10
「雨の日ってさあ、古傷が疼くんだよな」
「古傷?」
「バカ。お前が俺を刺した傷跡に決まってんだろ!?」
「ああ、ごめんごめん」
「軽く謝ってるんじゃねえよ、バカ」
信じられないことにというか、おかしなことにというか。僕と小村はあの事件以来、何故か仲良くなっていた。小村は不良少年を卒業し、『殺人未遂犯』になった僕のことを庇ってくれた。そしてやたらとつるむようになり、――いまは、同じ大学に通っている。
駅から大学までの道のりを、僕と小村は二人並んで歩いていた。これももう、おなじみの光景だ。……中学生の頃の僕が見たら、びっくりする光景だろうけど。
横断歩道の信号が赤になったのを見て、小村と僕は立ち止まった。僕らの目の前を、大型トラックが通り過ぎていく。小村は前を見たまま、ため息をついた。
「……まあ、俺もあの時は悪かったしなあ。お前のこと、いじめまくってたし」
「そうそう。金ばっかりせびられて、大変だったよ」
「その金はもう、返済しただろ!?」
「利子は?」
「はあ!?」
……小村が死ななくてよかったな、と本気で思う。もしも死んでいたら、今頃こんな風に話せていないし、僕は一生小村を怨んだまま。彼のことを、誤解したままだ。
――けれど。
「どしたよ森野。しんみょーな顔しちまって」
「……僕さあ、なんか忘れてる気がするんだよね」
「なんかって、なんだよ」
「それを覚えてたら、忘れてるって言わないよ」
そう。僕は何か、重大なことを忘れてる気がする。
小村を刺した時。あの時、誰かが側にいたような。
そして、何かを。
「選べって、言われたような……」
「はあ?」
小村を刺したことは覚えている。二万円を要求されて、途方にくれた僕は果物ナイフを忍ばせ、河原へと向かった。そしてそのナイフで、小村の腹を刺した。そのあと、携帯で救急車を呼んで、――――。
「……だめだ、思い出せない」
「そのうち思い出すんじゃねえか? 思い出したいことってさ、思い出そうとすればするほど、余計に思い出せなくなるだろ」
「……そうかなあ」
「案外、どうでもいいことなんじゃねえの? 思い出せないくらいのことなんだから」
信号が、青に変わった。
へらへらと笑いながら歩き出した小村の後ろを、僕はとぼとぼと歩きだす。
向こうから女性が一人、こちらに向かってやってきた。僕は何となく、女性の方に目を向ける。
この時期にしては厚めの、丈の長い茶色のコート。それから、黒いブーツ。
「――……?」
なんだ、この違和感。コートの厚さ、だろうか。
……いや。そうじゃなくて、もっと、別の――……。
「おーい。早くしないと信号変わっちまうぞー」
「あ、ああ」
小村に急かされ、僕は走りだす。そんな僕の後ろ姿に向かって、
「――ばいばい、森野君」
女性がそう呟いたことに、僕は気付けなかった。