第一話
私の前世は、街の小さな洋菓子店で生まれたシュークリームでした。
そのお店は、おじいさんとおばあさんが二人で切り盛りしていました。
「お父さん、シュークリームの生地が焼けましたよ」
おばあさんがシュークリームの生地が乗ったバットをオーブンから取り出すと、おじいさんがやって来ました。
「うん。今日もきれいに焼けたね」
おじいさんがおばあさんにそう言うと、二人は嬉しそうに笑っていました。
そして、今度はおじいさんがシュークリームの生地にカスタードクリームを入れる番です。
おじいさんは真剣な顔をしながらも、丁寧に優しくカスタードクリームを生地に入れてくれました。
「出来上がりだよ」
おじいさんがおばあさんに教えると、おばあさんは可愛らしい笑みを浮かべました。
「おいしそう。やっぱりお父さんのシュークリームは世界で一番ですね」
「そんなことないよ。お母さんが一緒にいてくれるから、いい仕事ができるんだよ」
こんなにすてきな、おじいさんとおばあさんに生んでもらえて、私は本当に幸せでした。
その後、私は小さな男の子を連れた女性のお客さんに買われていきました。
そして、お店を出る時、おじいさんとおばあさんは笑顔で男の子に手を振って見送ってくれたのです。
☆☆☆☆☆
私の名前は柏原マリ子。名門お嬢様学校に通う十七歳の女子高生です。
私の一家は、この国で最大手の菓子会社「柏原製菓」を経営しています。
祖父は社長を務め、次男である父は現在、専務取締役を務めています。いずれは父が会社を継ぐことになるでしょう。
私はと言うと、祖父と父から事業の一部である洋菓子店のアドバイザーを任されています。
表向きには、若い女性の感覚を事業に取り入れるためとされていますが、実際には、私に経営の才能があるかの「テスト」なのです。
事実、私の叔父である長男はそれに「落第」し、今ではお飾りの仕事をしています。
この一族は「お金」が全てなのです。そのためなら、家族でさえ切り捨てるのですから。
誰も信じられない。誰も信じてはいけない。
物心ついた頃から、そう悟らせる。そんな環境が、私は死ぬほど嫌いでした。
そんな私にとって、前世の記憶は唯一の慰めなのです。
ある秋の日のこと。
私は、自分が任されている洋菓子店の監査に行きました。女子高生の客として店を訪れて、問題がないかを確かめるためです。
一通りの監査を終えて、私は店内の客席で紅茶を飲みながら、父から渡された書類に記入します。
私が様々な項目を五段階で評価していくと、最後に意見を記入する欄にたどり着きます。
『バイトに研修の必要あり。店長の運営能力には疑問、場合によっては更迭も要検討』
私はためらいなくそう書きました。
書き終わると、私は店を出て書類を郵送しました。
すると雨が降り始めたので、私は近くにあったバス停から駅に行くバスに乗ったのです。
私は窓際の座席から、雨に濡れる街の景色を眺めていました。
私がふと、胸に込み上げた虚しさをため息にして窓に吹きかけると、曇り窓が現れました。
「これが私に出来ること……」
そんな思いが、口をついて出た時のこと。
窓の向こうの見知らぬ街並みに、突然、見覚えのある外観のお店が見えたのです。
私はとっさに降車ブザーを押して、次のバス停で降りました。
私は傘を持っていませんでしたが、構わず歩道を駆け出します。
あっという間に全身がびしょ濡れになりました。
寒くて息も苦しくなりました。
それでも、私がそのお店の前にたどり着くと、今までの苦しみはみんな吹っ飛びました。
なぜなら、そこは私の「故郷」だったからです。
第二話に続く