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科学は魔術に嫉妬する  作者: 大山ヒカル


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4/7

作戦会議


 ブリーフィングルームには、桐井の直属部隊――五名の隊員が集まっていた。

 十数脚の椅子が並ぶ簡素な部屋。各々が好きな場所に腰を下ろし、思い思いに時間を潰している。


 前列には、真っすぐ背筋を伸ばした神木遙(かみき はるか)

 その隣には、巨体の男・吉岡(よしおか)が座っていた。彼の肩幅だけで二人分の席を占めているようだ。

 後方の席では、金髪の女性隊員リーリアが頬杖をつき、爪を眺めながら退屈そうにため息をつく。

 隣の湯浜(ゆはま)は椅子の背にもたれ、後頭部に両手を組んで欠伸を噛み殺していた。

 対照的に、二人の前方には眼鏡をかけた青年――フロッピーが姿勢正しく座っている。

 彼は戦場には出ず、情報分析と後方支援を担う参謀役。線の細い体つきと、コードネーム「フロッピー」が示す通り、机上の戦士だ。だが彼の判断ひとつが、現場の四人の生死を左右する。


 そんな中、桐井がドアを開けて入室する。

 軽く一瞥して点呼を取ろうとしたその瞬間――。


 遙が立ち上がり、背筋を伸ばして完璧な敬礼をした。


 その音のような動作に、室内の空気が一瞬凍る。

 桐井は思わず口を閉ざし、眉を上げた。

 呆気に取られたその表情があまりにも面白かったのか、リーリアが吹き出す。


 隣の吉岡は、頭を抱えながら立ち上がった。

「落ち着け、神木」

「え、あの……すみません!」


 吉岡は元陸軍出身で、責任感が強く、遥の教育係を任されていた。

 とはいえ、まだ軍人の癖が抜けきらない新入りを完全に制御するには至っていないらしい。


「ま、いい。全員揃ってるな」

 桐井は軽く咳払いをし、空気を立て直す。

「――早速だが、始めるぞ」


 指先でフロッピーを示す。

 フロッピーが手元のノートパソコンを操作すると、部屋の照明が落ち、桐井の背後の大型モニターに映像が浮かび上がった。


「今回の任務は、陸軍と合同で行う大掛かりな作戦だ。このブリーフィングの後、陸軍側の中隊・大隊の説明にも形だけ参加することになる。だが、これから私が話すことだけ、きちんと頭に入れておけばいい。あとの説明は適当に流して構わない。」

「了解」


桐井はモニターを見つめながら淡々と続ける。


「陸軍側の説明を聞く必要がないのは、作戦開始と同時に我々が陸軍大隊から離脱するからだ。離脱後に任務を遂行し、その後合流して作戦を終える」


吉岡が手を挙げ、短く質問した。

「ということは、陸軍は囮役ってことですか?」


桐井は迷いなく頷く。遥が驚きで立ち上がる。

「さっき大隊って言いましたけど、そんな大部隊を囮にするんですか?」


吉岡が遥の腕を掴んでゆっくりと座らせる。口調は呆れ混じりだ。

「お前は落ち着きが無いな」

「すみません…」


桐井は補足するように説明を続けた。声は平静だが、内容は重い。

「囮というよりは、我々の行動を世間から隠すための目眩ましだ。治安維持という名目で動く陸軍大隊を見せ物にしておいて、本来の任務は我々だけで遂行する」


遥は黙って聞き入る。桐井の言葉は続く。

「今回のように“餌”が必要になるということは、分かるとは思うがそれだけ潜入が困難な地域ということだ。そして、囮が必要なほどターゲットは重要であり、激しい戦闘が想定される。隠密行動を本分としてきた我々向きの任務ではないが、上が総合的に判断して、我々に最も遂行の可能性が高いと判断した」


