第四話 翌日①
翌日。僕と霧切アリスは同じ時間に家を出た。それは示しを合わせた訳でもなければ、時間を彼女に合わせた訳でもなければ、きっと僕に時間を合わせた訳でもない。きっと偶然の産物なのだろうけれど、昨日のことを考えると、僕にとってはばつの悪い表情を浮かべることしか出来ないのだった。
「おはよう、ゆいくん」
「……おはようアリス」
お互いに、挨拶をする。
しかしながら、何処かぎこちない。
それは致し方無い事だと思うのだけれど。
どちらかと言えば、僕よりも彼女がぎこちなく。
彼女よりも僕の方が余所余所しくあるべきだと思うのだ。
しかしながら、彼女は堂々とした態度で僕に接している。
それが、僕にとってどこか不思議なことであり。
それが、僕にとっての畏怖の象徴であり。
それが、僕と彼女との違いであり。
僕と、彼女の分岐点だ。
「アリスは、元気?」
マンションのエレベーター内にて。
彼女と僕は会話を交わす。
普段は同じ時間に登校することは無いから、珍しいことなのだけれど。
僕にとっては、あまり違和感を抱くこと無く、会話をしたいと思って。
僕にとっては、彼女に嫌われたくないことと会話を紡ぎたいと思って。
だから、僕は言葉を紡ぐ。
エレベーターの扉は閉まっていく。
「元気って、何が?」
「いや、何が、って」
「別に。いつも通り」
「そうか。ならいい」
チン、と音が鳴って扉が開く。一階に着いた合図だ。
それを聞いて僕は、一歩前に出る。てくてくと歩く。
歩き初めていけば、会話が生まれることは無くなり。
気づけばいつも通りの僕たちに戻ってしまっていた。
「それじゃ、また」
「……また会おう」
また、会う機会があるのか、と思うと僕は落胆する。
「どうしたんだ、唯一。いつもらしく無い……あ、いや、いつもらしいといえばいつもらしいか。お前の寡黙っぷりは変わりゃしないんだもんな」
肩を叩かれて、思わず声が出そうになった。
相手は信楽雄一。僕のクラスメイトだった。
過去形だけれど、現在進行形でもある。
クラスメイトであり、良き友人である。
彼と話す機会イコール学校で話す回数位の感覚。
そんな風に思って貰えれば構わないし問題無い。
実のところ、友人はあまり居ないのだ。
人間強度が下がるとかいう訳では無く。
単純にコミュニケーション不足による結果。
無愛想な人間が生み出した結果として当然。
「五月蠅い、雄一。別にお前のことを思っていたとかそういう訳では無いから安心しろ。それに、僕にとってはこれが普段通りの事象だからな?」
「はてさて、どうだか。本当にそんなことを考えることがあるのかどうか、また別の話だと思うけれどね。実際、お前は友達が少なすぎるんだよ」
「別に問題無いだろう? 友達が多かろうと少なかろうと、実際問題、お前が心配だぞ? お前の事を覚えてる人間が居なくなるんじゃないかと」
「それは言い過ぎだ。……はっきり言って」
「兎にも角にもお前はもっと友人を作れよ」
「五月蠅い。お前だって多くは無いだろう」
「お前よりかは、多いよ。お前ぐらいだよ」
「何が? 一人で楽しくやれている人間?」
「馬鹿。……友達が少ない人間のことだよ」
「そんなことか。僕は友達が少ないってか」
「……お前、自分で何を言っているのか、」
「皆まで言うな。分かりきっている話だよ」
「……なら良いんだけれどよ。ああ、そう」
「どうしたか? 何か言い忘れた事でも?」
「今日、転校生が来るって話知ってるか?」
「転校生? そんなこと、噂になってた?」
「なってたかもだし、なっていないかも?」
「なんだ、その曖昧な返答は。知らないよ」
「知らない、というのは転校生について?」
「ああ。まったく。皆目見当もつかないね」
そんな会話をしていたら、あっという間に教室に到着。
教室に到着した僕たちは、いつも通りの席に腰掛ける。
とはいった所で、僕たちは前後の席になっているのだ。
結局の所、一緒の場所まで一緒に行くというのが当たり前のようなことになってしまっている訳だけれど。
席に座ってから後は、先生がやって来るのを待つだけ。
特に目立った行為をする事等無いし、するはずが無い。
だから、僕は友達が少ないのかもしれないな、と思う。
なぜなら周りは未だに会話を続けているからだ。
授業が始まるのは、今から後十分ばかしになる。
つまり後十分の余裕が生まれている、という事。
それがどれ程価値のある時間であるかという事。
それはきっと、そこに居る誰もが思わない事だ。
間違い無く、感傷的になれず、意味の無い事だ。
「……まあ、戯言だよな」
僕は、ぽつり呟いた。
思い出したのは、昨日の出来事。
そう、忘れてはならない出来事。