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科学は魔術に嫉妬する  作者: 大山ヒカル


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5/9

時計


 相沢はいつものように、椅子の後ろ脚だけでバランスを取りながら、軽く揺れていた。

 無線機のイヤホンを片耳に掛け、いつものようにバリーからの連絡を待つ。

 そして、いつものように──無線が鳴った。


 だが、その声は“いつも”の声ではなかった。


《応答せよー、応答せよー》

 女の声だ。バリーではない。

 相沢は眉間にしわを寄せ、短く返す。


「……誰だ?」

《あたしよ、あ・た・し》

「誰だか知らないが、周波数を間違えてるぞ」

《いや、合ってるよ。ねえ?》


 無線の向こうで、誰かに確認を取るような間が生まれる。

 次の瞬間──耳を裂くような男の悲鳴が響いた。


《ぐああああああああああっ!》

 その声に、相沢は反射的に立ち上がる。

「バリー!」

《そういうこと。あなたの友達から、ちょっと無線を借りただけ》

 女の声が甘く、楽しげに響く。

《あなた、バリーって言うのね? ねえ、返事してよ》


 再び、拷問のような悲鳴が上がった。

《ぐがあああああああ!》

「やめろ!」

《ふーん、まあいいわ》


 相沢は怒りを抑えきれず、机を拳で叩きつけた。

 だが次の瞬間には、左手で右拳を押さえ、深く息を吸う。

 冷静さを取り戻すように、静かに吐き出す。


「……お前、ミウか」

《んー、よく分かったね。褒めてあげる》


「バリーに手を出しても意味は無い。俺と──交渉しよう」

 女の声が、さらに愉快そうに弾んだ。

《ほんとう?そうかな~?》

《ぐあああああああ!》


 またも響くバリーの悲鳴に、相沢の理性が揺らぐ。

「分かった、あんたの条件を言ってくれ。何が望みなんだ」

《望み?なにか勘違いしてるみたいね。──あんたらがコソコソ嗅ぎ回ってたのが、ちょっとムカついただけ》


「分かった。もうお前たちを詮索しない。だから、バリーを解放してくれ」

《それじゃつまらないじゃない。全然、面白くないわよね》

「……なら、どうすればいい?」


《…》


 相沢の呼びかけに、返事はない。

「おい、聞いてるのか? ミウ、返事をしろ!」

 何度も呼び掛けるが、無線からは沈黙だけが返ってくる。


 数分の沈黙の後、ようやくミウの声が戻ってきた。

《あー、ごめんね〜。なんか無線の調子悪いのよね》

「バリーは無事なんだろうな?」

《もちろん! そうじゃないとこれから起こる面白いことが出来なくなっちゃうもの》

「どういうことだ?」

《考えたんだけど、この街のどこかにあなたのお友達のバリーくんを監禁することにしたの。制限時間は1時間、その間にお友達を見つけたらあなたの勝ち。タイムオーバーしたらあたしの勝ち、そしたらこいつは死ぬ。面白いよね?》


「くそ……、ふざけるな!」

《ふざけてないよ〜。こっちは真面目に面白いと思ってるの!それじゃあスタート!》

「おい! ミウ!」


 無線はそこで途絶えた。

「くそ、1時間だと!」

 相沢は腕時計のタイマーをセットする。時計の針が12時を差して時間を刻み始めた。それを確認すると部屋を飛び出した。





 外はすでに日が傾き、夕陽が街を赤く染めていた。相沢の頭の中では、情報が次々と組み上げられていく。

 ――ミウを追っていたバリー。監視していたのは政府関連の建物群。おそらく、そこを利用してミウに罠を仕掛けられた。


 街の北側には、この国の政権の象徴である巨大な城が(そび)えている。その周囲には政府機関の建物が集まり、厳重な警備が敷かれている。

 まずは、政府関係者の動向を監視していたアパートへ向かうしかない。相沢は車のアクセルを踏み込み、夕暮れの街を走り抜けた。


 アパートの外観は静まり返り、窓の明かりも消えている。嫌な静けさだ。

 相沢は拳銃を取り出し、足音を殺して階段を上がる。焦りで呼吸が浅くなっていくのを感じながらも、意識して一歩ずつ確かめるように。

 時間は限られている。自分の安全よりも、バリー救出が最優先だ。


 扉の前に立ち、耳を澄ませる。静寂。人の気配は感じられない。だがその静けさには違和感があった──待ち伏せの前兆か、誰もいないのか。相沢は躊躇せず、意を決して扉を蹴り破った。老朽化した建具は軋みを上げ、前方へと倒れた。


 銃口を向けて部屋を覗き込む。反応はない。物音一つ、物の乱れも見当たらない。棚も机も、いつもの配置のままだ。荒らされた痕跡も罠の形跡もない。まるで誰かが整えてから、そっと出て行ったかのようだ。


