第三話 放課後ティータイム
「助かったあ。ゆいくんが居なかったらあれだけの死体を処理するのにも時間がかかったかもしれないからね。それだけは感謝しないと。ほらほら、ティータイムの時間だよ」
そう言って。
霧切アリスは紅茶をティーカップに注ぎだした。
こぽこぽ、と熱湯が注がれる音が、部屋に響き渡る。
テーブルに置かれているのは、一枚の大皿。そして、その皿の上には市販のクッキーが何枚も並べられている。
紅茶の良い香りが部屋に満ちていく。つい先程まで死体があったなんて、誰も思いやしないだろう。
その空間の中で。
ゆっくりと佇んでいる、殺人鬼、霧切アリス。
彼女は、はっきり言って、異端だった。
霧切アリスは紅茶を飲みながら、クッキーを手に取った。
チョコチップが表面に塗されたクッキーだった。そのクッキーを紅茶に浸して、そして少しずつ口の中に入れていく。その間、ずっと僕の顔を見ていた。そして、僕もまた、ずっと彼女の顔を見ていた。彼女の顔を見ていないと、何かに襲われそうな感じがして。
「ねえ、ゆいくん。どうしたの? 私の顔をじっと見つめて。私の顔に何かついているかな? それとも、私が怖い?」
「……怖いに決まってるだろ。お前の存在が怖いと思わない人間なんて、この世にいない訳がないだろ」
「それは、あれを見たからでしょう? あれを見ても、何も思わないゆいくんだって、立派な変わり者だよ? だから、安心して?」
安心なんてしていられるか。
僕はクッキーを見る。クッキーは市販のパックから出してきたことを見ている。だから、毒なんて入れる隙がないことも分かっている。だからこそ、恐れている。それが本当なのかどうか? 実は毒を入れているのでは無いか? そういう隙を与えているだけなのではないか?
恐怖が、僕の心を支配する。
怖くて、怖くて、仕方が無い。
はっきり言って、ティータイムなんてやってる暇なんてある訳が無い。本当なら、警察に連絡するのが普通の筈だ。
けれど、僕は連絡していない。連絡できない。連絡しようとしない。
どうして? 何故?
何故、警察に連絡しない?
答えは――火を見るよりも明らかだろう。
「ねえ、ゆいくん」
霧切アリスは僕に優しく語りかけた。
その感情がとても可愛くて。
だけれどとても恐ろしくて。
でもそれを肯定出来なくて。
否定出来ない僕が居る。
肯定出来ない僕が居る。
では、僕はどうすれば?
「……ゆいくん、どうしたの?」
「…………何でも無いよ、どうしたんだい、アリス」
だけれど、僕はそれを知られたくないから。
だけれど、僕は勘繰られたくなかったから。
できる限り――普通の感情で彼女に接した。
「紅茶、冷めちゃうよ? どうして飲んでくれないの? 私が淹れた紅茶を、飲めないとでも言いたいの?」
ああ、そういうことだったのか。
彼女の思考は、僕が思っているよりも、単純だったのかもしれない。
僕は――ずっとティーカップを持ったまま、ぼうっとしていたから。
だから――僕の行動を見て、不安に思ったのだ。疑問に思ったのだ。
「ああ、ごめんね。猫舌なんだよ、僕は。言わなかったかい?」
「ええ、聞いたこと無いわ、そんなこと」
「そうだったっけ?」
何とか場を切り抜けたような気がして、僕は紅茶を飲む。
未だ紅茶は冷めていなかった。
「……あちっ」
だから僕は思わず、そんな言葉を口にするのだった。