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 「お父さん、これからモクズガニを買いに行こうよ。」

 二種類のお味噌汁、殊にモクズガニを潰して作った味噌汁に心奪われたリカは、私の背中に絡み付いて行動を促してくる。


 「こら、リカ。お父さんから降りなさい。」

 「行こうよ。ねえ、お父さん。」

 「言ったはずだぞ。話を聞いても後悔するなって。」

 「でもぉ……。やっぱり食べたいよ。」


 おねえちゃんよりも、多少の冷静さを残していたリサが、私の態度を見て重大な事に気が付いた。

 「おねえちゃん、今、モクズガニって売ってるの?」

 カニ好きのリカだ。妹の言葉で、直ぐに我に返った。

 「そっか。禁漁だったら、売ってないんだ!」

 ズワイガニの漁期は冬の間だけ。それ以外の時期には冷凍物しか売っていない。

 モクズガニの場合は、禁漁期間という訳ではないけれど……


 私の背中から飛び降りて、モクズガニの旬を検索したリカは

「ああ、お父さん。今の季節はモクズガニはダメなんだね。」

 「なあ、そうだろう? 別にお父さんは、意地悪していたわけじゃあないんだよ。」

 夏の間は川に住んでいるモクズガニだけれど、秋が深まると海へ下り、産卵は冬に海中で行う。

 5月の連休頃のモクズガニは、海から戻って来たばかりで、身が細っているのだ。

 「うーん……。お父さんの言う通りみたいだね。」

 カニ好き娘だけに、旬の何たるかは、ちゃんと理解している。


 「で、モクズガニの説明を良く読んで、何か気が付かないか?」

 「おねえちゃん、なんて書いてあるの?」

 「ちょっと待ちな、リサ。今読んでるところだよ。」

 漢字が多いから、小4には難しいかもしれないが、子供というのは興味がある事柄には、神通力だって発揮するのだ。

 「漁をするのも水の中だし、モクズガニはあんまり地面に上がって来ないみたいなんだけど……。」


 「あれぇ?」おねえちゃんの説明で、リサも気が付いたようだ。「それならモクズガニは、柿の種も植えないし、サルとは戦わないんじゃないの?」

 ようやく出発地点近くにまで戻って来た。

 この辺りで真打ちの出番だろう。某時代劇みたいに、そろそろ良いでしょう、みたいな。

 「リカ、アカテガニって調べてごらん。」


 アカテガニの項を開いたリカは

「川から離れた所にまで、歩いて行けるみたいだね。湿り気が有ったら、石の下とか落ち葉の下にいる事もあるみたい。……へ~ぇ。ペット屋さんにも売ってるみたいだよ。」

横から覗き込んでいる妹に解説しながら、読み進める。

 リサも写真を見ながら「すごいねぇ。よく探したら、庭にもいるかもしれないねぇ。」と相槌をうつ。

 私は流石に、この辺りには居ないだろうと思うのだけれど、もしかすると近所にペットにしている人がいて、脱走させてしまった可能性がゼロとは言い切れないから

「可能性が無いとは、パパも言い切れないなぁ。」

と夢を持たせておく。

 なにせ、タランチュラやコーカサスオオカブトムシを、逃してしまうようなオッチョコチョイがいる時代だ。


 「じゃあ、あとは、サルがアカテガニを食べるかどうかが問題だね。」

 リカは、サルと敵対したのがアカテガニで納得したようだ。

 「アカテガニは、食用っては書いてないけど……。」


 リサは、おねえちゃんの見解に対して一言異議があるようで

「食用って、人間が食べるかどうかって事だよ。人間はアリを食べないけど、アリクイはアリを食べるじゃない。」

 アリを食用にしている国や地域が無いわけではないのだが……。ここでそれを口にすると、話が無駄に縺れそうだ。

 おねえちゃんはリサの意見に対して

「まあね。フグみたいに毒があるんじゃないみたいだし。……おお! 食べてみた人もいるみたいだよ。」


 「じゃあ、食べちゃっても大丈夫だね!」リサは一足飛びに結論する。

 「おいおいリサ、人間が食べれても(ああ、『食べれても』と言ってしまった!)他の動物にも害が無いかどうかは、分かんないんだぞ。」

 「そうだよリサ。リサはチョコやピーナッツ大好きだけど、犬にやっちゃいけないんだよ。あと、猫にエビや貝をあげるのもダメ。お腹壊したり、死んじゃったりするんだって。」

 リサは、さも意外な事を聞いたと言う様に驚いて「ぜんぜん、知らなかったよ!」と言い出した。「クマスケが、ピーナツせんべい欲しがるから、あげちゃったよ?」

 クマスケは近所の飼い犬で、リサはその犬と仲が良い。

 「大変だ! クマスケ、お腹痛くなってるかも!」


 「リカ、ちょっと落ち着きなさい。……リサ、クマスケにお煎餅あげたのって、いつだった? ピーナツ煎餅は、ほとんどが小麦で出来ているから、特に問題は起きてないと思うけど、お父さんと謝りに行こうか。」