 桐井はフロッピーに視線を送りモニターに写真を表示させると、その背後にあるモニターをノックして視線を集めた。

「彼女が今回のターゲットだ」


 モニターには、上品で凛とした佇まいの年配の女性が映っていた。

「彼女の名前はファリ・ガザブ。ガザブ将軍の妻だ」


 説明を聞いた吉岡の表情が一瞬こわばる。身振りこそしなかったが、問いを投げかけた。

「ちょっと待ってくれ、国のトップの妻に手を出して大丈夫なんですか?」


 桐井は淡々と首を振る。

「もちろん駄目だろう」

「ええ…」


 だがすぐに続けた。

「しかし、それでも無視できないほど彼女は我々にとって重要人物なのだ」


 桐井はモニターの画像を指して話し続けた。

「それでは作戦概要から説明する。我々は陸軍大隊と共にロームへ入り、混乱に乗じてファリ婦人を確保する。その後、速やかに帰国する」


 遥は小声で吉岡に寄せた。

「なんだか簡単そうに話してますけど…」

 吉岡は半ば呆れ、半ば真顔で返す。

「簡単なら俺たちは呼ばれてない」

「ですよね…」


 桐井は聞き流すように息をつき、続ける。

「将軍には国連から圧力をかけさせ、ビクロ派とサマ派の紛争鎮圧を名目に我々は軍事介入する。前の紛争で路線転換を余儀なくされた将軍にとって、この介入は拒否できない。表面上は受け入れを示すだろうが、実際には大隊の行動には制約が出るはずだ」


 後列のリーリアが不満を混じえた口調で割って入る。

「それじゃ囮としては役に立たないじゃない」


 桐井は静かに頷く。

「その通りだ。だが、大隊が派手に暴れて知らん顔で帰国した場合、事後処理を国連に丸投げすれば我々の立場が危うくなる」


 隣に座っていた湯浜が問う。口調は冷静だ。

「そこまで見越しているということは、解決策があるということでしょうか?」


 桐井は少し間を置いてから答えた。

「ある。相沢には既に先行してロームに潜入してもらっている。相沢の工作で行動制約に穴を開ける段取りは整っている。大隊には囮役として存分に派手にやってもらうが、我々は出来るだけ隠密に動く。現地では主流派であるビクロ派と大隊が連携し、我々はサマ派に扮して婦人を確保する。紛争鎮圧の混乱の中で、夫人はサマ派の自爆に巻き込まれて死亡した──というシナリオを作る」


 短い沈黙の後、湯浜が冷たく訊いた。

「婦人の死体は現地に用意してあるのか?」


桐井の返事は簡潔だった。

「手配済みだ」


そこで遥が思い切って手を上げる。

「あの……なぜ夫人なのですか?」


「魔術師と通じているからだ」


桐井の声が一段と低くなる。

「婦人が魔術師と繋がっているのは確定している。それ以上の情報を得るためにも、確保は絶対に成功させねばならない。彼女を押さえれば、今後さらに大規模な魔術師殲滅作戦が展開されるだろう。そうなれば、目ぼしい魔術師を根こそぎ潰せる」


そして、わずかに間を置いて言葉を締めくくった。

「……だが、“卵が孵る前に雛を数えるな”という格言もある。君たちは今回の任務を成功させることだけを考えておけ」


「了解」





 遙にとって、これほど大掛かりな任務は初めてだった。

 ブリーフィングが終わった後、形式的とはいえ陸軍の全体会議にも参加することになっている。案内された部屋は百人ほどを収容できる広いブリーフィングルームで、すでに多くの軍人たちが着席していた。作戦内容を語り合う者、旧友と談笑する者──ざわめきが絶えない。


 遙は部屋を見渡し、懐かしい顔をいくつか見つけた。胸の奥が少し高鳴る。久しぶりに陸軍時代の仲間に会えるかもしれない。

 だが、今さら自分から声をかけていいものかと迷っていると──背後から懐かしい声がした。


「神木隊長」


 振り返ると、大柄な男が立っていた。体格に似合わぬ穏やかな笑みが印象的だ。

「ゴンじゃないか。久しぶりだな」

「お久しぶりです! こんなところで神木隊長にお会いできるとは、感激です!」


 二人はしっかりと握手を交わした。

 遙は、あの頃の空気が一気に蘇るのを感じていた。ゴン──かつて卯零隊で副隊長を務めた頼れる部下だ。互いの信頼は厚く、そのチームワークこそが卯零隊を名実ともに最強と呼ばせた理由だった。


