責任
エストの涙も枯れ果てて、徐々に落ち着きが戻ってきた。蒲原はその変化をみると、エストに声をかけた。
「エスト・マーセ…さん?まずはソファに座ってもらえますか、そして少し話をしませんか」
促されるままにエストはソファに深く座り込む。
「どこから聞けばいいんだろう?おっと、まずは僕の自己紹介をするのがセオリーですよね…僕は蒲原清、年は十六、趣味は読書かな。そして今現在の僕の認識では、僕とこの建物、市立中央図書館を召喚したのがエスト・マーセさん、あなたですね」
「ああ、お前とこの館を召喚したのは私だ」
「僕のことは蒲原でいいです。そして召喚の目的は世界の破壊でしたね?」
「そうだ、私は世界を滅ぼすためにカンバラ、お前とこの館を召喚した」
「なぜ、僕と図書館なんかを召喚したんです?」
「違う…違うんだ、世界を滅ぼすために悪魔を召喚するはずだった。全ては完璧だったはず。なのに!お前が召喚された!しかも私は世界を滅ぼす理由さえも思い出せない!」
突然の絶叫に蒲原の表情が歪む。
「私の記憶の中のどこを探しても見つからないんだ!どうしてお前を召喚し世界を滅ぼそうとしたかが!この世界をめちゃくちゃにして得る目的、それが分からなければ私は何のために召喚したか分からないっ!」
エストはここまで一気に口から言葉を吐き出した。荒くなった息遣いが、二人だけの静かな図書館に浸透していく。
「…君にはすまないことをしたと思ってる。何処から召喚されてきたのかは分からないが、君を元の場所に戻す方法は存在しない。悪魔相手にならば存分に暴れろといえたが、君じゃあ暴れたとしても私の住む館の者に殺されるのが君の人生の終わり方だろう」
「戻れないんですね」
「ああ」
「確かに僕が暴れたとしても、たいした被害は出ないでませんね。きっとエスト・マーセさんが言うとおりに犯罪者として罰せられるのがオチでしょう。それと目的のものが召喚されなくて悲しんでいるところ悪いのですが、僕はこの先どうすればいいのですか?」
「それは…」
言葉につまったようだ。しかしエストは頭のどこかで考えていたはずだ。この少年の今後についてどうにかしなければならないと。
「エスト・マーセさん。召喚した責任、取っていただきましょうか」
「…ああ、分かった。責任は取る」
エストは言ってしまった。いや、彼が彼女にそう言わせるだけの気迫を持っていたのだ。
その後、しばし無言が続く。その静寂を終わらせたのは蒲原のほうだった。
「エスト・マーセさん、あなたは僕に目的を果たせるだけの力を感じていないと思います。当然、僕だけでは無理でしょう…しかしあなたが召喚したのは僕だけではない」
「しかしカンバラ、お前しか召喚されたものはいないじゃないか」
「いいえ、違います。エスト・マーセさん、あなたは僕だけではなく、図書館という人類の知識の結晶を召喚したのです」
少年は自らに言い聞かせるようにして話を続ける。
「僕は一人ではない、この五十万を超える本たちとともにある。どこかの人はいいました。知識チートは無敵と…」
「最後の言葉はどういう意味なんだ?」
「エスト・マーセさん、あなたの願いを叶えることが僕と、この本たちなら出来るかもしれません」
「ど、どういう?本当なのか?」
「本は知識の結晶、そしてその知識の結晶体である図書館は力の結晶でもある。要するに図書館の本の知識を使えば、あなたの願いをかなえられるかもしれない」
「本当か…本当なのか?」
「これが本当かどうかは、この世界の情報を集めなければ分かりません。僕は図書館にある本の知識を提供します。なのであなたはこの世界の情報の提供と僕の生活の保障を欲しいです。いや、お願いします」
エストは思考した。蒲原のいうことが本当なのかは分からない。しかし今の彼女はその甘い言葉に乗ってしまいたい誘惑に駆られていた。いくらエストが幽閉されているといっても、王国で、もっとも広大で肥沃な土地を所有する領主の娘だ。一人の人間の生活を保障するくらいなら簡単に出来た。そこでエストは蒲原のいうことが本当なのかを確かめることにした。
「私の知っている書庫とこのトショカンなる書庫。そこまで違いがあるようには思えないが、そこまでお前…いやカンバラが主張する理由を教えてくれ」
「分かりました。理由を教えます。今回のような異世界召喚物のケースでは世界が中世ヨーロッパ風と決まっています。そしてその世界の技術や知識を基本的に僕の住んでいた世界のものより劣っている。だから僕のいた世界の知識である、この図書館の本たちが役に立つ…ここまで話をしていて自分の偏見と思い込みにはウンザリさせられます。ごめんなさい、もしかしたら難しいかもしれません。とにかくこの世界を情報を教えてください」
蒲原は頭を深く下げた。
「ああ、チュウセイヨーロパはいまいち分からないが、私がいる世界の技術を見下しているのは分かった。そして自分のいた世界の技術を驕っていることも」
「そのとおりです」
「だが驕れるだけの実力はあるのだろう?カンバラのいた世界の知識は」
「…はい」
「ならば私に見せ付けるといい、その進んだ知識を」