第五十五話 『母』
お待たせしました、最新話です。
「お母様!妾もいつかはお母様のような立派な神様になれるのでしょうか?」
「うむ。きっとなれよう。妾の子じゃからの。」
まだ小さかった妾はお母様――天照大神を慕っておった。お母様が日本の民にとってどんな存在であるかを、ずっとそばで見てきていた妾にとって、お母様はまさしく神だった。どんな人にも優しく、時には厳しく接し、その身に宿る強大な力で幾度も他の神々から日本の民を守り抜いていたのじゃ。
「……む?また、他の神が妾の民に手を出してきおったか……玉藻、ここで待っていてくれぬか?」
「また、お仕事でしょうか?今度は何時おかえりになられるのです?」
「そう案ずることもない。何、相手に交渉するだけじゃ、そう時間はかからんさ」
お母様は妾に柔らかな笑みを差し向ける。この笑みを見るたびに妾は思ったのじゃ。
(強くて、可憐な笑顔……妾もいつか、お母様のように…!)
と。小さいながらにしてもうすでに神と言う存在に憧れておったのじゃ。そして妾にはそれができるだけの力があった。
「わあ、凄いわね。玉藻はもう神通力を使いこなしているの?」
「うむ!お母様の娘じゃからな!」
「うふふ、本当にすごいわ」
神々の住まう土地、天界。そこで妾は暮らしておった。無論、お母様だけでない、日本の神々もそこで暮らしており、その子供たちもたくさんいた。
その中でも妾は抜群の力を有していた。故に、お母様に認められようと話し方もお母様のまねをしておった。大人の神々にはその力を褒め称えられ、妾もそれに気を悪くすることは無く、仲間にも恵まれ、よき生活を送っていたのじゃ。
だが、そんなある日、お母様が暗い顔で家に帰ってきた。
お母様はその天真爛漫な性格ゆえにそうそう、暗い顔などされるお方ではなかった。そんなお母様がかなりの精神的ダメージを負って帰宅したことに妾が気付かないはずがなかった。
「お母様……どうか、なさいましたか?」
妾はそう問いかけた。きっと、その目には涙がたまっておったのじゃろう。お母様の悲しみは妾の悲しみでもあったのじゃから。
「……あなたに、使命が下された。」
「妾に、使命?」
使命とは定められた者に下されるもの。これは一つの問題に対して神々が話し合い、決定したものに加護を与えるとともにその力を使わせ問題の解決を図るための制度であった。
本来それに選ばれることは光栄なことで、皆、それを目指して精進するものであったのじゃが……
「それは喜ばしいことです!どんな使命が妾に!?」
「……魔剣、エクスカリバーの監視、または破壊じゃ」
「魔剣?」
涙を流すお母様の手には金属片がひとかけら持たれていた。
そのかけらから流れ出す禍々しい魔力……それに妾は後ずさりした。
「こんなに大きく、禍々しい魔力……それは?」
「これは魔剣エクスカリバーの一部じゃ。此処にはとある異世界の邪神の力が封じ込められている。これを操れるものは邪悪な魔力を持った者のみ。普通の人間や神がこれを持てば、すぐに魔剣の力に取り込まれてしまうじゃろうな」
「そんなに、邪悪なもの、まだ妾の手には負えません!」
「分かっておる!分かっておるが……一度決まった使命は覆せぬ」
そう言ってお母様は目の前にある金属片から邪悪な力を抜き出し、溢れ出た黒い瘴気をその手で握りつぶした。
跡形もなく消え去る瘴気。目の前の金属片はもうすでに邪神を封じた金属ではなくなり、普通の金属と化していたのであった。
「今の禍々しい魔力を見つけたら、それを持っているものを抹殺するか、監視するのじゃ。それが玉藻、お主に与えられた使命じゃ。」
「それは、妾にこの天界から旅立てとそう言う意味ですか!?お母様!?」
「すまない……」
泣きわめく妾の額にお母様はそっと口づけをした。すると体内にあった神通力が異常なほど活性化していくのが分かる。これが加護なのであろう。
