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蘇生屋  作者: うわの空
4/10

04

 いつもよりも大分早く、母が仕事から帰ってきた。早くといっても、夜の九時過ぎだけれど。


まもる! ニュース見て……。あんたは大丈夫なの!?」


 開口一番、これだ。僕はめまいを感じながら頷いた。母は乱れた髪を整えようともせずに、僕のもとへと近寄ってくる。僕の手を握る母の手はあかぎれが酷く、そして冷たかった。


「小村君って、守のクラスメイトじゃないの。それが、その、殺されたって聞いて……。お母さん、びっくりして」


「大丈夫だから」


 僕が力なく笑うと、母は涙目でため息をついた。


「……ねえ、守。しばらく、学校を休んでもいいんだよ? 外に出るの、怖いでしょう。犯人はまだ捕まってないっていうし、どこにいるかも分からないんだから……」


 心底心配している母の顔を直視できず、僕は母の手を見ながら笑う。


「――大丈夫だよ。どうせもうすぐ春休みになるし。犯人も、……犯人も、きっとすぐに捕まるって」


 まさか僕が。

 まさか僕が犯人だなんて、言えるはずが、なかった。




 このまま小村を『見殺し』にすることを選んだなら、僕はこれからもずっと、この罪悪感を背負って生きていくことになる。たとえ、世間がその『殺人事件』の存在を忘れてしまったとしても。


 僕が殺人犯だという事実は、変わらない。



 エゴだ、と思う。周囲の人から殺人犯扱いされることなく生きていけるくせに、殺人犯だという事実が『自分の中から消えない』ことを嘆くなんて。

 本当に生き返らせることができるのなら、そうするべきなんじゃないのか。たとえ殺人未遂の罪に問われ、周囲から白い目で見られるとしても。誰も殺さずに済むのなら、そちらの道を選んだほうが、まだ。……人間と、して。


「守はね」


 母の声に、僕は現実に引き戻される。母は泣きながら、僕の手をさすっていた。


「守はね、お母さんにとって大切な子なんだ。だからどうか、どうかこのまま……」


 ――だめだ。もしも僕が殺人未遂犯になったのなら、このままじゃいられなくなる。僕だけでなく母だって、皆から冷たい目で見られるに違いない。だとしたら、小村のことは『病死』にしてしまった方が……。


「――ごめん母さん。今日は疲れちゃったから、もう寝るよ」


 僕は早口でそれだけ言うと、母の顔も見ずに自室へと駆け込んだ。




 このまま。

 このままでいる道を選ぶのなら、『病死』にするべきだ。

 そうすれば、母を悲しませずに済む。


 僕が人を殺したと、傷つけたと知ったら、母はどれだけ悲しむだろうか。


 そうだ。僕が小村を殺したという事実は、僕の中にだけ留めておけばいい。

 僕一人で償えばいい。そうすれば、全てが丸く収まるんじゃないか。




 ――ゴトンと音を立てて、本棚からアルバムが落下した。小学校の、卒業アルバムだ。個人写真のページが開かれた状態で、床に落ちている。僕は棚に戻そうと手を伸ばして、……小村の写真に目がいった。機嫌の悪そうな表情。こちらを睨みつけているように見える写真。その写真が、


『今ならまだ、俺を殺さずに済むのに』


 小村の写真が、喋ったように見えた。小村の写真は無表情のまま、口を開く。僕は、目が離せない。


『今ならまだ、蘇生させることができるのに。見殺しかよ。――この、ヒトゴロシ』


「うっ……」


 僕は口元に手を当てて、小さく呻いた。小村の写真の上に、僕の涙が零れおちる。

 ――そうだ。雪さんの話が本当なら、今ならまだ、小村を助けることができる。それを僕は、見殺しにするのか? 僕は。……僕は。

 殺意がなかったわけじゃない。けれど、殺すつもりは、なかったんだ。


 生き返ったら、小村は僕に復讐しようとするだろうか。僕は、殺されるだろうか。


『ヒトゴロシ』


 小村の写真がもう一度、僕に向かって吐き捨てた。僕は慌ててペン立てから黒の油性マジックを取り出すと、小村の写真を塗りつぶそうとして、――手を止めた。


 写真を塗りつぶす。存在を消す。……小村を殺す。


 僕、が?



『ヒトゴロシ、ヒトゴロシ、ヒトゴロシ……』



 僕は勢いよくアルバムを閉じると、小村の血がこびりついていた自分の左手を黒く塗りつぶしながら、むせび泣いた。




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