第九十八話 Side Girls
お待たせしました、最新話です。
時は少々遡る――
男子たちがいかに覗くかと騒ぎ合っている少し前、女子たちは入浴を始めた。
「ここ温泉らしいわよ。癒されそうね!」
カームは両手を大きく広げて伸びをしながら更衣室に入っていく。
他の女子たちもそれに続いて女湯と書かれた暖簾をくぐる。
「昨日は温泉営業時間外で入れなかったの。今日からはここを使えるの。」
ニアの教師情報に皆は安心のため息をつく。
「部屋についておったのは狭かったからのう。」
「いや、それはタマモちゃんが一緒に入ろうとするからじゃ……」
「ダメですよカッツェさん! 日本には古来から裸の付き合いという言葉がありましてね……」
凪沙が自分がただ一緒に風呂に入りたいだけの願望を正当化でもするかのように知識をひけらかし始める。
「いや、ここ日本じゃないし。早く入りましょ?」
カームはいち早く服を脱ぎ始める。すぐさま露になるその双丘に全員の視線が集まった。
「な、なによ……?」
「いやぁ、立派なものをお持ちですね! カームさん……」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる凪沙にカームは寒気を覚えたかのように身震いをする。
「ま、また昨日みたいに寄ってくる気なの?」
「そんなそんな、今日は大浴場ですし、あんなに寄り付くなんてしませんよ。昨日は狭かったせいなんですから。」
かつてここまで信じられない発言があっただろうか。誰がどう考えても嘘であるその発言はあえてスルーされる。
「先に温まらせてもらうぞ。」
タマモは恥じらいもなく一糸纏わぬ姿になると浴場への扉を開こうとする。
性格がアレなせいで普段はアレだが、こうしてみるとやはり抜群の美人である。
「くっ、勝てるところが一切無い……」
「黒髪というハンデまで奪われてしまってはもうどうしようもないじゃないですかぁ……」
桃色と黒のボブカットコンビがわめいているがタマモは全く意に介さない。
強者の余裕とでもいうべきだろうか。
「さーて、私も入ろっと。」
続いてカームが浴場へと入っていく。歩くたびに揺れるソレに殺意が向けられる。
「ああいう奴らは一回死ぬべきだと思いませんか?」
今日の桃色髪の猫人は毒舌モードのようだ。
それになぜかどや顔で返す銀幼女。
「ニアはもう少ししたらボンキュッボンの最強お姉さまになるに違いないのよ。お前らと違って、伸びしろがあるの。」
「いや、どう見てもないだろ。」
カッツェの冷静なツッコミがニアのメンタルに刺さる。
「う、うるさいの。いい年して胸がニアとそう変わらないのもなかなか救いようがないと思うの。」
「はぁ? ぶち殺すぞ?」
「やれるもんならやってみるがいいのよ。」
「お二人とも真っ裸で喧嘩しないでくださいよぉ。」
見かねた凪沙が止めに入る。
そこで桃髪と銀髪はこの世の無情さを感じ取ったのだ。
「ナギサさん、ソレはどういうことですか?」
「答えによってはぶち殺すのよ。」
「い、いやぁ……お二人とも落ち着いて……?」
じりじりと壁際に追い詰められる凪沙。もう逃げ場はない。
「おーい、三人とも、入らない……の?」
三人を呼びに戻ってきたカームがその光景を目の当たりにする。
「あれ、ナギサって着やせするタイプだったのね。昨日はタオルで隠してたからわかんなかったわ。」
「「有罪」」
「止めてくださぁい!!」
凪沙は逃げるように浴場へと入っていく。
「おい、待てこら!」
「絶対逃がさないのよ!」
二人も追いかけるが……
「はーい、ストップ!」
カームが二人の道を遮る。
脱衣所とはいえお風呂。カームが先ほど戻ってきたせいで水滴が落ちていた。
二人同時に水によって滑る。
そしてその先にいるのは……
「きゃっ……!?」
二人は同時にカームのその豊満な胸へと顔をうずめる結果となる。
「「・・・・・」」
二人はただただ涙した。
