二周年特別企画 英雄の実生活!
二周年です。ありがとうございます!
クリンゲル・ヴァールハイトの朝は早い。
よく天才少年と謳われる彼だが、その称号を過言であるというものは誰もいない。
それは彼の一日に隠されているのではないかと我々は考えた。
――おはようございます。かなり早い時間だと思いますが、いつもこの時間なのでしょうか?
「そう、ですね。たまに寝坊しちゃうことはありますけど基本はこの時間帯ですね。」
彼は動きやすい服装に着替えながら笑顔で我々の質問に答えてくれた。
彼はどこへ向かうのだろうか。
「これから少し早朝のトレーニングに向かいます。少し走るので頑張ってついてきてくださいね?」
彼はそう言いながら我々にタオルを手渡してくれた。これが彼のやさしさの片鱗を感じることができた。
――やはりあなたのその強さは努力の賜物なのでしょうか?
「うーん、どうでしょう。やはり努力もそうですけど、才能ですかね。親からもらった力ではありますが、その伝説に恥じることがないように鍛錬は欠かしていません。」
かなり速いペースでランニングをこなしながら我々の質問に答えてくれる。
この余裕も日ごろの鍛錬の成果の一つだろうか。
走り続けるクリンゲルさんの邪魔にならないようにランニングコースの近くで待機する我々はある素朴な疑問を思いついた。
それは、彼にかかるプレッシャーについてである。
彼は世界でトップクラスの実力を持っている魔法使いだ。
ならばそれ相応の重責が彼を苦しめているに違いない、そう考えた私たちは日課のランニングを終えて水分を取っている彼に直接尋ねてみることにした。
「重責……ですか。」
彼は考え込むように俯く。やはり彼にとっても難しい問題だったのだろうか。
「すいません、よく考えたことは無くて……でも、この取材の中で答えられるようにしますね。」
彼は申し訳なさそうに呟く。
答えにくい質問であったのにもかかわらず答える意思を見せてくれたのは彼がその答えを見つけ出そうとしているからなのだろうか。
――これから何の特訓を?
「ああ、今からは魔法の特訓になります。」
彼は魔力をその両腕に集め始める。
光り輝き始めた彼の魔力はやがて小さな球体へと集められていく。
少し遠くから見守るように指示された私たちからでも素人目ではあるがその魔力球の放つ強大な力を感じ取ることができた。
そしてその球体を彼はもてあそぶかのように投げては取り、投げては取り、大道芸のように回し始めたのだ。
実に楽しそうに見えるが彼の顔はいたって真剣。まるで人の命を扱うかのように訓練を続けている。
数分が経過しただろうか。彼は回し続けていた魔力球を消滅させると額をぬぐう。異常なほどの集中力は彼の体力を我々の想像以上に奪っていたようだ。
――お疲れ様です。今の特訓はどのような効果が期待できるのでしょうか?
「魔力制御の練習ですね。実はあの光球……この辺りを一気に吹き飛ばすほどの力は蓄えられています。」
何食わぬ顔で教えてくれたクリンゲル氏。我々はその言葉に耳を疑った。
街が消し飛ぶようなものをいとも簡単に扱っていたというのだ。
彼はかつて『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』と呼ばれていたらしいがその称号ですら生ぬるいと感じることができた発言だった。
☆
授業中の彼はいたって真面目だった。
彼は自らが不真面目だというが全く持ってそんなことはない。
ただただ真面目に授業を受け、質問をし、メモを取る。
彼が彼である所以はこういったところに隠されているのかもしれない。
と、ここで授業終了の鐘が鳴る。
生徒たちは一斉に立ち上がり、各々の片づけをし始める。
次は実技教科のようだが、何をするのだろうか。
彼らが向かったのは校庭。
そこには先ほどまで教壇に立っていた少女だけが待ち構えていた。
「今日はニアの攻撃を何回防げるかのテストなのよ。障壁が限界になったらはっきりと伝えるように。それまで攻撃を続けるのよ。」
魔力障壁の強度テストのようだ。
我先にと手を上げたのはクリンゲル氏の友人、ヘル・プリンツ。
我々のデータによると彼は魔法をあまり得意としていないようだが……
「よし、ニアちゃん! バシッと来てくれ!」
「教師に対しての口の利き方がなってないの。」
待機する生徒たちから少し離れた場所で彼は魔力障壁を展開した。流石はエリート養成学校。魔法が得意でないと語る彼でも並大抵の魔術師では出せない強度の魔力障壁をいとも簡単に顕現させた。
「んじゃ、行くの。」
銀髪の幼女は軽く屈伸運動をしてから戦闘態勢に入る。
途端、重くなる空気に我々は息をのんだ。
そして彼女の姿が掻き消える。
我々が彼女の姿を次に視認したときにはもうすでにヘル氏の障壁に攻撃を加えている最中だった。
「ぐっ……!」
「意外と耐えるのよ。でも、そろそろ限界なの!」
彼女のセリフ通り、一際強力な一撃に障壁は霧散してしまう。
時間にしてみれば数十秒というあまりにも短い時間ではあるが、その間に幼女から浴びせられた攻撃は百に届いたといっても過言でない回数であった。
「うーん、まだ脆いか……」
「精進するのよ……次!」
