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蘇生屋  作者: うわの空
5/10

05

「おはよう、森野君。まだ迷ってるみたいだねー」


 泣き腫らした僕の目を見て、雪さんは笑った。まぶたが酷く腫れているせいで、目をあけることすら困難な僕は、彼女の顔を睨み返すこともできない。睨んだところで、相当間抜けな顔になるだろうとも思う。

 雪さんは今日も、茶色のコートに黒のブーツだ。……ファッションには興味のないタイプなのだろうか。僕は家の鍵を閉めると、わざと人通りの少ない道を歩き始めた。当たり前のように隣を歩く彼女に、僕は問いかける。


「……僕みたいな客は久しぶりって言ってましたね。他の客は、迷ったりしないんですか」


「迷うといえば迷うけど、森野君ほど悩まないわ」


 彼女は僕の顔を見てもう一度笑うと、


「――本当はもう、あなたの中で答えは出てるはずなんだけどね」


 白い息を吐き出しながら、そう言った。僕は眉をひそめる。生き返らせるか、見殺しにするか。僕はまだ決められていない。それなのに。


「僕の中で、答えが出ている……?」


 彼女の顔を見上げる。彼女はもう、笑っていなかった。


「ええ。そうやって泣いて迷ってる段階で、答えは出てるの。――今の森野君に必要なのはね、」



 ――勇気。


 授業中にもかかわらず、僕は雪さんの言葉を思い返していた。ノートの端に、『勇気』と書いてみる。……彼女の言う勇気は、一体なにを指しているのだろうか。


 人を殺したことを認める勇気。

 小村を生き返らせ、殺人未遂犯として生きる勇気。

 母も何もかも、捨てる勇気。


 ――見殺しにする、勇気。



「……どれだ?」


 僕がぼそりと呟くと、前に座っていた女子生徒の肩がびくりと震えた。




 小村こむら仁志ひとし

 近所では有名な『悪ガキ』。不良ともいう。

 万引きは当たり前、恐喝も当たり前、いじめは趣味。

 ただ、一緒につるんでる『悪ガキ』たちの中では、気さくで面倒見がいい奴だと評判。

 補導された仲間を助けるために、警察と喧嘩したこともある。らしい。


 僕は、自分が知っている限りの小村の情報を並べてみて、ため息をついた。……ろくな情報がない。評判がいいのも、仲間内だけだ。

 ……やっぱり、もういいんじゃないのか。



 見殺しにしてしまっても。




「おっ。おかえり、森野少年」


 いつも通り校門前で僕のことを待ち構えていた雪さんは、右手にあんぱんを、左手には牛乳(しかも瓶入り)を持っていた。開いた口がふさがらないというかなんというか、


「……ずいぶん古典的なことをしてますね」


「そう? この組み合わせは最強だと思うのよ。あ、牛乳いる? 身長伸びるよ」


 飲みかけの牛乳を差し出されて、僕は首を振った。あんぱんにかじりついている彼女を置いてけぼりにして、僕はさっさと歩きだす。彼女は慌てて、僕の後ろを追いかけてきた。……あんぱんを、くわえながら。


「……パン食い競争ですか?」


「ちがうちがう。『いっけない! 遅刻しちゃう!』っていうシチュエーション。角を曲がったら、素敵な男性とぶつかるパターンね」


 だからどうしてそんなに古典的なんだ。

 あんぱんをくわえた雪さんから目を逸らして、僕は歩く。


「……で、どこに行く気?」


 自宅とは逆方向に向かっていることに気付いた雪さんが、首をかしげながら尋ねてくる。僕は彼女の顔を一瞬見てから、


「――小村の家に」


 我ながら情けないくらい小さな声で、言った。彼女が、先ほどよりも首をかしげる。


「なんでまた、彼の家に?」


「――……なんとなく」


 なんとなく、小村の家に行くわけがない。僕が彼の家に行こうとしているのは、――謝るためだ。彼と、彼の家族に。……心の中でだけ、謝るために。


「雪さん。僕は多分、今日中に『答え』を出します。蘇生か、見殺しか」


 多分というか、僕の中では既に答えは決まっていた。



 僕は、小村を。



「――そう」


 彼女はうっすらとほほ笑むと、あんぱんの最後の一口を頬張り、……激しくむせた。




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