第九十九話 The First Day
お待たせしました、最新話です。
温泉で桶の一撃を喰らった翌日。俺はホテルの外にある噴水の前で凪沙を待っていた。
サバゲ―大会の賞品に俺の大事な修学旅行の一日を懸けられるなんて……
正直不満はたらたらだが、了承してしまった以上なるべく楽しく過ごそうと思う。
「お師匠様、お待たせしました!」
「おう、大丈夫だ。」
凪沙はばっちりおしゃれに着飾っていた。
夏らしいほど良い露出のある服装だ。きっと日本から持ってきたのであろうダメージジーンズと白を基調としたシャツからちらりと覗く肩がセクシーだ。
「うふふ、どこ行きましょうか?」
「んー、決めてないよ、俺。」
「じゃあ適当にぶらぶらしましょうか!」
凪沙は満面の笑みで俺の前を歩き始める。
こうしてみると俺よりも年上のはずなのに子供っぽく思ってしまう。
「まずは……そうですね、軽くショッピングとしましょうか!」
目指す場所を近くの商店街に決めたのか、凪沙はスキップでそこに向かい始める。
「落ち着けって、馬車に轢かれるぞー。」
「そんな状況そうそうないですよね!?」
二人でそんな冗談を言い合いながら商店街へと向かう。
そこではお土産を売るための商売合戦が始まっていた。
「おお、あんちゃん達! うちの店の『海饅頭』はいかがかな?」
「うちの方が安くてうまいよぉ!」
四方八方から投げかけられる売り文句。
これはこれで精神的にダメージ大きそうだな。
「うわぁ、凄い活気ですね。」
「そうだな、このままここにいると全部買わされそうだ。」
「ふふ、じゃあ早いところ何か買って別の落ち着ける場所に行きましょうか。」
凪沙はそう言って軽く笑うと一番近くの店のおじさんに話しかける。
「あの、『海饅頭』二つ下さい!」
「お、お姉ちゃんウチを選ぶとはお目が高い。今なら一個サービスしといてやんよ。」
「わぁ、ありがとうございます!」
凪沙はほっこりした顔で俺の元へと戻ってきた。
「えへへ、一つおまけしてもらえました。」
「おお、良かったじゃん。」
「はい、これどうぞ!」
凪沙は俺に饅頭を一つ袋から取り出し、差し出す。
ほのかに湯気の上がるその饅頭は中に甘いクリームが入っているらしい。
「ありがとう。……ん、これウマッ!」
ほのかな温かみと共に口の中を優しく包むクリームの柔らかな甘さが癖になる。
そういえばポンポンバーガーにはデザートが少なかったな。
「美味しいですね……!」
凪沙は目を輝かせてパクパクと食べ進めている。
小動物のようでかわいい。
「んー、美味しい! さて、次はどこに行きますかね?」
「そうだな、せっかくだし観光したいな。有名なところってあったっけ?」
俺は饅頭の最後のひと口を頬張って凪沙に問いかける。
「パンフレットには近くに観光用に整備された遺跡があるらしいですよ。」
凪沙は自分のリュックから修学旅行前に配られたしおりを取り出して地図のページを広げる。
「本当だ。じゃあ、そこに行ってみようか。遺跡は興味あるし。」
「決まりですね!」
凪沙はおまけで付けてもらった最後のまんじゅうを食べ終わると笑顔で歩き始める。
「なんだ、凄く楽しそうだな。」
「はい! お師匠様と二人で過ごすなんて初めてじゃないですかね?」
「言われてみれば確かに。」
だから、と凪沙は続ける。
「だから、お師匠様のことたくさん知れるなって思って。」
「……そっか。じゃ、今日は遊び倒すか。」
「はい!」
凪沙は実家を一人で離れて俺のところを訪ねてきた。
きっとそれは俺の想像以上に孤独なものだったろう。それに、いきなり異世界だとか、神様だとかよくわからないことまで言われて、それでも俺についてきたのだ。
知らない土地、知らない人間、そんな中で過ごすのがどれだけ彼女のプレッシャーとなっていたか、俺はようやくその片鱗に触れることができたのかもしれない。
「あ、きっとあれですよ! ほら、人がたくさん並んでます!」
「あ、おい、待てって。」
凪沙は目的地の遺跡を見つけるとそこへ向かって走り出す。仕方なく俺も走って凪沙を追いかける。
「結構並んでますねー。それだけ凄いんでしょうか?」
「みたいだな。この土地に来る観光客はほとんどがここ目当てらしいぞ。」
俺は長い列を遠い目で見ながらそう伝える。
しかし、列は長いもののスムーズに進んでいるように見えるのでこの調子だと俺たちの順番が来るまで十分はかからないだろう。
「楽しみですね!」
「そうだな……遺跡からは古代の文明の産物がいくらか見つかっているらしいし、気になるな。」
日本の道具に似たものが数多く発掘されているようだしな。
この観光でその理由の一端にでも触れられればいいのだが……
