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後編

「明日の夜のフライトで、行くことになったよ。」


昨日の送迎会、隣に座った彼が告げた言葉に、私は小さく頷いた。


本日の主役である彼は人気者で、ようやく話せたのは、会もそろそろ終わり頃という時だった。

ちょっとだけ疲れたような表情で、首元のネクタイを緩める。


そんな椎谷を黙って見つめていると、ふと彼がこちらを振り向いた。


 「なんか、今日はおとなしくね?」


そう言うと、ふっと気が抜けたように笑った。


 「ちょっとは、寂しく思ってくれてたりして。」

 「な、なに言ってるのよ!」


慌てて返すと、だよな~と言いながら、ビールが入ったグラスを口元に運ぶ。


本当はもっと話したいことがあるのに。

格好いい言葉を言って、私という存在を印象付けてやりたいのに。

言いたかった言葉はまるで思い出せず、ただ黙ったまま時が流れる。




結局その日は何も話せず、今日も椎谷は朝から挨拶回りで忙しそうで

話しかける隙もなかった。


これでいいのかもしれない。

今更何を話しかけていいのかも分からないし、希望にあふれる彼を邪魔したくない。

涙で霞む椎谷の姿を視界にいれながら鼻をすすっていると、上司が大声で私を呼んだ。


「佐伯。お前、最後ぐらい同期をちゃんと見送れ!」


その声で皆の視線が私に注目し、椎谷を囲んでいた輪が開け、道が出来あがる。

逃げようにも逃げられず、そっと伏せていた目をあげると、椎谷は苦笑しながらまっすぐ私を見ていた。

周りの人たちは静まり返り、今か今かと私が話しだすのを待っている。


仕方ない。

覚悟を決めて、私はマスクをしたまま口を開いた。


「椎谷。念願の海外赴任おめでとう!私は…。」


その後は、言葉がつながらなかった。


いろいろな思い出が走馬灯のように巡り、

いろいろな感情が胸を渦巻いた。

一緒に走ってきた6年間、泣いたり、笑ったり、いろいろあったけれど

私は楽しかった。

あなたと一緒にいろいろなことを経験できて嬉しかった。


だから、


だから、一番言いたいことは…。


目を閉じて、しっかり深呼吸してから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「私は…大丈夫だよっ! だから、しっかり勉強してこいっ!」


そう言った途端、周りがどっと爆笑し、上司も「佐伯らしいな。」と苦笑する。

椎谷もちょっとほっとしたような顔を見せて、笑ってくれた。



心配させたくなくて、安心させたくて、

笑顔で送り出してあげたかった。


私は大丈夫。

そして、それは自分に言い聞かせるための呪文。

心の中で繰り返し唱えていれば、きっと一人でも大丈夫。

そう今は信じていたかった。




そうして、椎谷は行ってしまった。

私は心の中がからっぽになったような気がして、涙さえももう出てこなかった。


仕事を終え、夕焼けのプラットホームでぼんやりと電車を待っていると、

風が冷たく吹き付ける。

もう4月だというのに、どうしてこんなに寒いんだろう。

私はスカーフを巻こうと、鞄の中を探しているうちに、別れ際に椎谷から渡された本が目に留まった。


それは、もうずっと前に彼に貸した本で、今日やっと返してくれたものだった。

ブックカバーの端が袋になっているところに、きちんと本の表紙の端がしまわれていて、

それが意外と几帳面な彼らしくて、思わず笑ってしまった。


そして、ふと、その本にしおりが挟んであるのに気がついた。

気になって見てみると、そこには一枚のメッセージカードが入っていた。



「佐伯へ。


 今まで本当にありがとう。

 佐伯がいたから、今日まで頑張れたんだと思うよ。

 本当に感謝してます。

 

 佐伯は強いから、いつも一人でがんばっちゃうけれど、

 ためこんだら駄目だよ。

 無理しちゃ駄目だよ。

 

 なにひとつ約束はできないけれど、

 これだけは言える。

 佐伯はひとりじゃない。

 俺はずっと味方だから。

 

 きっと会いにいく。

 

 それまで元気で、体には気をつけて!

  

                     椎谷 宏太」



「椎谷が行っちゃうほうなのに、私を励ましてどうするのよ…。」


枯れ果てたはずの涙が一粒頬をつたう。

少し笑って、少しだけまた泣いた。


不思議。

椎谷には、なんで私の気持ちがわかっちゃうんだろう。

そして、椎名の言葉にどうしてこんなに安心できるんだろう。


フライトまでまだ時間があるはず。

彼に電話をかけよう。

そして、まだ言えてない、本当の、私の一番言いたかった言葉を言うんだ。


震える指で、携帯の通話ボタンを押すと、コールが鳴って、やがて声が聞こえた。

「もしもし。佐伯?」

「あのね、私まだ言ってないことがあるの。」


春のお話でした。


人に想いを伝えるのは難しいですよね…。

でも言わないと一生分からない。

この二人は、うまくいってくれるといいな~(他人事・笑)

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