「これが……」
「生まれ持った権能だというの……」
「もー、二人とも危ないじゃない!」
ぷんすかと怒る彼女は知らぬ間に二人の人間の心を砕いていたのだった。
☆
「ふぅ……良いお湯ね。」
日ごろの肩コリをほぐすように自分で肩を揉みながらそうこぼすのはカームだ。
その胸元を二人のまな板が睨みつけているとも知らずに。
「主は覗きに来るじゃろうか?」
「何ワクワクしてるんですか。あのお師匠様ですよ。チキるに決まってますって。」
タマモの問いに対する答えはイエスであるのだが、それはもう少し先の話である。
「そうか……おい、胸が可愛い二人! ちと桶を持ってきてくれんかの?」
「誰が胸が可愛いだ。」
「いい加減本気で怒るのよ。」
とは言いつつも根はやさしいのかきっちり桶を三つ持ってくるカッツェとニア。
この三人はすでに男子の行動を読んでいたのだ。
「流石じゃな、二人とも。さて、ここに……『狐火』」
タマモは弱い狐火を生み出し桶を焼いて焦がすことで字を書き始める。
「『晒すぞ』と、これでよかろう。」
タマモはその桶をカームに投げ渡す。
「おっとと、なんなのこれ?」
「お主ならわかるじゃろ。霧の魔法を得意としておる故湯気に混ぜてそれを唱えておくがよい。まあ、妾はむしろ襲ってきてもらっても構わんのだが……」
そのタマモの忠告でカームは意図を察したのか、「なるほどね。」と呟くと魔法を唱え、霧を女湯の上空に生み出す。
「これで凝視されない限りは人影すら見つけられないはずよ。」
「流石じゃな。あとは投げつけるだけじゃが……」
タマモはここで耳を澄ました。狐の聴力か、それとも単純に自身の魔力の力か、男湯の声を聴きとっているようだ。
「ふむ。まだ作戦会議といったところじゃの。しばし、ゆっくりしようではないか。」
ニアとカッツェは行儀悪くも温泉の湯船で浮いていた。
その様子はさながら……
「ビート板……」
「おいこら誰がビート板だ。」
カームはそっぽを向く。
凪沙は湯船につかりながらも本当に覗きに来るのか上空を見つめ続けていた。
「うーん、霧でいまいち見えないし、気にしてもしょうがないですかねぇ……」
「凪沙。なんでみんながクリンゲルたちの行動を予測できるのか不思議そうな顔をしているの。」
ニアがビート板状態で凪沙の前に流れてきて、話し始める。
「いや、別にそんなピンポイントにそれだけを考えては無いですけど、はい。」
「その答えは簡単なの。みんなクリンゲルを信じているのよ。」
「え?」
「クリンゲルはいい意味でも悪い意味でも期待を裏切らないのよ。だからクリンゲルを信じているからこそ、こうやってぶちのめす準備をしてるの。」
ニアはどや顔でそう締めくくる。
「良い話みたいに締めてますけど覗かれるだけの話ですからね。」
「覗きは犯罪なのっ!」
「いや、でもニアちゃん覗かれても全く影響なさそうな体をしているようぶべらぁ!?」
「自業自得なの。」
凪沙の顔面に容赦ないオーバーヘッドキックを叩き込んだニアはため息をついて普通に湯船に浸かった。
「ん、魔法の気配なの。タマモ! カーム! 来るのよ!」
「ふむ。……もう少し、5、4、3、2、1、来た。」
「よいしょっ!」
カームはタマモの合図通りに桶を投げた。
するとどうだろう。上空からカエルのような悲鳴が三つも聞こえてきたではないか。
「ばっちりね。」
「これで安心して温泉を楽しめますぅ。」
カッツェはそういうがバタバタしていた原因の八割はカッツェが騒いでいたせいだと思われる。
「ふーむ、惜しいことをしたかの。覗いてもらった方が良かったような気もせんことはないが……」
「タマモは頭のねじが数本吹き飛んでるの。」
この後女子は楽しく会話をしながら温泉でたっぷり疲れを癒しましたとさ。
一人は気絶していたけれども。
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