられないくらいの恍惚感を仕事モードに切り替えた。
「じゃ、ビデオ見ようか?今度は冷静に見てみるね。」
「カイルは、プロデュースはうまいから、あとは任せる。練り直してみようね。ものになるかな?ちょっとリアルすぎるかな?」
二人はビデオを真剣に見直した。
彼女の世界では、思ったことが実現してしまう。
僕の中で眠っていた音楽への情熱、それは彼女に会うまでは、いや、彼女の世界に飛び込むまでは絵空事だった。
自分の能力なんて、何の価値もない、憧れ、戯れだと思っていた。好まざる人生に無駄に時を重ねていた過去との決別。僕はもう戻らない。
出来れば永遠に、このアンジーの魔法の中に生き続けたいと思った。