第三話
「こんにちは、明子さん」
「あら、マリ子ちゃん、いらっしゃい」
私はその後も、私が生まれたお店に足しげく通っています。
ただ、私が柏原家の人間だということは秘密にしていました。
「今日はコーヒーとチーズケーキを下さい」
「ありがとうございます。今、持って行くから、席で待っててね」
相変わらずお客は私だけで、他にお客がいるのを見たことがありません。その理由を考えると、胸が痛みます。
「お待たせしました。はい、どうぞ」
「いただきます」
目の前に置かれたチーズケーキとコーヒーを眺めると、私はフォークを持ってチーズケーキを口に運びます。
「マリ子ちゃんはいつもおいしそうに食べてくれるわね。とっても嬉しいわ」
「そんな、本当においしいんですよ」
私達は初めて会ってからほんの数週間なのに、まるで旧知の仲の様に話が合います。
それもきっと、私の前世が影響しているのだと思うのです。けれど、それを思うと、私の秘密が頭をもたげます。
「マリ子ちゃん、ちょっといいかしら」
明子さんはそう断ると、私の前の椅子に腰掛けました。
「どうかしたんですか?」
コーヒーを一口飲んで私は尋ねました。
「実はね、閉店する日を決めたの。今度のクリスマスで終わりにするわ」
(わかっていたけれど、ついに決まってしまったか……)
そう思いながら、私はコーヒーカップを置きます。
「そうでしたか」
「残念だけど、こればっかりはね」
私は、何とかこのお店が続けられないかと試みていました。
柏原のフランチャイズにできないか。それとも、ライバルの柏原の店を閉店させられないか。
けれど、いくら私が柏原家の人間だと言っても、所詮はただの女子高生でしかなく、資本主義の原理には手も足も出ません。
どす黒い無念さが心の底から沸き上がります。
「まあ、子育ても終わっていたし、両親が亡くなってからは主婦の延長みたいなものだったからね」
明子さんはそう言って場を和ませようとしますが、私にはそれが逆に悲しさを感じさせるのです。
「すみません」
無意識に口がそう動いていました。
「どうしてマリ子ちゃんが謝るの? あなたのせいな訳ないでしょうに」
「いえ、私のせいなんです。だって……」
そして、私はゆっくりと立ち上がって明子さんを見据えました。
「だって私は、柏原家の人間なんです……このお店にとって悪役令嬢なんですから……」
第四話に続く