彼女は次の生徒に出てくるよう促すが、ここでもクリンゲル氏は現れない。
次々と生徒たちがテストを終わらせていく中、ずっと待機位置に座り続ける彼は一体何を考えているのだろうか。
「さて、最後はいつも通りお前なのよ。」
「よし、行くぞニア!」
彼は声をかけられると同時に勢い良く立ち上がった。
他の生徒たちはそれをまるで決闘を楽しむ観客のように少し離れた位置から見守っている。
ただならぬ気配に我々も少し距離を置くことにした。
「よいしょっ!」
間の抜けた掛け声と同時にクリンゲル氏の周りに障壁が張られる。
その魔力圧は他の生徒たちとは比べ物にならないものだった。
「今日は何秒持つの?」
にやりと不敵な笑みを浮かべる年齢詐欺教員。
クリンゲル氏は余裕を持った笑みでこれに答える。
「お前じゃ壊せないよ。」
その一言に空気が戦慄する。
凍える吹雪のような冷たい眼差しが彼女から発せられる。
我々は英雄の死を目の当たりにするのかもしれない。
「とりあえず、行くのよっ!」
彼女はそう叫んで先ほどまでと同じようにその場から姿を消した――否。完全に消え去ったのだ。
しかし辺りには障壁が攻撃に触れる際に発せられる独特の衝撃音が鳴り響いている。
それも息つく間もないほどの速さで、である。
「貫くのよ!」
今までのテストでは彼女の本気の一片すら我々は分かりえなかったが、この攻撃が正真正銘、彼女の本気の一撃なのだろう。
その蹴りは我々一般人には視認することができないほどの速さでクリンゲル氏に迫る。
「一点集中、魔力解放。」
呟きながらその一撃に手のひらを向ける彼は余裕の表情を崩さない。
むしろ彼はこの戦いを楽しんでいるようですらあった。
障壁と一撃がぶつかった瞬間、衝撃波が我々を襲った。
舞う砂埃が収まった後、そこに立っていたのは障壁を張ったままのクリンゲル氏だった。
「ちっ、ほかの生徒やらが居なかったら本気出してぶち壊せるのよ。」
「そしたら俺も反撃するけどな。」
見事彼は彼女に勝利したのだ。
我々はすぐに彼のもとへと駆け寄った。
――とてつもないレベルの戦いでしたが、その最中に笑っていたように思います。それはなぜでしょうか?
彼は少し考えた後清々しいほどの笑顔でこう答えてくれた。
「単純に楽しいんですかね。自分より強い相手って確実に自分を引っ張り上げてくれるんですよ。そんな存在がいる限り俺は上に上り詰められる……そう感じられるんです。」
そう語ったのちに彼は仲間のもとへと帰っていった。
あの言葉が本当の気持ちならば、その高い志こそが彼を英雄足らしめているのだろう。
彼への興味は尽きないが、取材の時間はもうすぐ終わってしまう。
我々は最期の密着を続ける。
☆
最後は彼の部活動の時間だ。
彼はもうすでに王国中の噂になるほどの人気店、『ポンポンバーガー』のオーナーであるという。
「今日も頑張っていきましょう!」
ミーティングは簡単に、しかし必要な情報は詳しく。
従業員の鼓舞をしてしめくくり、彼はすぐに厨房に入る。
今日は特別に我々も厨房の中に入れてもらえる運びとなった。
そこにいたのは著名なシェフたちだった。皆彼のカリスマ性に惚れこんで雇用してもらったらしい。
「彼の作る料理はどれも画期的で何より旨いのです。お客さんに喜んでもらうのが喜びの我々にとっては最高の職場ですよ。」
シェフたちは皆口々にそう語った。
ここで我々はクリンゲル氏に踏み込んだ質問をしてみることにした。
――ここでの売り上げは何に使っているのですか?
この問いに彼は意外な反応を見せた。
「えっ……!? えっと……」
困惑している。今まで見せてこない表情だっただけに我々の知りたいという欲求が増していく。
「そうですね……復興のために寄付ですかね。」
なるほど、彼はそういったことをひけらかすものではないと考えた故に驚いたのだろう。
彼は焦ったせいで滲んだ汗を軽く裾で拭う。
「借金とかではないですから、安心してください……」
そんな彼の呟きはオーダーによって搔き消されてしまったが、彼なりのジョークだったのだろうか。まさかあの英雄が借金はしないだろう。
その後の店の様子は多忙を極め、我々は取材の一時中止を余儀なくされてしまった。
☆
「今日はお疲れ様でした。」
彼は我々にねぎらいの言葉を投げかけてくれた。
驚きが多かったこの取材の中で我々は彼の本当の姿を垣間見ることはできたのだろうか。
「おっと、そういえばまだ答えていませんでしたね。」
彼は我々の方へとまっすぐ向き直る。
「俺にとって、強さ故の重責は――」
彼の背中で夕日が燃える。
「――重責は信頼の証です。俺はそれにこたえるために、これからも戦います。」
そうはっきりと言い切った彼は不思議と引き込まれるような優しい眼差しをしていた。
「――で、いつまで続けるんだこの茶番。」
「おい、今いい締めくくりになってたんだから勘弁してくれよ。」
「ゲヴィッター、この取材最終的にどこに持っていくの?」
「国。」
「すぐにそのメモ寄越せ。破り捨てるわ。」
天才少年の転移旅行記ももう二周年。いつもお読みくださり本当にありがとうございます。
これからもさらにクオリティーを上げて行けるように全力を尽くしますので、応援よろしくお願いいたします。