03
全校集会が開かれ、ホームルームでもその話題は登場し、ニュースでもその事件は取り上げられ、「誰かに殺された可愛そうな小村君」の話は、学校中の誰もが知る話題となった。
けれど誰も、「犯人」のことは、知らない。
校門から青白い顔でフラフラと出てきた僕に、彼女は「おかえり」と声をかけてきた。彼女と話している姿を目撃されるのが嫌で、僕は人気のない場所まで無言で移動する。そんな僕の様子など気にする風でもなく、彼女は平気で話を続ける。
「あら。どうしたの、頬。痛そうじゃない」
金田に殴られた頬。そこに伸ばされる右手を、僕は思いっきり振り払った。一瞬触れた彼女の手がひどく冷たくて、僕は驚く。
「――ずっと、僕のこと待ってたんですか」
「まあね。お客様だし」
「……僕に殺されるかもしれない、とは思わないんですか。僕は殺人者なんですよ? 口封じを考えたって、おかしくないじゃないですか。なのに――」
彼女は一瞬キョトンとしてから、文字通り腹を抱えて笑いはじめた。……僕の言ったことは、そんなにおかしかっただろうか。
「――ああ、ごめん。あなたの話がおかしかったわけじゃないの。いや、おかしかったけど。そんな生気のない青白い顔で、殺すなんて言われても、……っ」
彼女はそこまで言うと、盛大に吹き出した。自分の言葉に、自分でウケているらしい。僕は笑い転げる彼女を、ただただ見守り続けた。
やがて笑い終えた彼女は、大きなため息をついた。
「君、えーっと、森野君だっけ? せっかくだし、いいことを教えてあげよう。まず、私は『例の話』を誰かに告げ口するつもりはない。それから」
先ほどまでとは百八十度変わった、表情。言葉にするなら同じ、『笑顔』だ。
けれどそれはまるで、
「私はね、殺されても死なないの。不死身っていえば、分かりやすいかな」
まるで、悪魔のような、笑顔だった。
「――死なないって、それは一体」
「そんなことより、どうするか決めた? 小村君のこと」
彼女に訊かれて、僕は口をつぐんだ。拳を握りしめ、わざと爪を喰い込ませる。
小村のこと。小村、の。
「……決めてないんだねー。森野君は、分かりやすい」
僕の様子を見て、彼女はうっすらと笑みを浮かべた。僕は彼女から目をそむける。彼女から、いや、――現実から。
そんな僕の心中まで見透かしたかのように、彼女はふっと息を吐いた。
「一応言っておく。小村君の遺体が焼却された時点で、私とあなたの契約は破棄。あなたは多分、警察に捕まるわ。殺人者として、ね」
「――でもっ」
「今、『小村君を殺した犯人』の手掛かりが見つかっていないのは、私が『お客様』のためにあれこれやってるからよ。もしも契約不成立となれば、そんなことをする必要も義理もない。……あなたの指紋がべったりついたナイフやらなんやら、いろいろ出てくるでしょうね」
彼女の言葉に、僕は愕然とする。
――ナイフ。そういえば僕は、小村を刺したナイフを、どうした?
「あ、あなたが持ってるんですか? あのナイフ」
「さあ?」
彼女ははぐらかすように肩をすくめると、白い息を吐きだした。
「殺人犯になりたくないのなら、選んでよ。彼を蘇生させるか、『病死』にするか」
「…………」
「――森野君。あなた、本当に分かりやすいね。君みたいなお客様は、久しぶりかも」
「え……?」
見上げると、ほほ笑んでいる彼女と目があった。ぱっとしないグラビアアイドルみたいだと思った、その顔。けれど彼女は、昨夜の僕が思っていた以上に綺麗だった。
――ぱっとしていないのは顔ではなく、彼女の表情に影があるからだ。
彼女は僕に背中を向けると、さっさと歩き始めた。顔を少しだけこちらに向けて、いたずらをする子供のように、こっそりと声を出す。
「じゃあね、森野君。どちらにするか、決めたら教えて」
「あのっ……」
彼女を呼び止めようとして、僕は気付いた。……そういえば。
「――……あなたの名前は? まだ、聞いてない」
僕に向かってひらひらと片手を振っていた彼女の動きが、ぴたりと止まる。
「――名前、ね。蘇生屋、じゃダメ?」
「…………呼びにくいです」
「それもそうか」
彼女は曇り空を見上げると、
「じゃあ、雪でいいわ。雪って呼んで」
そこから降り始めた白いものを見ながら、どうでもよさそうに言った。