狙撃
鎧装束に身を包んだ一行を、離れた場所から見下ろす。
深い木々に遮られたこの場所にいることなど、一見では分からないだろう。
特に迷彩で姿を隠している訳ではない。
単純に離れた距離にいるから、分からないだけだろう。
でも、それでいい。
今大事なのは、自分は視認できるが、相手からは分からない位置にいるということ。
ただそれだけだ。
おもむろに手に持っていた銃を構える。
そして、馬の上でのんびりと揺られるようにしている男へと狙いをつける。
元々扱っていたような物ではなく、所謂火縄銃というやつなのだが、これはこれで慣れてみれば面白い。
飛距離は無いわ、狙いは外れやすいわ、文句をつけたくなる所は数多くある。
だが、それでも自分のやることは変わらない。
前世だったか、来世だったか。
よくは分からないが、今の生を受ける前の記憶が何故かあった。
お陰さんで、性格を形成する大事な時期を、苦しい訓練に捧げることに苦は無かった。
むしろ、色々やり直す機会を得られたと喜んだものだ。
まあ、そのせいか周りからは奇異の目で見られていたようだが。
どうせやらざるをえないのなら、自分から率先してやるべきだ。
気付けば、身体能力は以前に比べて異様に高くなっているだろう。
別に以前がぶよぶよとした脂肪がついていた訳じゃない。
たが、それでも体の扱い方を、より頭の中で反芻することで、完全にコントロール下に置いている。
自分の体なのだから、コントロールというのも変な話ではあるが。
無論、だからといって遊ばなかった訳じゃない。
子供の時分には子供らしく、体が成長して大人になると大人の遊びを。
酒を飲み、女を抱き、博打をする。
だが、そんな自堕落とも言える生活をするにも金がいる。
今回の報酬は相当にでかい。
それこそしばらく遊び続けても、無くなる事が無い。
じっと見据えて、よくターゲットを確認する。
間違えれば、意味がない。
それに、次の機会を待つにしても、相当警戒されるだろう。
また、一撃で決めなければならない。
一撃で落とせなければ、もう次弾を撃つ機会は与えられないだろう。
ターゲットの周りを囲まれ、狙いをつけられなくなる。
さらに言えば、これが火縄銃の最大の弱点とも言えるが、連射が利かない。
それゆえに、一撃必倒でなくてはならない。
よくよく確認を終えると、一度目を閉じ呼吸を整える。
脳内でシミュレーションをし、ゆっくりと目を開ける。
引き金を引くと、ダーン!という音が響き渡る。
どれだけ離れていたとしても、その音を隠すとこは出来ない。
ゆっくりと、馬上から倒れ込むように地面へと落ちていくターゲット。
その音に驚いたのか、それとも異変に気付いたのか、ざわざわと騒ぎながらターゲットの所に駆け寄るその連中を見やりながら、さっさといた場所を後にする。
留まったところで、危険が迫って来るだけだ。
銃弾が飛んできた方向を探るくらい、誰でも予想がつくだろう。
倒れ落ちたターゲットと反対側から撃たれた事くらい、誰にでも分かる。
これで歴史が変わるかもしれない。
いや、確実に変わるはずだ。
何せ、ターゲットは歴史上最も有名な人物と言っても過言ではない相手。
織田信長その人なのだから。
しかし、まさか杉谷善住坊に生まれるとは、誰が予想できるだろうか?
しかも、以前スナイパーとして活動していた自分がだ。
この時点で、運命を感じずにはいられない。
歴史の流れの中では、信長はかすり傷で済んだとされている。
しかも、二発も撃ったというのにだ。
これが許せなかった。
ダメなのだ。
二発目を放つときは、絶対に相手を殺しきらなくてはならない。
あくまでも、止めを差す用程度の認識でなくばダメなのだ。
まあ、いい。
これで依頼は済んだのだから。
これより先、浅井や朝倉の連中が幅を利かすか、それとも本願寺の連中が台頭するか。
いや、案外織田家の中から覇者が生まれるか?
それとも全く関係ない連中が出てくるか。
その全てがどうでもいい。
自分は仕事を全うする。
ただそれだけだ。
後の事はどうでもいい。
そう、どうでもいいのだ。
何となく思い付いたので。
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