魔術師たち
六課指揮本部には複数のモニターが並び、各隊員のヘッドカメラから送られる映像が映し出されていた。
フロッピーはヘッドセットを装着し、椅子に腰を下ろして全てのデータをモニタリングしている。
その背後で、桐井が腕を組み、沈黙のまま立っていた。
「――チェック、チェック。音声確認」
フロッピーの声に、実行部隊の四人が順に応答する。
一通りの返答を確認すると、桐井に向き直った。
「映像・音声ともに良好です。通信異常なし」
桐井は無言で腕時計を一瞥する。
針はちょうど十二時を指していた。
桐井はヘッドセットを装着し、静かに告げた。
「――作戦開始」
その言葉を合図に、モニターの映像が一斉に動き出した。
13:00。
作戦は予定通りに進行していた。
《本部、こちら吉岡。市街地に突入。これよりサマ派に変装する》
「了解」
フロッピーはマイクを抑え、桐井へと視線を送った。
「魔術師の反応は、今のところありません」
桐井は難しい顔をして黙り込み、モニターの一つを操作する。
陸軍大隊の無線を確認した瞬間、その表情が強張った。
「……なんだ、これは」
異変を察したフロッピーが椅子を引く。
「どうしました?」
桐井は無言でヘッドフォンのケーブルを引き抜いた。
スピーカーから、陸軍の無線音声が部屋に響き渡る。
銃声と爆音、そして狂気じみた笑い声が入り混じる。
その場にいた全員が息を呑んだ。
「桐井さん……、これって……」
フロッピーの声は震えていた。
「魔術師たちが……大隊を襲っている」
「たちって、複数の魔術師が同時にってことですか?」
「そうだ、こんなことはあり得ない……」
開いた無線チャンネルを通じて、現地の四人にも状況が伝わった。
吉岡が短く息を呑み、即座に桐井へ通信を入れる。
《桐井さん、どうする?このままだとまずいぞ》
「ああ、分かっている。お前たちは予定通り、速やかに婦人を確保しろ」
《しかし――》
「いいから行け。わたしも出る」
《了解、我々は――》
その時、通信に混ざってリーリアの叫びが割り込んだ。
《ちょっと遥! 待ちなさい!》
そのセリフを聞いて遥が陸軍大隊へ向かったことは桐井にも想像できた。
彼女が向かった先は、戦闘が激化する陸軍大隊。
桐井は舌打ちをすると、短く指示を飛ばした。
「くそっ。神木はわたしが追う。お前たちは予定通り婦人を確保しろ!」
《了解!》
桐井はフロッピーを振り返る。
「私の四式装備は準備できてるか?」
「はい、全て用意できてます」
「わたしもすぐに出る。ここは任せたぞ」
そう言って部屋を出ようとする桐井の背に、フロッピーが慌てて声をかけた。
「ちょっと、桐井さん!鳴狐は本国で修理中ですよ!?」
桐井は一瞬だけ足を止め、肩越しに答えた。
「分かってる!そんなもの、いらん!」
「ええ……本当に大丈夫かな……」
遥は拝借した軍用バイクに跨り、戦場へと突き進んでいた。
スピードメーターの針は振り切れ、風圧で軍服がはためく。
ハンドルを握る手のひらが汗ばみ、荒野を焼く太陽が肌を焦がす。
一刻も早く――仲間のもとへ行かなければ。
その一心だけが、遥の体を突き動かしていた。
脳裏に、隊員たちの顔が次々と浮かぶ。
無線越しに聞いた断末魔の声が耳の奥で再生される。
あの声は仲間のものかもしれない——そう思うだけで焦燥が胸を締めつけた。
「みんな……頼む、死なないでくれ」
遥は唇を噛みしめ、さらにアクセルを捻る。
バイクは砂を巻き上げ、土煙を引きながら荒野を疾走した。
つばの広い尖った帽子にロングコート、手には杖を持った男が軍隊に囲まれていた。
その姿は、まさしく伝説に語られる“魔法使い”そのもの。
焦げた砂と硝煙の匂い、戦場のど真ん中。男は一人で多くの兵士たちと対峙してる。
そんな非現実的な光景に対して兵士たちの中に笑みを浮かべるものは居ない。むしろその表情からは兵士たちのほうが劣勢に立たされているかのようだった。
「撃て!」
指揮官の号令が響き、銃声が一斉に炸裂する。
弾丸が唸りを上げて降り注ぐ中、男は一歩も動かない。
膝をつき、杖を地に突き立てると、口元が小さく動いた。
「――煉獄より現れし守り人よ、我が身を守りて力を示せ。〈ファイアーウォール〉」
地面が赤く脈動し、次の瞬間、炎の壁が立ち上がった。