 クマスケの飼い主は、イケダさんという中堅処の俳優さんで、妻とは古くからの知り合いだ。

 

 「川の公園で、お散歩しながらお花見していた時だよ。イケダさんとママが、ずうっとお話ししてて、リカはクマスケと遊んでたんだ。食べさせたら、よろこんで食べちゃった……。」

 しょげてしまったリサとは対照的に、おねえちゃんは見るからにホッとして

「それなら大丈夫だよ。このお休み前にも、クマスケ、イケダさんと一緒にお散歩してたから。普通に尻尾振ってたよ。……本当にビックリさせないでよねぇ。」


 「まあ、リサも生き物に食べ物をあげる時には、食べさせて良い物かどうか、ちゃんと調べてからじゃないとダメだって勉強になったよな。これから先は、気を付けなさい。」

 リサはこっくりとうなづくと「そうする。」と答えた。そして私の目を見ながら「サルがカニを食べたら、死んじゃう?」


 さあ? これはどうだっただろうか?

 ニホンザルは雑食性で、どちらかと言えば植物食性に傾いているとはいえ、実に色々な物を食べる。

 魚や小動物を捕まえる事もあるし、昆虫なんかだって食べてしまう。

 昆虫はカニと同じくキチン質の外骨格を持つ動物だから、食べても良さそうなものではあるのだが……。

 けれど、エビを食べてはいけないはずの猫は、セミやカマキリを獲ったりすることもあるし……。


 私がリサに明解な返答が出来ずに困っていると、リカが

「大丈夫なんじゃないかなぁ。お父さん、カニクイザルっていうサルがいるよね。」

と助け舟を出してくれた。さすがは、おねえちゃんだ。

 「確かにいるね。東南アジアの方に住んでるサルだ。雑食性でいろんな物を食べるサルだけど、カニクイザルって名前が付いたくらいだから、カニも食べるんだろうね。」


 「じゃあ、サルはカニを食べても問題ナシだけど、さるかに合戦のサルは、なぜかカニを食べなかった、という事で会を進めてもいいですか?」

 私からアドバンテージを奪ったリカが、いきなり議長に就任して、クラス会のように議事進行を進める。

 「いいでーす。」父派から、またもや姉派に寝返ったリサが、おねえちゃん支持を表明する。

 「異議無し。」私もリサに追従する。

 「パパ、『いぎなし』ってなに?」リサにはちょっと難しい言葉だったようだ。

 「そのとおり、っていう意味だよ。」


 「そこの二人。私語をしてはいけません。」

 なかなか厳しい議長だ。

 「では、どんな理由が考えられますか?」おねえちゃんが、上からモノを言う。

 リカの作戦は、自分は議事進行をつかさどって、考えるのは父と妹にやらせるつもりだと見える。

 中々上手に立ち回るじゃないか。


 リサは頭を絞って「お腹が空いていなかったんじゃないかなぁ。」

 それでは『お腹を空かせたサル』という大前提が、ブチコワシだろう。

 「違います。サルはお腹がペコペコだったのです。だからカニからお握りを騙し取ろうと考えたのです。そこを忘れてはいけません。」議長もすぐに、妹の意見を却下する。

 「じゃあ、カニが嫌いだったとか?」姉から意見を否定され、リサは次の案を出す。


 これにはリカも直後の否定は出来なかったが

「でもさぁリサ、お姉ちゃんはリンゴとピーマンが死ぬほど嫌いだけど、食べ物がそれしか無かったら、やっぱり食べると思うよ。」

 「うーん……。リサも酢豚の中のパイナップルはよけて食べるけど、酢豚の中のパイナップルしか食べるものがなかったら、食べるかなぁ……。」

 そもそも、そんな状況下では酢豚自体が作れまい。


 私が二人のやり取りに口を出さず、少しの間、考え込んでいたら、目敏くそれを見付けた議長が

「お父さんも、意見を出しなさい。ちゃんと考えていますか?」

と教育的指導を繰り出してきた。

 リサも尻馬に乗って「パパも、なにか言いなさい。」と非難する。


 「お前たち、忘れちゃったのか? この話が始まった時に、リサは『お握りを食べたから、お腹が一杯になってカニまで入らなかった』って言ってたんだぞ。」

 リカは自分の頭を一つ叩くと「思い出したよ。私は『それならカニを先に食べて、オニギリは持って行けばいい。』って言ったんだよ。……そうかぁ、サルがカニよりオニギリの方が好きだったら、無理にカニを食べたりしないのか。」

 「まあ、そんな処だろうね。野生動物は、必要以上の食事は取らないから。ライオンだってお腹が一杯だったら、目の前で獲物が遊んでいても、知らない顔で無視するくらいだ。」


