柿泥棒
庭先に落ちた柿を拾う。いまどき柿泥棒なんて珍しい。そう思いながら、犯人に投げてやる。
どうせ近所に配って余るくらい沢山取れるし、上の方の実は鳥たちの餌だ。
「えっ?」
驚いたのは、犯人だった。木の枝に立って柿を取り落とした和服の少女。見た目は十歳より少し幼いくらい。おかっぱ頭で、矢絣模様の赤い着物を着ている。
「わたしのこと、見えているのっ!?」
慌てふためいた少女は枝から落ちそうになって、あわてて幹に掴まった。
「そういう体質なんだ」
妖怪とか、妖とか、もののけとか、言い方はいろいろあるけど、つまりそういう類のやつだ。どういうわけだろうか。昔から、俺にはそういうものが見えてしまう。
「おばけが見えるし、見てもおどろかないしって。ほかにもいるの? 私は見たことないんだけど」
「幽霊なんていないよ。でも、まあ、君がそういうのを見ていないのは、見てもわからないか、忘れているかだと思う。君みたいのは、一見人と見分けがつかないし。それにいわゆる妖怪というやつは、今はもう、ほとんどが山にいる。人里には降りてこない」
去年、用事があって都会に行ったとき雪女を見たけど、ああいうのは例外だ。力が強くて、人に化けられるから出来ること。彼らのほとんどはすでに人との関わりを絶っている。まあ、彼女を妖と呼ぶかは怪しいところであるが。
「そういうものなんだ」
俺の言葉を聞いた少女はどこか悲しそうで、だけど俺には何もしてやれない。そもそも彼らが人の地を去ったのは人に忘れられたからだ。この村にも、風雨にさらされ草に埋もれた道祖神が放置されている。ならば、実りがあり、仲間のいる山で暮らした方が彼らにとってもいいのだろう。
「ねえ。あとなんこか、かきをもらってもいい?」
意を決めたように、少女は俺に頼んできた。
「別にかまわない。どうせ毎年余らせてしまう。だけどおまえが食べるのか? おまえは、ものを食べる必要もないだろう?」
「かきをあげたい子がいるんだ。さっき、そこで見た。おとうとに、そっくりなんだ」
俺は少女を見やる。彼女の着物はとても現代のものには思えなくて、だから死んだのは、きっとずっと、前なのだろう。
「子孫か。孫? それともひ孫か。弟の」
「さあ。わかんない」
どうやら彼女も、それが弟本人ではないことは理解しているらしい。これでそれが弟だと思い込んでいたら面倒だったけれど、そうでないなら、まだ話も分かる。
「仕方ない。1日だけ、付き合ってやる」
「つきあってって、別に私はかきをもらえればいいんだけど」
「それをどうやって渡すんだ? 見える奴なんてのはほとんどいないんだ。落ちてるものを拾って食べるような子どもは、今の日本にいやしない」
「えっと。それは……」
「小さい子どもなんだろ? すぐそばで見たんなら、たぶん家も近所だ。俺と面識はないかもしれないけど、おすそ分けと言って渡すことはできる」
余った柿を近所に配るのは毎年なので、そうそう不審者にもならないだろう。頼むと言ってきたので、少女の集めた柿をビニール袋に詰め、靴に履き替えて家を出た。
畑と田んぼ、古い家が並ぶ田舎道を俺は少女と並んで歩く。
「おとうと、みたいな子を見たのはここ。ほら、ちょうどあそこに柿の木が見える」
「今はもういないな」
まだ残っていれば楽なんだが、さすがにそれはなかったか。
「ちなみに、その子の特徴は?」
「おじさんと同じようなふくをきていた。はでな色の、ふくめんの男が書かれていた」
「おじさんって俺高校生……まあいいや。戦隊もののキャラTシャツね。この辺でそんなの着てる子は見たことないし、帰省してるのかもな。ちょうどお盆だし」
だとすると、俺の知らない子どもの可能性が高い。もう一度見つかるまで探し回るのはさすがに大変すぎるし、家の中に入られたらどうしようもない。別のアプローチが必要だ。
「どうかしたか?」
「ああ。ちょっと考え事。そういえば、弟の子孫なんだよな?」
「そうだとおもう」
「なら、おまえの家に連れてってくれ。帰省してるんならそこにいる可能性が高い」