銃弾は触れた途端に蒸発し、金属の残滓を散らしながら床に落ちる。
兵士たちの弾倉が空になった頃、炎が静かに消える。
その中央には、無傷のままの男が立っていた。
男は杖を持ち直し、冷ややかに空を仰ぐ。
「――黄昏より訪れし狩人よ、我が前に立ち塞がりし者に鉄槌を下せ。〈ファイアーボール〉」
杖の先端が赤く輝き、炎が凝縮して球体となる。
放たれた火球は地を裂くように飛び、直撃を受けた兵士は叫び声を上げて燃え上がった。
焼けた肉の匂いが風に乗り、倒れた兵士の身体は黒い影となって崩れ落ちる。
誰かが悲鳴を上げる。
誰かが逃げ出す。
それでも、男は淡々と次の火球を放ち続けた。
やがて音が消えた。
炎の名残が漂う中、動くものは誰もいない。
地面には、人の形をした黒い焦げ跡だけが無数に残っていた。
「――あら、もう終わってたのね」
背後から軽い女の声がした。
露出の多い服を纏い、肩までの癖っ毛を揺らしながら女が歩いてくる。
女の名はレキ。目の前の光景を見ても、恐れの欠片も無い。
「ねえ、セブン。あんた、その格好……暑くないの?」
「ふむ、レキか。お主は“魔法”の本質を理解しておらぬな」
レキは呆れたようにため息をつくと、セブンの杖を指差した。
「その杖はなんなの?」
「エレメンタルの力を増幅し、より強大な魔力を――」
「じゃあ、あの変なポエムは?」
「あれは精霊に呼びかけるための儀式詠唱だ」
レキは辺りを見渡し、唯一形を保っている軍用車両を見つけると、片手を上げる。
掌に火球が灯り、それを投げ放った。
直後、爆音と共に車両が炎上する。破片が飛び散り、熱風が二人を包む。
レキは得意げに爆ぜた軍用車両を見届けるとセブンの方へ向き直る。
そして手を腰に当てると呆れ顔でセブンを覗き込んだ。
「で、なんだって?」
セブンは深いため息をつき、帽子のつばを押さえた。
「レキ……お前には“趣”というものがまるで無い」
「うるさい」
レキは不機嫌そうにセブンの帽子を奪い、遠くへ投げた。
露わになったのは、滝のような汗を流す青年の顔。
レキは目を丸くし、次の瞬間、堪えきれずに吹き出した。
「ちょっと!あんた、そんな状態で今までやってたの?」
「あーうるさい!」
セブンは諦めたようにロングコートを脱ぎ捨てた。
中のシャツもズボンも、汗でびっしょりと身体に張り付いている。
その姿を見た瞬間、レキはその場で笑い転げた。
「ちょっと!あたしを笑い殺す気なの!」
「お前は全世界のレイヤーさんに謝れ。死んで謝れ、馬鹿」
「あはっはは」
セブンは額を押さえ、呆れ果てたように息を吐いた。
「それより、なんでレキがここに居るんだよ。先生に叱られて反省室送りになってただろ」
レキは楽しそうに涙を拭いながら立ち上がる。
「えー、だって暇だったから。暇だったら抜け出すのを当たり前じゃない」
「何が当たり前なんだよ。レキが一人で勝手に騒ぎを起こしたのが悪い」
「散歩してたら久遠の奴を見つけちゃったんだもの。それはあたしのせいじゃないわ」
「先生の話を何も聞いてなかったのか?“派手に騒ぐな”って言ってただろ」
「あー……うん。なんかそんなこと言ってたような?」
「先生の気苦労の半分はレキなんじゃないかと時々思うよ」
セブンは空を仰ぐとため息を付いた。
相沢は部屋の隅で一人、膝を抱えてしゃがみ込んでいた。
怒りと後悔を何度壁に叩きつけても、胸の中の熱は消えない。
時間だけが虚しく過ぎ、やがてその熱が冷めるように、心の中にはぽっかりと穴が空いていった。
虚ろな瞳は何時間も床を見つめている。
呼吸の音すら小さく、世界の全てが遠くにあるようだった。
その静寂を破るように、扉が軋む音が響く。
――キィィ。
ゆっくりと顔を上げると、扉の向こうに一人の年配の男が立っていた。
「……ゲンさん」
相沢のかすれた声に、男は穏やかな笑みを浮かべる。
「休んでるところ、悪いな。相沢」
思わぬ人物の登場に、相沢は慌てて立ち上がった。
「ゲンさん……どうしてここに?」
ゲンは相沢に向けて頼もしくも優しく微笑みかけた。
荒野を走るバイクのエンジン音が、次第に弱まっていった。
スロットルをいくら捻っても、もう反応は無い。最後に短く唸りを上げ、バイクは沈黙した。
「……っ!」
遥は苛立ちを押し殺しながらバイクを捨て、砂塵を蹴って走り出した。
