ロサンゼルス
僕は次のハリウッド映画の仕事を受けた。
今回はアンジーの台本ではない。これも挑戦だ。ハリウッドで仕事が来るというチャンスを不意にするわけにはいかない。
撮影をするためアンジーと別れたときは、彼女は僕に100%の自由を与えた。彼女の眼はそう語っていた。彼女も自由だ。アンジーはいつでも自由だ。
僕と一緒でないときのアンジーにつては考えないことにしている。お互いに愛し合ってはいるが、僕たちはいつも一緒にいることができなかった。彼女は結婚を望まなかったし、僕だけを愛することができないと言った。そういう運命の女だ。
割り切っているはずだが、いつもその言葉が心の奥で引っ掛かっていた。悩みぬいた末、僕は自分の気持ちに忠実に生きることに決めた。彼女を愛し抜き、限界が来たらその時はその時。しかし、彼女のいない人生は考えられなかった。
これは初めて彼女と長期間離れて暮らす、実験だと思った。
マリブに別荘があるエンのパーティで、一人でいる僕に、彼はクロエを紹介した。彼女はエンの恋人だと一目で見て取れた。彼は妻の手前、一人でいるクロエを僕に任せた。
同じ身の上の二人は、以外にもすごく気が合った。パーティの後でも何回かあって食事をしたりした。彼女から呼び出しがあるときは、エンが出張中だということはわかっていた。そして危惧した通り、楽しい以上の時が訪れた。
美しい夕陽を眺められる海岸沿いのバーで恋人のように膝を合わせて止まり木に座り、大物女優になることは間違いない煌めくクロエは言った。
「私たちがもしいい中になっても、エンは全然気にしないわよ。だって私は彼の妻になる気はないし、私は女優を目指しているんだから。女優で成功するためにはなんだってやるわ。エンだって踏み台よ。カイルはイギリスに彼女がいるのよね。」
「いる。でも君が好きになったことも認める。」
そう、美しい割には純粋で気の置けない彼女にかなりひかれていた。
「あら、無理しなくていいけど、、、、女優になる目的とは別に、私もエンを愛してるのよ。恋人でいるのは本当に彼が好きだからよ。でも、、想定外で、、あなたも本当に好きになっちゃたみたい。」
「女って、自由なんだね。」
クロエは僕の目を覗き込んでいった。
「カイルはイギリスの彼女を裏切れないんでしょ?」
「、、、、実を言えば、彼女は気にしないと思う。彼女はビッグで自由なんだ、エンみたいに。」
「私はカイルと愛の形をのこしたい。この気持ちが本物かどうか試してみたいんだけど。」
「本物だったらどうする?」
彼女は軽く笑っていった。
「もちろん、エンと別れるわよ。エン以上だったらね。」
「僕はさ、もし本物だったら、エンを裏切ることになるし、恋人も裏切るし、彼女と一生生きようと誓った自分自身も裏切ることになる。そんな自分がどんな自分か考えると、、、」
彼女は僕の前髪を掻きわけて、優しくいった。
「カイルは悩むの好きなんだね?ハムレットみたいだわ。魅力的な性格ね。エンとは違うわ。だから好きなのかもしれない。」
「そう、そうなんだ。いつも道を探してる。そしていつも悩みながら道を選んでるんだ。」
「見かけは、ベビーフェイスでぼんやりしてるように見えるけど、は、は、そうなんだ。」
クロエは本当に優しい女だと思った。彼女といると安らぐ。
普通ならこういう女を妻にすれば、安泰な生活が築けるのだろうか?
