第九話 殺人鬼、邂逅す①
「それにしても、変わった警官だった。そうは思わなかったかい、アリス?」
「? ……そうかな。私は特に、何も気づかなかったけれど。ゆいくんが気づいたなら、何かおかしな点があったってことなんじゃない?」
「うん? そうなのかい? ……まあ、いいや。とにかく、その警官には近寄らないこと、いいね?」
アリスはこくこくと頷いた。分かっているのだろうか、彼女は。何故僕が『近寄るんじゃない』と言った、その言葉の真意を。
アリスは、自らの手で、自らの両親を殺している。
そして、僕もその両親殺しに加担している。
つまり、どちらかが裏切ればそこまで。
裏切らなかったとしても、どちらかが捕まってしまえば、芋づる式にもう片方も捕まってしまうという仕組みだ。はっきり言ってそれだけは避けなくてはならない。
でも、アリスは気づいているのか気づいていないのか分からないけれど、ぼうっとした表情を浮かべている。いつもそうだ。アリスはいつもこんな感じだ。だから慣れっこではあるのだけれど、それが危なっかしい時もある。
「そうだ。アリス」
時間はすっかり夕方。
大学の授業も終わってしまったからには、もう暇で暇で仕方が無い二人組だ。
「どうしたの、ゆいくん?」
「今日は美味い味噌カツを食べに行こう。しつこいものが食べたくなってきた。どうだい、アリスは?」
「……ゆいくんが食べたいのなら、私も行く」
それなら決定だ。僕とアリスは紫色のカラーリングをした地下鉄名城線に乗り込むために駅へと向かう。駅へ向かうには裏路地を通った方が近いと判断した僕は、そこに入って――。
そして、そいつと出逢った。
ナイフを持ったそいつは、笑みを浮かべていた。
笑みを浮かべていたそいつを見た僕は、それを狂気と感じ取った。
マッドだ。そんな人間、普通では有り得ない。正気ではない、ということになる。
そんな人間が果たしてこの名古屋に住んでいるのだろうか、なんてことを考えて。
あのなんとか紅葉という警官が言っていたことを思い返した。
「名古屋で連続殺人事件が起きている……ああっ、ちくしょう。そういうことだったのかよっ!」
叫んだところで無駄だ。
相手にひるみを与えれば一番効率的だったのだが、そんなことも出来やしない。
残念ながら、僕はちっぽけで、弱虫で、臆病だ。
だから、彼女にゆっくりと近づいてきたそれに、何も対処することなど出来やしなかった。
普通なら、ここで止めろ! なんて言い出してくるのかもしれない。
普通なら、ここで無理矢理にでも相手の攻撃を止めさせるのかもしれない。
けれど、僕にはその力が無い。僕にはその心が無い。僕にはその勇気が無い。
だけれど。
僕は一歩前に出て、彼女の前に立った。
それしか、今の僕にできる事は無かった。
それを見た男にも女にも似た、一言で言いくるめてしまえば殺人鬼と言っても過言では無い存在は、たった一言だけ言って、一笑に付した。
「へへ。凄いね。守れるんだ」