第六話 翌日③
「信じがたいものがある、というのは?」
先生は桐ヶ谷さんの回答に興味を示したのか、さらに話を続けるよう言ってきた。
それに答えるように、さらに話を続ける。
「殺人鬼の思考は、我々一般人とはかけ離れた思考であると思います。なぜなら、人を殺すからです。人を殺すということ、それははっきり言って法律を犯すということ。間違っていることを、間違っていると分かっているかいないかは別として、行動を考えるとやはり一般の人間とは異なる考え方をしているのだと思います」
「つまり?」
先生は、結論を聞きたそうにしていた。
だから、桐ヶ谷さんははっきりと述べる。
「ですから、」
一息。
「……どう考えても、殺人鬼の思考には追いつくことが出来ない、というのが結論だと、私は思います」
それから。
心理学の授業は、先生と桐ヶ谷さんのトークセッションのようになってしまい、聞いている学生にとって眠気はピークに達していた。当然だろう。元々聞いていただけでも眠い話題なのに、それがトークセッションに変貌を遂げてしまえば。僕だって眠くなる。眠っていないけれど。眠ってしまってどうなるか、恐ろしくて考えたくも無い。
信楽雄一にノートを取って貰うことだって可能かもしれないけれど、彼だって眠っている可能性が高い。なぜなら過去に前例があったからだ。そのときはチョコバット三本で手を打ってやった。格安だろう? 格安なはずだ。格安であるはずだ。
心理学の授業が終わり、次の授業は何か――とスケジュール帳を確認する。スケジュール帳にはいろいろなことが書かれていて、僕のトップシークレット的な存在だ。盗んだところで個人情報は入っていないけれど、盗まれたら少々私生活に影響を及ぼすぐらいには、盗まれたくないものだった。
「ええと、今日は午前中の授業は終わりか」
「何だよ。お前、午前中、これで終わり?」
背後を振り返ると、信楽雄一の姿があった。
「そうだけれど? まさかノートを貸してくれなんて言わないよね」
「その通り! この通り!」
そう言って両手を合わせる信楽雄一。
……ま、腐れ縁だから貸してやっても良いか。
「良いよ。また昼に返してくれ」
そう言ってノートを差し出す。
それを受け取った信楽雄一は笑みを浮かべて、
「サンキュー。報酬はまたチョコバットで良いか?」
「構わないよ」
チョコバットが好きだから、という訳では無い。
単純に手軽な値段で買えるお菓子がそれしかない、といえばいいだろうか。
「ねえ、ゆいくん」
急に声をかけられたので、僕はそちらを向いた。
僕を『ゆいくん』と呼ぶのは、たった一人しか居ない。
霧切アリス。
彼女もまた、授業を終えて講堂から出てきたようだった。
「アリス。授業は終わったのかい?」
「ええ、午前中の講義は終わったから、どうしようか時間を潰す方法について検討していたところ」
「だったら、食堂に行かないか? もう空いていると思うんだ」
「食堂? 別に構わないけれど」
「それ、私も付き合って良いかな?」
言ってきたのは、桐ヶ谷紅葉だった。
突然の来訪者に僕は驚く。気づけば信楽雄一はどこかに消えていた。あいつ、消えるなら消えると言ってからどこかに消えればいいものを。
「あなた、誰?」
アリスは気づけば、僕の後ろに隠れていた。
そんな怯える必要も無いだろうに。
「私は桐ヶ谷紅葉と言います。あなたたちを見込んで、話があるんです」
「話?」
「…………話?」
僕たち二人は顔を向かい合って、そんなことを言った。
そうして、僕たち三人は、食堂へと向かうことにするのだった。きっとまだ食堂は準備中で、誰も居ないだろうという僕の予測から立てられた結論だったが、意外にも反対する人間は誰も居やしなかった。寧ろ、アリスは普段通り僕の指示に従うだけだったし、桐ヶ谷さんに至っては今日この大学に来たばかりだから右も左も分からないのだという。事前調査ぐらい済ませておけ、と言いたかったけれど、それは言わないでおいた。