その視界の先に、倒れた人影が見える。
近づいて膝をつき、肩に触れた瞬間——
黒い炭のように崩れ落ちた。
「そんな……」
周囲には同じように、焼け焦げた兵士たちの亡骸が転がっている。
風が吹くたびに、灰が舞い上がり、遠くの空まで霞んで見えた。
その時、爆発音がすぐ近くで響いた。
反射的に顔を上げ、音の方向へ駆け出す。
そして——視界に飛び込んできた光景に、遥は息を呑んだ。
レキがヨシの首を片手で掴み、持ち上げている。
それは桐井がブリーフィングで見せた写真そのものの光景だった。
ヨシの足元には、焦げた体を横たえるゴン。
かろうじて意識を保ちながら、遥の姿に気づいて声を振り絞った。
「……神木……隊長……」
「みんな!」
ヨシは苦しげに喉を鳴らし、ゴンの方を見て微笑んだ。
「遅刻だぜ、隊長……悪いけど、みんなを……連れて……逃げてくれ……」
「ヨシ!」
レキが遥に気づくと、呆れたように首を傾げた。
「まだ居たんだ?……そろそろ飽きてきたなぁ」
「お、お前は……魔術師……」
その言葉に、レキは嬉しそうに唇を歪めた。
「へぇ〜、あんた知ってるんだ?」
遙は生まれて初めて魔術師と対峙した。
桐井の見せた写真の女が、今、目の前にいる。
遥は肩からアサルトライフルを引き下ろし、レキに照準を定めた。
ドットサイトの中央に赤点が重なり、声が自然と喉を突いて出る。
「彼を離しなさい!」
レキは無言で舌を出し、挑発するように笑った。
そしてヨシの首を握る手に力を込める。
次の瞬間、ヨシの身体が炎に包まれた。
レキは黒焦げになった塊を無造作に放り投げる。
その瞬間、遥の中で何かが切れた。
「貴様ぁぁぁあああッ!」
引き金を引く。
銃口から火花が閃き、弾丸が唸りを上げて飛ぶ。
それを見計らっていたかのようにセブンがレキの前に飛び出る。
詠唱の暇もなく、杖を突き立てて炎の壁を展開する。
だが、次の瞬間。
弾丸は炎をすり抜けた。
そして——セブンの胸を貫いた。
「ぐああああああああ!」
すべての弾を防いだと思い込んでいたセブンは、不意を突かれた。
まともに銃弾を食らって全身を痙攣させさせる。
杖を握る手から力が抜け、砂塵を舞い上げながらその場に崩れ落ちた。
その光景に、レキは一瞬で血の気が引いた。
「なにそれ……あんた、何をしたの!?」
レキの声が裏返った。驚愕と怒りが混ざる。
遥は何も答えない。ただ、冷ややかに銃口を向け、狙いを定めた。
「ちっ」
レキは舌打ちし、砂を蹴って横へ走る。同時に掌をかざし、火球を撃ち放った。
炎弾が空を裂く。遥はそれを避けず、逃げる背を追って引き金を引いた。
しかし、レキの動きはまるで獣のように速い。
銃弾は次々と放たれたが、その照準がレキを捉えるよりも早く、
彼女の放った火球がアサルトライフルに直撃した。
次の瞬間、金属が悲鳴を上げるように弾け、銃身が爆ぜる。
強烈な衝撃と熱風が遥を襲い、反動で身体が揺らいだ。
「――っ!」
ライフルの残骸を手放し、遥はその場に膝をついた。
レキはその隙を見逃さなかった。
「えへへ、チャンス」
レキは唇を吊り上げ、砂を蹴って方向を変えると、まっすぐに遥へと駆けた。
地を滑るような速さ――息を吸う間もなく距離が詰まる。
だが、その瞬間、遥の瞳に光が宿った。
恐怖ではなく、確信の光。
右足のホルスターからハンドガンを抜きざまに構え、迷いなく引き金を引いた。
発射音が鋭く響く。
レキは反射的に身体をひねる。だが、避けきれない。
一発が左肩を撃ち抜き、衝撃でその身体が宙を舞った。
「ぐがっ――!」
レキは地面を転がり、砂埃を巻き上げながらうつ伏せに倒れた。
「ぐがががあああっ……くそがぁああ!」
レキは砂に顔を押しつけながら、痛みにのたうった。
撃ち抜かれた左肩は激しく痙攣し、緑色の電流が走る。
遥は息を整え、銃を構え直した。
照準器の中には、うつ伏せでもがくレキの姿。
迷いはなかった。
引き金を引く。
だが、その瞬間――世界が弾けた。
耳をつんざく轟音。爆炎。
遥の身体は、強烈な衝撃に弾き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられた。
視界が白く焼け、耳鳴りだけが響く。
――何が起きた?