少女に案内されてきた場所は、この辺りでもそこそこ大きく、そこそこ古い家だった。
「田辺さんとこか。小さい子がいるなんて聞いたことないけど、やっぱ帰省か。なんか道路に車停まってるし」
「おじさん、なにしてるの?」
さてどうしたものかと門の前に立っていると、下の方から幼い声に呼び止められる。
「だからおじさんじゃないんだけど」
文句を言いつつ見下ろす。声をかけてきたのは少女の言った通りキャラもののシャツを着た少年だった。小学校低学年くらいだろうか。目元のあたりが、どこか少女と似ている。
「太助」
少女が話しかけるが、反応はない。当然だ。少女の声は少年の耳に聞こえず、姿は見えず、存在を伝えるすべはない。わかり切っていただろうに、無反応の少年に少女は顔を悲しげにゆがめる。
「ここの家の子か?」
「ううん。おじいちゃんち。ぼくのいえは東京にあるんだ」
「そうか。でも今はこの家に泊まってるんだな?」
「うんっ!」
無邪気な笑顔を向ける少年に、俺は持ってきた袋を手渡した。
「だったら家の人に、これを渡してもらえないか? お裾わけだって言って」
重さに一瞬よろめきながらも、少年は俺から袋を受け取り、期待の籠った目で中を覗きこむ。そして、微妙そうな顔。
「かきはきらい。なんか、ぐちゃぐちゃしてて。それよりチョコとかない?」
無遠慮に、少年はそんなことを言ってきた。社交辞令って言葉を知らないのかこいつはと思ったけど、まだ小学生くらいだし、知ってる方が恐いか。
「チョコはないな。とにかく、ちゃんと渡したから。家の人に渡してくれよ」
「うん。わかった」
少年が中に入っていくのを見送り、俺も田辺家を後にする。なんというか、いたたまれない気持ちになった。
縁側に腰掛けて、少女は俺が切ってやった柿を頬張る。彼らに食事をとる必要はないのだが、別にものを食べられないわけじゃない。
一切れ、ふた切れ、柿を食べて、少女は爪楊枝を持つ手を止めた。
「太助はいつも、柿をとってって言うの。私はいつもぼうを使って、がんばって。だけど家のおじさんに見つかると太助はまっ先ににげて、私だけおこられるの。だけど私がかきをとってあげると、おねえちゃん、ありがとうって言うの」
「そうか」
「やっぱりあれは太助じゃないんだ」
少女の言葉は力なく、うなだれているようだった。それは、知識としては知っていたことを、現実としてつきつけられたせい。少女の言う太助がすでに亡くなっているのか、それとも少年の言っていたおじいちゃんなのかは、わからない。だけど、たとえ存命だったとしても、それは少女にとっての太助ではない。少女にとっての弟は、何十年も前、彼女が置いてけぼりになった時間の中にしか存在しないのだ。
幽霊なんていない。死んだ人の魂はとうに天に召され、この世に残るのは、記憶の残滓のみ。それはただ生前をなぞるだけの、残像だ。
残像は変わらない。何があろうと、日の出と一緒に忘れてしまう。消えてしまうその日まで、同じことを繰り返す。
死んだその日のまま、止まっている。
過去に取り残された残像と、等倍の時間を歩んできた生者。すれ違いは必然で、生まれるのはいつも悲劇ばかり。それでも死んでしまった人に会いたいと願うのは当然で、残された人に伝えたい思いは当然で。きっと傷つくとわかっていても、聞こえた声に耳を貸さずにはいられない。
「もう、行くのか」
いつの間にか、少女は柿を食べ終え、立ち上がっていた。
「うん。わたしはきっと。ここにいちゃいけないんだと思う。山に行くわ。山にはみんながいるんでしょ?」
泣きそうな顔。俺は、頷くことしかできない。
「おいしかったわ。ありがとう。ごちそうさま」
ふわり。少女は空を舞い。
残像が行動を変えるのは、外的要因によるもの。おそらくあの柿を見て、あの子を見て、たまたま少女はあんな行動をしたのだ。明日以降、ここへ来ることはないだろう。
よろしければ高評価、ブックマーク、感想をぜひお願いいたします。




