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代筆屋と迷子の少年  作者: 朱殷


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プロローグ


 そこは日常の裏側に存在する世界。


 その世界に太陽が昇ることはない。満月が空に浮かぶ時間を昼と呼び、薄ら明るい常夜に活動する。

 その世界に人間はいない。妖と呼ばれる異形が人のそれと似通った生活を送っている。そう、思われている。


「ねえ、どうしてお月さんがふたつもあるの?」


 自分の背丈より三倍はあろうかという妖と手を繋ぐ少女は、空いているもう片方の手で空を指差した。


 雲ひとつない星空に浮かぶ、欠けることのない満月。少女は線を結ぶように月と月をなぞると、妖の視線もそれに伴って動く。ははっ、と愛しさに満ちたような優しい笑い声が妖の口から零れる。


「あれは月じゃないよ。よーく見てごらん」


「うーん、わかんないっ!」


 今日の街は妖で溢れていた。少女は何度も大きくジャンプしてみるけれど、深くまで被っていたフードが少女のジャンプに合わせて跳ねるばかりで、し低い視点が揺れ動いたところで月の全容を確認することはできない。


 妖は少女の白い肌が露呈するのを恐れたように、少女の頭をぎこちなく撫でてジャンプを止めさせた。少女は不思議そうに妖を見上げる。


「あれは看板なんだ。代筆屋って言ってね。ほら、月の模様が違うだろう?」


「ほんとだ!うさぎさんの耳が見える!」


「兎――?」


「ママが言ってた通りだ!あのね、お月さんにはうさぎさんが住んでてね――!」


 そして、妖は哀しげにどこか遠くを眺めながら言った。


「――今度、うさぎさんの元へ連れて行ってあげよう」


「良いの!?――約束」


「ああ、約束。この祭りが終わったら」


 代筆屋。満月をモチーフにした看板が飾られる、一風変わったお店。三年に一度の大きな祭りが開かれていても、忙しさが和らぐことはない。


 祭りのピークを正午に迎えたある日のこと。代筆屋に人間の少年が転がり込んだ。


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