 窓際まで進み、外を見渡す。揺れるカーテンの音だけが耳に入り、通りの向こうに人影は見えなかった。相沢の胸には、ますます深い不安が落ちていく。


「何があったんだ、バリー……」

 部屋の隅に置かれた無線機。その横に一枚のメモが目に入る。バリーの字だ。だが、その文字は殴り書きで乱れていた。


「これは……煙草、炎、魔術? 字が汚すぎるぞ、バリー」


 バリーは煙草を吸わない。買い物のメモのはずもない。おそらく無線の傍受中に残した記録だろう。

 ただ、一番上の文字が塗りつぶされている。黒く、強く、何度も。

 相沢はメモを裏から透かした。


「ミ……ウ……」

 間違いない、そこには“ミウ”と書かれていた。


「バリー……お前、いったい何を掴んだんだ」


 ――ピピ、ピピ、ピピ。


 腕時計のタイマーが鳴る。確認すると、すでに開始から三十分が経過していた。

「まずい……くそ!」


 状況は最悪だ。バリーの足取りは掴めていない。

 “煙草”は場所の暗号か? “炎”は能力の示唆か? “魔術”はミウのことか? 

 では、なぜ“ミウ”の文字を消した?


「……ミウじゃない?もう一人魔術師がいるのか?」


 相沢とバリーが追っていたのは確かにミウ一人だった。

 だが、もし別の魔術師が関与していたなら、あの無線の声は……。


「無線の女はミウじゃない……バリーを襲ったのは、別の魔術師――」


 思考の奥で何かが繋がる。その瞬間、脳裏に浮かぶのは、あの叫び声の大きさ。

 あれほどの声が響くなら、周囲はどうなっていた?

 ――静かな場所ではありえない。叫びがかき消される場所。


「騒がしい繁華街……それとも、声の漏れない密室……?」


 相沢は考えをまとめながら車に飛び乗る。

 バックミラーに映るのは、遠くで瞬く繁華街の灯。

 その中に、唐突に――赤い光が立ち上がった。


 巨大な火柱。


「……!」

 相沢は思わず振り向く。次の瞬間、轟音と衝撃波が車体を震わせた。


 ――ドゴォォォォォンッ!!


 爆炎が空を裂き、街が赤く染まる。


「炎……!?」


 腕時計を見る。タイムリミットまで、あと二十分。


「何が起きてる!」


 相沢は叫び、エンジンを踏み込んだ。

 車体が悲鳴を上げ、爆発の起きた方向へ一直線に突き進む。





 遠くで燃え上がる建物に、相沢は見覚えがあった。

 ――ブンファ。

 いつも笑い声と香辛料の匂いが溢れていた、あの店だった。


 耳を劈くような悲鳴。泣き叫ぶ声、逃げ惑う群衆。

 炎の向こうに見える光景が、相沢の心を焼く。

 群衆の波が前へ押し寄せ、行く手を遮った。相沢はその人波を無理やり掻き分け、炎の中心へと突き進む。


「なんで……こんな……」


 視界の先、ブンファの周囲は地獄だった。建物も露店も炎に包まれ、人々が火達磨となって転げ回っている。焦げた肉の匂いが鼻を突き、吐き気をこらえる間もなく、倒れている男の姿が目に入った。


「そんな……嘘だ……」


 相沢は駆け寄り、焼け焦げた身体を抱き上げる。

「バリー……なんでだよ……」


 声が震えた。腕の中の体は重く、冷たかった。

「うそだ、うそだ……やめろよバリー……違うだろ……」


 息を確かめようと口元に耳を当てる。

 ――呼吸は、なかった。


「バリー、頼む……起きてくれよ!なあ!バリー!」


 叫びは炎に呑まれ、夜空に消えていく。


「カイリ!」


 背後から女の声がした。振り返ると、ブンファが立っていた。

 彼女の顔はすすで汚れ、涙がその上を伝っていた。


「ブンファ……」

「カイリ……うそ……バリー……」


 ブンファは一瞬凍りつき、次の瞬間、悲鳴のような声を上げて駆け寄った。

「バリー、どうしたの!何があったの!?カイリ、バリーは――」


 問いかけに、相沢は答えられなかった。唇を噛み、ただ涙を流す。

 その沈黙が、ブンファの中で現実を決定づけた。


「嘘よ!バリー!なんでよ!なんでこんなことに……!」


 ブンファはバリーの胸にしがみつき、声を上げて泣いた。

 周囲では、崩れ落ちる建物の音、泣き叫ぶ人々の声、火の爆ぜる音――。

 その全てが、三人を包み込んでいた。


 そのとき、相沢の腕時計が電子音を鳴らす。


 ――ピピ、ピピ、ピピ。


 1時間。

 タイムリミットを知らせる音が、燃え盛る街に虚しく響く。


 その光景を、群衆の陰から一人の女が見ていた。

 唇の端をわずかに上げ、笑いを噛み殺すように肩を震わせながら。

 そして、燃える炎の向こうの相沢を値踏みするように眺める。


「あれが……お友達、ね。思ったよりもいい男」


 満足げに呟くと、女は群衆の中に溶け込み、姿を消した。






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