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蘇生屋  作者: うわの空
6/10

06

 だだっ広い敷地。庭に並ぶ、立派なゴールドクレスト。大きな犬小屋の中にいるクリーム色のゴールデンレトリバーは、僕に向かって吠えもしない。番犬としては役に立たないだろうけど、眠たそうな目でこちらを見上げている犬は、妙に可愛かった。

 小村の家は、僕が想像していたよりも豪邸だった。……僕に金をせびる理由なんて、なかったはずだ。僕の住んでいるボロボロの平屋を、小村に見せてやりたい。


「別荘みたいな家ねー」


 雪さんが、感心したような声を出す。そんな彼女の左手には、空になった牛乳瓶が握られている。……捨てる場所がなかったらしい。僕は苦笑しながら、雪さんに話しかけた。


「雪さん、僕はね。小村にいつもお金を要求されてました。……どうですか、この家を見て。お金に困窮してるように見えますか」


「――さあ?」


 『そんな風には見えないね』と返してくれると思いこんでいた僕は思わず、「え?」と声を漏らした。雪さんは吠えないゴールデンレトリバーを見ながら、


「森野君が納得するように考えれば? 私は何も言わないよ」


 どこか突き放すように、そう言った。



 ……僕が、納得?

 

 違和感を、僕は振り払おうとする。ここで迷ってちゃだめだ。


 小村は『金持ちのボンボン』で、『何の苦労もなく生きて』きて、――なのに『暇つぶしのために僕に金をせびってくる』ような、『他人に悪い影響しか与えない人間』なんだ。



 そうだ、だから。こいつが死んだって、問題ない。

 僕がこいつを殺したって、誰かが困るわけでも、地球が爆発するわけでもない。

 いやむしろ、こいつが生きていたせいで困っていた人間はたくさんいたはずだ。僕みたいに。


 そうだ。僕がやったことは、間違えてなかった。

 これから選択することだって、間違いじゃないさ。



「雪さん、僕は……」


 そう言いかけたところで、小村の家の扉が開いた。心臓が早鐘を打つ。その音とは対照的に、僕はゆっくりと後ろを振り仰いだ。

 振り仰ぐと、そこには、


 そこには、やつれた中年女性が立っていた。


 こけた頬。土色の肌。乱れた髪。落ちくぼんだ、目。

 その姿が、働きづめで疲れきっている母の姿と被って、僕は言葉に詰まった。


 女性の横に立っていた二十代の男性が、僕に気付いて軽く会釈した。それにつられて、僕もお辞儀をする。小村のお兄さんだと思われるその男性は、僕の制服を見て、困ったように笑った。


「……もしかして、仁志のクラスメイトかな? ごめんね。今からちょっと出かけるから――」


「あ、はい……」


「仁志? 仁志が帰ってきたの!?」


 男性の隣にいた女性が、ひときわ大きな声を出す。驚いている僕に向かって飛びかかろうとする女性を、男性が必死になって引きとめた。


「母さん!! あれは仁志じゃない!! 仁志は――」


「嘘!! 仁志が帰ってきた!! 仁志、仁志が」


 女性、……いや、小村の母親はそこで言葉を切ると、子供のように声をあげて泣き始めた。


「――ごめんね。今日はちょっと……」


 小村の兄は気まずそうにそう言うと、扉を閉めた。――それでも。隙間から漏れ聞こえる、悲鳴。小村の名前を呼び続ける、声。

 突き付けられる、現実。




 僕は、小村仁志を、殺した。

 人の命を、奪った。




『森野君が納得するように考えれば?』


 そう。僕は、僕を納得させようとしていた。

 あいつを完璧な悪者に仕立てあげて、あいつが死んでも悲しむ奴なんか誰もいないって思いこんで、心の中で手を合わせて、――それだけで終わらせようとした。

 病死なら、丸く収まると思っていた。けれど。病死だろうが殺人だろうが、


 人が死ぬという事実は、同じだ。



 仁志、仁志と名前を呼ぶ声が止まらない。

 僕の心臓の、音も。



『守はね、お母さんにとって大切な子なんだ。だからどうか、どうかこのまま……』



 ――死なないで。



「……雪さん」


 終始無言だった彼女に、僕は声をかける。扉の向こうを見ていた彼女は、僕の方に顔を向けた。――笑って、いなかった。


「雪さん。僕は……」


 小村の名前を呼ぶ声。呼び続ける、声。


「僕は、生きて償います。死ぬまで償います。……『あいつ』に、殺されちゃうかもしれないけど。それくらいのことをしたんだ、僕は。――だから」


 僕は力なく笑う。思い浮かぶ母の顔。けれど、僕は。



「雪さん。小村を、……小村を、生き返らせてください」




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