第二話 霧切アリスについて
霧切アリスと僕、単独唯一の出会いは、十五年前に遡る。
単独家の隣に引っ越してきたのが、霧切家だった。マンションの一室に居を構えていた我が単独家の隣に引っ越してきたので、まあ、彼女たちもマンションの一室に引っ越してきたのだということは言わずもがな。
霧切アリスと出逢ったのも、ちょうどそのときだった。
青い髪が目立つ少女だった。物静かな少女だった。
「……名前は?」
「………………、」
「ほら、アリス。名前を言いなさい」
お父さんと思われる男性(というか、それ以外に有り得るのか?)から促されて、漸く彼女は声を出した。
「………………霧切アリス」
「きりぎり、ありす?」
僕は名前を反芻する。
単独唯一という名前も珍しいけれど、霧切アリスという名前もまた珍しい。
僕の中ではその珍しい名前に、ちょっとばかし興味を持った。
「……アリス、きちんと自己紹介出来て、偉いぞ」
霧切アリスは、そう言われて少しだけ頬を赤らめた。余程褒められたことが嬉しかったらしい。
そう思うと、普通のかわいらしい少女じゃないか、と思うかもしれないけれど。
その通り。彼女は紛れもなく、ただの普通のかわいらしい少女だった。
今思えば、彼女の『違和感』に気づかなかったのが間違いだったのかもしれない。
今思えば、彼女と家族の違和感に気づかなかったことが間違いだったかもしれない。
今思えば、彼女とその家族の違和感に気づけなかった僕が間違っていたのかもしれない。
「……これから、よろしくね。アリスさん」
だけれど。
当時の僕はそんなことに気づけなかった。
霧切アリスが変わっているということに、気づけなかった。
◇◇◇
霧切アリスと僕は、家が隣同士だったこともあり直ぐに仲良くなった。
とはいえ、お互い寡黙な存在だったためか、会話が弾むことも無く、普通に遊んでいても、話をすることは無く黙々と目的に沿って行動をするだけ――とどのつまり、心で通じている節があった。いや、それは言い過ぎかもしれないけれど。
でも、僕の中では彼女とうまく接していけたのだと、思う。あくまでもそう思うだけのことなのだけれど。
僕の中では、霧切アリスと仲良く接していけたのだと思う。
あくまでも、僕の中では。
◇◇◇
「ゆいくん、どうしてここに居るのかな?」
モノローグはそれまでにしておこう。
舞台は現代に戻される。
強引に、引き戻される。
霧切アリスは、笑っていた。
笑って、血の付いたナイフを手に取っていた。
殺されていた相手を、冷静に見る。
よく見るとその相手は――霧切アリスの両親だった。
霧切アリスと両親は、それ程仲の悪い関係性では無かったはず、だった。
でも、どうして。
どうして彼女は殺してしまったんだ?
どうして彼女は殺めてしまったんだ?
どうして彼女は、殺害してしたんだ?
その答えに――僕は到底たどり着けることが出来ない。
たどり着くことが出来ない。たどり着こうとすることが出来ない。たどり着ける意思がない。
最後は言い訳なのかもしれないけれど、でも、僕にとってそれは。
そのことは。
「ねえ、ゆいくん」
霧切アリスは、笑ったままだった。
「手伝って、もらえるよね?」
何を手伝え、と言うのか。
それを聞きたくても、恐ろしくて聞く事なんてできやしなかった。