うつ伏せに倒れていたレキが、ゆっくりと指先を動かした。
無事だった右腕を背中の後ろへと回し、地を這うような体勢。
次の瞬間――掌の奥で赤い光が弾けた。
レキは苦痛に歪む顔のまま、背中越しに炎を撃ち放つ。
轟音とともに、火球が一直線に遥へと迫った。
その火球がハンドガンを爆ぜさせ、衝撃で遥は倒れた。
「くそが……頭を吹き飛ばすはずが……。流石に狙いが定まらなかったか」
レキは息を荒げながら呟いた
爆発の衝撃で吹き飛ばされた遥は、地面に転がっていた。
肺の奥に砂が入り、咳き込みながら顔を上げる。視界はぼやけ、耳鳴りが続いている。
――ハンドガンがない。
焦って周囲を探そうとしたが、手は空を切った。武器はどこかへ飛ばされている。
荒い呼吸を整えようとしたそのとき、熱が頬をなでた。
見上げると、そこにはレキが立っていた。
掌をこちらに向けている。指先には再び赤い光が宿り、熱気が空気を歪めていた。
「お前、邪魔だな」
低く吐き捨てるような声。
レキの掌がゆっくりと赤く光を帯び、空気が焼ける匂いを運んだ。
熱気が遥の頬をなでる。皮膚がじりじりと焼かれ、息をするたび喉が乾いていく。
掌の赤が濃くなるほど、世界の温度が上がっていった。
遥は力なく拳を握り、静かにまぶたを閉じた。
卯零隊、六課、そして遠い国で待つ家族の顔が浮かぶ。
心の奥で、誰にともなく言葉がこぼれた。
「……すまない」
小さく囁いたその瞬間、
頭上を切り裂くような轟音が響いた。
遥の髪が強風に煽られ、空を横切る巨大なプロペラ機が視界をかすめる。
次の瞬間、機体の腹から滝のような水が撒き散らされた。
怒涛の雨が地面を叩き、レキは反射的に掌を頭上へ向けた。
その熱に触れた水は瞬時に蒸発し、もうもうと白い煙が立ちこめる。
数秒後――世界は真っ白に染まっていた。
辺り一面、濃霧に包まれ、視界は数十センチ先すら見えない。
「なに……どうなってるの?」
レキは息を吸い込んだ瞬間、むせ返る。
湿気が肺を圧迫し、咳き込みながら辺りを見渡す。
「くそっ……見えない!」
焦燥と警戒が入り混じった声が霧に溶けたその時――
どこからか軽い男の声が聞こえてきた。
「おいレキ、助けてやるよ」
直後、突風が吹き荒れた。
白い霧が一気に吹き飛ばされ、視界が戻ってくる。
姿を現した男を見て、レキは露骨に顔をしかめた。
「ジンか……何しに来たのよ」
「おいおい、助けてやった相手にその言い草はねぇだろ?」
タンクトップにハーフパンツ、サンダル。
まるでコンビニ帰りのような格好で、ジンは笑っていた。
ジンが前方を指差しながら、レキに問いかける。
「で、こいつらは何者だ?」
晴れ渡った視界の先――そこには、遥を抱きかかえる相沢の姿があった。
まるで童話の一場面のように腕に抱かれた自分を見て、遥は一瞬、呆気に取られる。
そんな様子を見たレキが舌打ちした。
相沢はそれを無視して、腕の中の遥に声をかける。
「新人、大丈夫か?」
「……相沢さん!? どうしてここに――」
「怪我はないな?」
「は、はいっ! でも、あの……」
「命令違反で抜け出してきた。お前と同じだ」
遥は言葉を失い、俯いた。
「……すみません」
「俺に謝るな。あいつらなら、お前がいなくても大丈夫だ」
相沢の淡々とした口調に、どこか優しさが滲んでいた。
だが次の瞬間、遥はようやく自分の体勢に気づく。
「あっ、あのっ!相沢さん!その……!」
慌てて身体をばたつかせると、相沢は少し苦笑して彼女を下ろした。