「君は優しいね。彼女のことは、自分の問題だけれども、僕はエンを親友として好きだから裏切れない。尊敬もしている。」
「彼は平気よ。彼にとっては、また新しい歌ができるってこと。」
「創作のためなの?恋は?」
「終わった後は作品になる。アーティストは、みんなそうじゃない?」
僕は彼女の眼を見て真剣にいった。その目に吸い込まれていく自分を最大限に抑えて。
「ありがとう、クロエ。君の気持ちがたまらなく君をいとおしく感じさせる。でも、友達のままでいよう。男らしくないと言うかもしれないけど、ごめん。」
そう言っている自分を信じたくない位、嫌な奴だと後悔した。
クロエは切り替えが早かった。
「わかった。友達でいようね。大好きな友達で。本当に大好き。」
「そういう君が好きだ。ああ、僕はいつも悩んでるんだ。」
「カイルはかわいい。」
彼女はカラッとしていた。ワインを一口飲むと悪戯っぽい目で言った。
「ねえ、友達だからね、聞いてもいいかな?」
「なに?」
「イギリスの彼女って、どんな人なの?アーティスト?」
「そう、彼女は君の様に優しくないんだ。男のような口を利くし、僕の行先を知っていて、その方向に押していくんだ。でもすごく気が合う、感覚的に。彼女に憧れ、僕の中の何かがいつも目覚めていく。そいいうのがたまらなく楽しいんだ。自分がどんどん変わっていくのを楽しんでるんだ。」
「へえ、それって、夫婦以上だね。なぜ結婚しないの?」
彼女は真剣に僕の心の中を探ろうとしていた。
「結婚が彼女の創造性を限定するからさ。彼女は一人の男だけを愛せないといった。それは彼女の純粋な気持ちだとわかる。僕に嘘はつかないから。」
「で、付き合っていてカイルは大丈夫なの?」
「実は全然大丈夫じゃないんだ。いつも悩んでる。ほんとハムレットみたいだ。悩んでる自分が嫌になる。いつも選択を迫られてる。で、決めたんだ、一生彼女を愛すことに決めた。行くとこまで行って、何かあればその時に考えようって、、、、、、、今もその時の一つだ。」
「ありがとう。カイル、わかったわ、あなたの気持ち言ってくれて。私の愛は友情に変わったわよ。あなたの彼女への気持ちは本物だわね。邪魔はしないわ。これでいいんだ。エンを裏切らずに済んだし。彼はね、実はすごく落ち込むタイプなのよ。だから私みたいな女が楽しいみたいよ。」
クロエは軽く笑った。
「エンは君を愛しているよ。僕に紹介したのは、僕とアンジーとの仲を知っていて、安全だと思って、そうしたのはわかってる。だけどさ、君って本当に気が合うし、本当に君が好きだ。友達として。」
「エンのおかげで、いい友達ができたわけよね。それで、その人、アンジーっていうんだ。会ってみたいな。もしかして、あのアンジー・ロウのこと?」
「秘密にしてくれよな。君だけに打ち明けるから。そうだ、彼女さ。」
「へえ、そうなんだ。カイルは侮れないね。私たちって似てるかしらね。でも私たちコバンザメではないよね。愛のかけらがあるよね。」
「は、は、は、違うね。」
彼女がおかしそうに笑った。
「アーティストには恋人沢山いるからね、、、、私もそういう風になりたいのよ、本気で。」
「一人の男を愛さない女に?それって幸せなこと?」
「うーん。そうなってみないとわからないけど。少なくとも一人の男のために女優をあきらめたりはしない。決して。」
「そうだね。女優の才能は君にとってギフトだよね。」
「そう、私、映画の仕事決まったのよ。」
「すごい!やったね。おめでとう。」
「カイルより有名になるからね。」
「いいいねえ。実はね、僕は俳優より音楽の方をやりたいんだ。」
「でも、結構イケてるよ。あなたの演技。すきだなあ。」
「ありがとう。君が大女優になる前に知り合っていてよかった。きっと鼻にもかけないよ、僕なんか。」
「そんなことないわ。あなたは素敵。でも友達なの。大切な。」
彼女の目が潤んでいた。
「いつかアンジーに紹介するよ。機会があれば。女優になったらお金が自由になるから、ロンドンに遊びに来いよ。」
彼女は嬉しそうにうなずいた。
「嬉しい。今度の映画、頑張るわ。カイルはもうすぐクランクアウトだよね。」
「そう来週。」
「寂しくなるね。ねえ、最後に一言言っていいかしら、もう決して言わないから。」
「なに?」
「カイル、愛しているわ。」
「僕も愛してる。」
唇を合わせたが、お互いに自制して、肩を抱き合った。そして二人で海を眺めた。
予想もしていなかった不思議な幸福感に包まれた。お互いを受け入れ、許し、大切にしたいという感覚、しかし恋人ではなかった。
この感覚も魔法ににている。ちょっと現実ではなかったから。そのトワイライト空間の中で、二人は店が閉まるまで語り明かした。あらゆることを。
アンジーと僕だけの秘密を除いて。
そして、僕はアンジーと別れられるはずがないこと、を知った。
アンジーとの魔法空間はまた少し次元が違う、とも気が付いた。