しかし、活性化と同時に神通力は失われ人が使うもの……すなわち、魔力に変わっていくのが妾にも確かに感じ取れた。更に頭からは狐の耳が生え、九つの尾も生えてきていた。
「お、お母様?これは……?」
「それが加護じゃ。神の力を持ったままでは人間の世界に干渉できぬ。そなたの持つ強大な神の力を亜神レベルに落とし、そしてその身を人間、いや妖に変えた。」
「そ、それでは……」
妾はもうすでにほとんど空っぽの神通力を何とか逃がさまいと抵抗するが、それは虚しく、妾の体から抜け落ちる。それと同時に言われたくなかった言葉をお母様の口から聞いてしまったのじゃ。
「ごめんね、玉藻……いや、タマモ。強く、強く生きて!そして、できることなら使命を果たして天界へ帰ってきて……『あなたを、天照大神の名において、天界から追放する』」
「いやあああぁぁぁぁぁ!!!!!」
涙ながらに妾を追放するといったお母様の言葉は妾の胸に深く突き刺さった。
泣き叫びながら妾の体は光に包まれていく。
「妾を……私を離さないで!お母さん!!」
「ごめんねぇ…!玉藻……!」
そして、妾の意識は闇へと沈んだ。
目覚めてからは、なぜ自分がそこにいるのか、妾には分からなかった。ある神社の中で妾は目覚めた。妾は無意識のうちに使命のことを含め、自分の心を守るために天界であったことを忘れたことにしたのじゃ。
それからは自分が妖であることだけを信じ、時に人を陥れたり、時に人を救ったりと長い時を過ごした。そして、主に出会ったあの日、なぜかその手に持つ『神剣』と称された魔剣を目にした瞬間、何故かついていかなければならない気がして、主に憑りついたのじゃった。
「なぜこの記憶が…呼び起こされる!?本当にお母様……なのか?」
妾は今まで強くプロテクトをかけていた忌まわしい記憶を強制的に引き出されたことによる尋常じゃない頭痛を歯をくいしばって耐えながら、目の前の存在に問いかける。
その目の前の天照大神に似た女は何も答えない。ただ、光の宿っていない虚ろな目で妾を見つめているだけだった。
「答えろ、お母様!いや、天照大神!!なぜ今になってここに現れた!?使命なら今も継続しているであろう!?妾の……私にその姿を見せるなぁ!!」
今まで無言だった女――天照大神は口を開く。
「そうやって、過去から逃げ続けるのか?」
「何?」
「魔剣の持ち主を殺せと言われたはずだ。なぜ殺さない?できただろう?」
「うるさい」
「そうやって、自分の都合のいい解釈に逃げて、今まで無駄な時を過ごしてきたのが今、思い出せただろう?」
「うるさい……!」
「さあ、その手で、天界に戻るためにあの男を殺せ!!」
「黙れぇぇぇ!!!」
妾は腕を振るい狐火を駆使して天照大神の立っている場所を青白い炎で包む。
天照大神は特にダメージを負った様子もなくこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。
「さあ、玉藻。妾の手を取れ。ともに、天界へ帰ろう」
目の前に立った天照大神は右手を妾に差し出した。
それがなんと甘美な誘いに聞こえることか。できれば妾はこの手を取ってあの記憶の彼方にある神の住まわる世界に帰りたい。だが……
「!?何をッ……!」
妾はそれに狐火をもって答えた。瞬間、天照大神の右腕は青白い妖炎に包まれる。
「妾のお母様は……ここにはおらぬ!お母様…いや、天照大神は貴様のように一度言ったことを曲げる人ではなかった!妾のお母様は、モーント・ヴァールハイトという人間じゃ!!」
妾はそう宣言して、天照大神を騙る女を焼き払おうとするのだった。
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