再生と光
「何泣いてんだ。元気出せよ」
暗い部屋。ベッドの上で寝付けずにいると、そんな声が聞こえてきた。これは......夢?
「夢じゃねえよ。ほら、下を見てみろ」
「下......?」
言われるがままに身体を起こして下を見ると、つけっぱなしだった廊下電気の灯りのなかに、犬が一匹座っていた。
「ぱ、パン?」
「おう、俺だ」
パンはそういってワンと吠えた。私は色々飲め込めないままゆっくりとお辞儀をした。しかし、変な感じはしない。ただそこに飼い犬のパンがいるだけ。そして喋っているだけのこと。
「で、どうしたんだよ。最近元気ねえじゃねえか。嫌なことでもあったのか? 俺が相談に乗ってやるよ」
「犬にはわからないことだからいいよ」
「わからないからこそいいんじゃねえか。ワンワン頷いて聞いてっから、好きに話せ」
「えー、やだ」
眠れないけれど疲れていた私は、そう言いながらベッドに再び倒れこんだ。
「じゃ、いいや」
そう言ってパンはひょいっとベッドの上に登り、私の枕元に座った。
「せめて一緒に寝てやるよ」
「ありがと」
「おう」
再び目を閉じる。部屋は依然くらいままだが、パンがドアを開けたままなせいで廊下の光が入っていた。
「おやすみ、パン」
「おやすみ、さえこ」
さっきまで煩くて仕方がなかった胸は、いつの間にか落ち着きを取り戻している。そしてようやく、眠りに落ちた。眩しさがとても暖かかった。
「さえこ! パン焼いたから早く食べなさい!」
「んんー」
朝、母の声で目を覚ました。
「今日は真夏日らしいからね、涼しい格好して行きなさい」
「うん、わかってるよ」
朝ごはんをぱっぱと食べて、歯を磨き、てきとうに髪を結んで、靴を履く。心の奥底では嫌がっていても、準備だけは相変わらず早い。
「もし、学校休みたいっていったらどうする?」
「殺す」
「はいはい、いってきまーす」
ドアを開けると、夏のムシムシした空気が身体を包んだ。そして何より、クソ太陽。少しでも目を開けたら、光が目にぶっ刺さってくる。ああ、暑い。
「何泣いてんだ。元気だせよ」
ふと、昨日の記憶が頭をよぎる。
パンはとっくに死んでいる。あれは夢に違いないのだろう。でも、あれは本当にあったことだ。そういうことにしてしまおう。だから今、ほんの少しだけ私は気持ちが明るいのだ。さみしくなんか、ないのだ。
目を痛めつけるこの光が、あの時の光ならどれだけいいだろう。私はぎゅっと目を閉じて、あの光を思い出す。太陽に負けないように、強く、強く。