「お嬢ちゃん達、学生さんかい?」
俺たちの前に並んでいるお爺さんが話しかけてくる。
「はい、そうなんです。お爺さんは観光ですか?」
「ああ、そうとも。それにしても若いのに歴史的遺産に興味を持つなんて珍しい。」
お爺さんは感心したようにその立派な顎髭をなでる。
「この遺跡ではな、ごく稀に今でも遺産の発掘があるそうじゃよ。」
「へぇ、例えば?」
「そうじゃなぁ、見たこともないような魔道具、魔力は使わないらしいがなぁ、そう言ったものが発掘されるようじゃ。」
「そうなのか……」
魔力を使わない魔道具……つまり機械のことか? 電力を流せばまだ使えるものが含まれているのだろうか。
是非見つけてみたいものだ。
そうこうしているうちにお爺さんの順番がやってくる。
「それじゃあお若いお二人さん。二人で楽しむといい。」
「ああ。お爺さんもよい旅を。」
「カップルだと思われたんですかねぇ?」
ニヤニヤしながら凪沙が尋ねてくる。
自分が一番喜んでいるくせに。
「そうかもな。まあ、実際は違うけど。」
「なんでそんなにかたくなに否定するんですか!?」
「いや、だって本当のことじゃん。」
凪沙は大きなため息をつく。
「はぁ……ま、今はそれで仕方がないですかね。皆さんに追いつけるように精進です!」
「何の気合を入れているんだ。」
「さあ、私たちの順番ですよ! 行きましょう!」
凪沙はすたすたと遺跡の中に入っていく。
「あ、もう、また先に行きやがって……」
俺はその後を小走りで追いかけた。
遺跡の中は外よりもひんやりとしていて気持ちが良かった。
ほのかに水の音がすることからどこかから水が通っていることが分かる。
意外と暗いと思っていたのだがそんなことはなく、少なくとも普通に探索する分には申し分ない程度の明るさは保たれていた。
「不思議な場所だな……」
「壁がほのかに光ってますよ。」
凪沙が珍しそうに弱い光を放つ壁に触れる。
「うーん、冷たいです。」
「凄いな……神秘という言葉がぴったりだ。」
そんな時、凪沙がはっとして顔を上げる。
「……お師匠様、子供の泣き声が聞こえませんか?」
「は? ……ん、本当だ。迷子か?」
「あっちから聞こえる気がします!」
凪沙は声が聞こえたと思われる咆哮へ一目散に走り出す。
俺が制止しようとしても止まる気は毛頭ないようだ。仕方なく俺も彼女を追う。
「はぁ、おい、いきなり走って怪我でもしたらどうするって、その子か。」
俺が凪沙に追いつくと凪沙は小さい子供と手をつないでいた。
涙ぐんだその女の子は寂しそうに俺を見上げる。
「ぐすっ、お父さんお母さんとはぐれちゃったの……」
女の子は涙を袖口で拭いながらそう呟く。
「お師匠様、ここからなら入口の方が近いですよね?」
「ああ、そうだな。」
「戻ります。お師匠様は先に帰っててください。」
凪沙はそういうと女の子の手を引いて入口へと戻り始める。
はあ、こうやって全部一人でやろうとするのは師匠の俺に似たのか、それとも最初からなのか……
「俺も親探し手伝うよ。二人の方が効率良いだろ。」
「……ありがとうございます。」
こうして二人で仲良く入り口に向かって逆走し始めたのだった。
☆
「本当にありがとうございました!」
「いえ、当然のことをしたまでです。」
何とか少女の親を見つけることができたが、時刻はすでに日が大きく傾いてからだった。
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう。」
「うん、もうお母さんたちとはぐれちゃだめだよ?」
「うん!」
凪沙は優しく少女に微笑みかけ、その姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「ふう、見つかってよかったですね。」
「そうだな……なあ。お前は良かったのか?」
俺は凪沙にそう問いかける。
「何がですか?」
「いや、自分の観光は良かったのかなって。」
「ああ……でも女の子と一緒にいろんなところを見て回れたので結果オーライですかね。」
凪沙はそう言って今日一番の笑顔を見せた。
「……優しいな、凪沙は。」
「そんなに褒めないでくださいよぉ!」
照れながらくねくねと体を動かす凪沙に俺は微笑む。
「お前の師匠になれてよかったよ。」
「え、なんですか?」
俺の呟いた一言は波音にかき消されたのか、凪沙には届かなかったようだ。
「さて、帰るか。」
「なんですかー? 教えてくださいよぉ!」
こうして、俺たち二人の初めての二人きりの一日が終わったのだった。
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