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蘇生屋  作者: うわの空
2/10

02

 朝、ロールパンを食べていた僕は急いでトイレへと向かった。便器に顔を突っ込み、胃がそのまま出てくるんじゃないかと思うくらい、激しく嘔吐した。


 僕が、朝食を摂りながら見ていたニュース。


『男子中学生の刺殺体見つかる 犯人の手掛かりはなし』





「……どうする? 私と契約する? それとも普通に、殺人罪で捕まっちゃう?」


 ――昨夜。小村を殺したあの河原で、彼女は殺人者の僕を見て笑った。目撃者の彼女は余裕たっぷり、殺人者の僕は余裕のない表情だ。

 このまま何もしなければ小村は死んで、僕は捕まる。

 彼女と『契約』した場合、選べる道は二つだ。


 小村を生き返らせ、殺人未遂犯として生きるか。

 小村の死因を『病死』として終わらせる代わりに、人を殺した罪を自分の中で背負い続けるか。


 僕はごくりと唾を飲み込み、彼女の顔を睨んだ。


「――……あなたの話は」


「信じられない? なら、それでもいいわ。小村君は、このまま見殺しね」


 ――見殺し。

 その単語が引っ掛かって、僕はまた言葉に詰まる。彼女はくつくつと笑うと、小村の遺体がある方へと目を向けた。


「このままだと、小村君、朝方には誰かに発見されちゃうでしょうね。――生き返らせるかどうかは、彼の遺体が燃やされるまでに決めて。燃やされちゃったらもう、私の力じゃ蘇生できないから。……とりあえず、蘇生の件は置いておくとして、私とは『契約する』ということでいいかしら?」


 僕が無言で力なく頷くと、彼女は思い出したように言った。


「契約する場合、対価がいるわ」


「たいか?」


「代金みたいなもの。――まあ、その話はおいおい、ね。あなたがどちらの道を選ぶかで、対価も変わるし。……ああ、安心して。中学二年のあなたに、お金を要求したりはしないから。それに、――……人を殺した対価はね、そんなものじゃない」


 彼女はそう言うと、冷たく白い月を見上げた。





 僕は学校に行く準備を整えると、外に出た。母はすでに出勤していたので、扉に鍵をかける。寒さではなく、恐怖のせいで手が震えて、鍵を鍵穴に差し込むのに酷く時間がかかった。


 小村を生き返らせるか。それとも病死にするか。

 どうする。どうすれば――。


「学校行くんだ。律儀ね」


 いきなり後ろから声をかけられて、僕はぎょっとした。振り返ると、昨夜と同じ姿の彼女がそこにいた。相変わらず、薄い笑みを浮かべて。

 昨夜の彼女の言葉を思い出す。



『あなたが捜査線上に浮かばないよう、上手く処理するから安心して。お客様あなたが警察に連行されちゃったら、私としても面倒だから』



「顔色悪いよ。学校、休めばいいのに」


 彼女の言葉に、僕は首を振る。疑われるとかそんな問題ではなく、学校にはきちんと行っておきたかった。じゃなきゃ、苦しい生活にも関わらず、僕を学校に行かせてくれている母にあわせる顔がない。……いや、小村を殺してしまった段階で、あわせる顔はないんだけれど。


「ニュースで、小村のことやってました」


 僕が小声で言うと、彼女は「ああ」と納得したように頷いた。


「安心して。もしもあなたが『見殺し』を選んだ場合、あのニュースのことも事件のことも、皆はきれいさっぱり忘れちゃうから。――あなた以外は、ね」


 彼女はそう言いきって、「早くしないと遅刻するよ」と笑った。





 教室の空気は、異様に重かった。

 小村の死を悼んでいるのか、誰も口を開こうとしない。小村と仲の良かった奴らも、黙りこんでいる。

 ――昨日、僕が小村を殺したところを、誰か目撃してるんじゃないのか。

 僕はおどおどと周りを見渡しながら、自分の机へと向かった。


「待てよ、森野」


 声をかけられ、僕はそちらに顔を向ける。顔を向けなくとも、誰が声を出したのかは分かっていた。小村と一番仲の良かった、金田かねだだ。


「――お前じゃねえのか。小村をったの」


 怒っている。はっきりとそう思えるくらい、金田の声は震えていた。


「……僕じゃない」


「ふざけんな。お前以外の誰が、小村を殺すってんだ。いじめられてた腹いせに、刺したんだろ? お前が!!」


「僕じゃ、ない」


 どうして『僕じゃない』と言いきれたのか、自分でも分からない。小村を殺したのは、確かに僕のはずなのに。なのに、


「僕が殺したって証拠が、どこにあるの?」


 こんなことを平然と言ってしまう自分に、内心で驚いていた。


「てめえ!!」


 金田の右拳が、僕の左頬に直撃する。自分の後ろにあった机ごと吹っ飛ばされ、僕は背中から倒れこんだ。女子の小さな悲鳴。けれど、金田を非難する者は誰もいない。


 ――そうだ。このクラスの中で、小村を殺しそうな人間なんて、いじめられてた僕以外いないもんな。


 僕は近くにいた女子の方に目をやる。彼女は、……明らかに怯えていた。

 この喧嘩自体にではなく、――僕に、怯えていた。



 ああ。僕はこのクラスで、『完璧に黒に近い容疑者』なんだ。



 『容疑者』でもこうなんだ。

 それが『殺人未遂犯』になったら?

 人殺しでなくても、完璧に黒になったなら。



 小村を生き返らせ、殺人未遂犯になることを想像し、僕は笑った。



 ――僕は、どうすればいい。




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