その光景に業を煮やしたジンが声を張り上げた。
「おい、無視するなよ!」
相沢はようやく視線を向けるが、すぐにまた遥へと戻す。
「山火事のときに使う飛行機、知ってるか? 上から水をぶっかけるやつだ」
「えっ……はい」
「そいつで、あのクソ女にまとめてぶっかけてやった。ついでに飛び降りてきた、ってわけだ」
「な、なるほど……」
説明というより、ただの暴挙。
遥は乾いた笑いを浮かべながら頷くしかなかった。
相沢と遥の会話を聞いて、ジンは得意げに話しだした。
「フッ、なるほどな。炎には水か――お前たちの考えそうなことだな」
挑発めいた言葉を投げても、相沢は一切振り向かない。
ただ、淡々と遥に話しかけるだけだった。
「新人。お前、実戦は初めてだな」
「え?あ、はい」
遥は一瞬ジンの方をちらりと見たが、相沢の声に引き戻される。
「だから桐井さんはチームで行動させたっていうのに」
「……すみません」
その様子を見ていたジンの額に、青筋が浮かんだ。
「無視すんな!なんなんだよお前は!」
怒鳴り声が響くが、相沢は無反応。
「聞こえてんだろ!何でさっきから無視するんだよ!」
ジンは苛立ちを抑えきれず、相沢を指差して叫ぶ。
ようやく遥が気まずそうに相沢を見上げた。
「相沢さん、どうして無視するんですか?もしかして、心理戦……とか?」
「俺はな」
「……はい?」
「嫌いな奴とは、話をしない主義なんだ」
その短い言葉に、空気が凍った。
ジンの顔が一瞬ひきつり、レキが思わず口笛を吹く。
“嫌いな奴”――それはつまり、目の前の魔術師たちすべてを指していた。
興奮するジンを片手で制すると、レキはゆっくりと一歩前へ出た。
その表情には余裕の笑みが浮かんでいる。
「やあ、こうして直接会うのは初めてだよね」
「……」
「あの時は、ごめんね。お友達を――燃やしちゃってさ」
“お友達”――その言葉が誰を指しているのか、相沢にはすぐに分かった。
肩がぴくりと動く。沈黙がわずかに震えを孕む。
それが、無視を貫いていた相沢の反応だった。
「お前は……ミウじゃないな」
「あはっ!やっと気付いたんだぁ」
レキは子供のように笑う。
「あたしはあんなクソ女とは違う。あんたの勘違いは最高に楽しめたよ」
相沢の眼が静かに細められる。
「……」
「あんたとの無線は堪らなかったなぁ~。もうお友達は焼けちゃってるのに、“1時間以内に見つけろ”って嘘を信じて必死に走り回ってさ。ずっと爆笑してたよ」
その瞬間、相沢の低い声が空気を切り裂いた。
「すぐに――肉塊にしてやる」
「いひひひひ、やっぱりあんた最高だねぇ」
レキが快楽的な笑みを浮かべる背後で、ジンが両手を広げてため息をついた。
「……なんで俺だけ、無視なんだよ」
相沢はそんなジンの存在をまるで空気のように扱い、隣の遥に向き直った。
「新人」
「……はい」
「俺はこいつら相手のプロだ。俺ひとりで十分だ。お前は兵士たちの救出に行け」
「でも――!」
遥は倒れた仲間たちを見つめ、唇を噛んだ。
相沢は静かにその肩に手を置く。
「これは隊長としての命令だ。あいつらを助けられるのはお前しか居ない、分ったか?」
“隊長”という言葉が、遥の胸に響いた。
卯零隊で過ごした日々、仲間たちの信頼――その記憶が心に灯をともす。
「……はい!」
その返事を聞いた相沢はわずかに微笑んだ。
そして再び視線をレキへと戻す。
これが、相沢と神木遥の「初めての出会い」だった。