 リカの『気付き』に敬意を表して会議をまとめ、以上で終わりと止めても良いのだが、せっかくここまで議論を深めたのだから、もう少し掘り下げてみよう。


 「リカ。サルにとってカニは毒ではないっていう前提だけど、世の中には個人的に害を与える食べ物っていうのが有るだろう? みんなに毒ではないけど、一部の人にだけ毒になったりするモノが。」

 リカよりも先に、リサが「もしかして、アレルギーっていう?」と、簡単に気が付いた。

 「おっ! スゴイな、リサ。アレルギーなんて、良く知ってたな。」

 「保育園のおともだちに、アレルギーの子がいるんだよ。その子は、おソバを食べると、ノドが詰まっちゃうんだって。粉が付いただけでも、腫れあがっちゃうみたいだし、好き嫌いじゃないのに大変なんだ。」

 「私のお友達にもいる。卵でジンマシンが出るから、給食が食べられないんだ。お弁当持って来ているんだよ。」


 「そうか。二人ともお友達にアレルギーの子が居るのか。アレルギーっていうのは、身近な問題なんだな。……アレルギーの原因になる物質は、ひとそれぞれなんだけど、世の中には甲殻類アレルギーっていう、エビやカニが原因になるアレルギーが有る。」

 「じゃあ、サルはカニアレルギーだったの?」

 おねえちゃんは、今までに何度も繰り返し読んだであろう絵本を広げて、内容を再確認する。


 私は「そんな事は、どこにも書いてないよ。可能性の問題だよ。」と文献による事実確認を否定して

「でも、実物のサルにカニアレルギーのサルがいるかどうかは別にして、サルがカニアレルギーだったなら、カニから貰った握り飯を食べて、酷く苦しんだかも知れないね。甲殻類アレルギーの人は、カニを触っただけでも痒くなったり腫れあがったりするんだ。もし、お握りにカニの汁が付いていたら……。」

 「ノドが詰まっちゃうのかもしれないのか。」リサが顔をしかめる。「苦しそう。」


 「だから、柿の木が育って実がなった時にも、サルは柿の木から降りて来られなかっただろう? カニに近付くのが怖かったんじゃないかなぁ。」

 「木の上から、実を投げるんだよね。」リカはカニ好きだから、サルの行為には厳しい見方をする。「でも、サルは熟れていない実を、カニにぶつけるんだよ?」


 「よく熟れた柿の実を、カニに投げたら、どうなると思う?」

 リサは目をつぶって、状況を想像しているようだ。

 「カニはハサミしかないから、うまく捕れないね。地面に落ちたカキの実は、びちゃって潰れちゃうよ。」

 私が「潰れて泥まみれの柿じゃ、カニに失礼だろ。」と指摘すると、さすがにおねえちゃんも

「地面に落ちても、潰れない固さの柿を投げたのか。」と渋々納得する。

 「サルが大きな実を選んで投げてくれたなら、当たり所が悪いと、カニの方が潰れちゃうね……。」


 「だろ? だから、そもそもの事の起こりは、二つの不幸な事故が重なったんだよ。一つ目はカニがくれた握り飯でサルがアレルギーを起こす。二つ目はサルがよく選んでから投げた柿の実が、たまたまカニに直撃した。」

 おねえちゃんは、ぐわっと立ち上がると「お父さんの言うのも分かるけど、なんだか騙されているみたいな気がする。」と不満顔だ。

 「それはそうさ。だって『さるかに合戦』は、書かれた時に、すでにサルは悪者として書かれているんだ。善対悪の戦いにすると、分かり易いからね。サルの側にも事情が有ったりしたら、御伽話としては結論が出し難いだろ。めでたしめでたし、で終われなくなるから。」


 ちょっと面倒な事態になったので、リサは退屈しているかも知れないな、この辺りで切り上げるか、と考えていたら、意外にもリサは

「パパ。サルは本当は良いヤツなのかなぁ? オニギリをくれたカニを、どんどん怒らせたりしてるでしょう。本当は良いサルなんだったら、そんなことはしないと思うんだよ。」

と、継続を所望のようだ。


 「そうだね。本当はパパも、サルは悪いヤツだと思っている。カニアレルギーとも違うだろう。あいつは本当にズルいヤツなんだよ。」

 「なにそれ?」私のてのひら返しに、おねえちゃんがビックリする。ついでにどんな意味が有るのか、でんぐり返しまでしている。

 まあ、そうだろう。今の今まで私は、サルの側に立って弁護をしていたのだから。


 「サルは柿の種を手に入れたけど、自分では働きたくなかったのさ。カニを食べずに見逃したのも、自分の為に働かせるのが目的だ。その場でカニを食べちゃったら、それっきりだけど、生かして働かせれば、柿を育てて、毎年柿が食べられる。」


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