「隊長が居なくなって、部隊は解散しましたが……みんな元気にやってます」

「そうか。あの時は、みんなに苦労をかけてしまった。申し訳ない」

「何言ってるんですか。みんな、隊長の気持ちは分かってますよ。昇進の話を聞いたときは、本当に喜んでました」

「そうか……ありがとう」


 遙は少しだけ目を細めた。

「部隊は変わっても、みんなは全然変わっていないです。ほら、あそこにいるのがヨシです」


 ゴンが指差した先では、見覚えのある男が隣の軍人の頭を軽くはたいていた。

 こちらに気づくと、ヨシは満面の笑みで大きく手を振ってきた。


「たいちょー!」


 駆け寄ってくると、勢いのままに口を開く。

「隊長、相変わらずお美しい!」

「久しぶりに会っても、お前は変わらないな」

「いやぁ、隊長が居なくなってからむさ苦しい連中だけになって寂しかったんですよ。こんな所でまた隊長に会えるなんて、幸運だなぁ」

「まったく……」


 呆れながらも、遙は思わず笑みをこぼす。まるで昔に戻ったような感覚だった。

「ヨシは相変わらずこんな感じなのか?」


 その問いに応えるように、横から声が飛んできた。

「そのようですな。部隊が変わっても、噂は耳にしますよ」

「おお、ゲンではないか」

「ご無沙汰しております」


 整えられた髭が渋みを添える年配の男──ゲンが穏やかに微笑む。

「ゲンさん、やめてくれよ! 愛しの遙隊長に浮気者だなんて思われたら困る!」

「なぁに、これ以上お前の印象が悪くなることはない」

「ちょ、ちょっと! 俺のイメージは“男前”のはずなんですけど!」


 笑いながら、遙が口を挟む。

「大丈夫だ。ヨシの印象は変わっていない。女にフラれ続ける馬鹿者のままだ」

「隊長~! それはないですよ、俺は隊長一筋なんですから!」


 そう言うヨシの首を、ゴンの太い腕ががっちりと羽交い締めにする。

「やめておけ、これ以上お前がフラれる所を俺たちに見せて何の得になるんだ」

 ゲンも笑いながら頷く。

「まったくだ」


 笑い声が広がる。

 懐かしい日常──かつての卯零隊の空気が、その場に再び息づいていた。


「隊長がここに居るってことは、今回の作戦に参加するんですか?」

 突然のヨシの問いに、遙の口は重くなった。


「あ、ああ……そんなところだ」

「よっしゃー! また隊長と同じ作戦に参加できるなんて、俺たちはツイてるぜ!」

「本当ですか隊長! 部隊は違っても、隊長と同じ目的のために戦えるとは!」

「私は前線を退いた身だが、後方支援は任せておいてくれ」

「ああ…頼りにしている…」


 喜びに満ちた隊員たちの顔を見て、遙の胸が締めつけられる。

 彼らは何も知らない。自分が「彼らの戦場には戻らない」ことを──。


「隊長なら前線に就くんでしょう?だったら、戦場でまた会えるかもしれないですよね!」

 ヨシが満面の笑みを向ける。その笑顔に、遙は言葉を失った。

 戦友に嘘は吐きたくない。しかし真実も告げられない。

 遙には、ただ静かに口を噤むことしかできなかった。


 沈黙の時間が流れる。

 難しい顔をして言葉を失う遥を、ヨシが心配そうに首を傾げた。

「隊長……?」


 そのとき、背後から低い声が割って入った。

「いつまで馴れ合っているんだ、神木」


「吉岡さん」

 振り返ると、吉岡が険しい表情で立っていた。鋭い目が隊員たちを睨みつける。

「今のお前はここの人間じゃない。もうすぐブリーフィングも始まる頃だ。さっさと席に戻れ」

「……はい」


 遙が素直に頭を下げると、吉岡はもう一度だけ隊員たちを睨みつけ、そのまま去っていった。


「すまない、みんな。戻らなければならない」

「隊長の顔が見られて嬉しかったです!」

「ああ、私もだ」

「戻ったら、またみんなで飲みに行きましょうよ!」

「ああ……」


 遙は微笑みを浮かべ、短く頷くとその場を後にした。


「……あの吉岡ってやつ、何だったんだ? 同じ“ヨシ”として許せねえ」

「お前の“ヨシ”は“良雄”のヨシだろうが」

「同じだ!」

「ほら、くだらないこと言ってないで席に戻れ。俺も持ち場に戻る」

「はいよ。バックアップは頼んだぜ、ゲンさん!」

「任せておけ」


 笑い声が再び広がり、それぞれが持ち場へと戻っていった。

 残された空気には、かすかに昔日の温もりが漂っていた。


「すみません、吉岡さん。ありがとうございました……」

「さっさと席に着け」


 急かす吉岡の隣に、遙は複雑な表情のまま腰を下ろした。

 その様子を後ろから見ていたリーリアが、からかうように口を開く。


「そう怒らなくてもいいじゃない。──遙を取られたヤキモチ?」

「な、なにを言うんだ! そんなわけないだろう!」


 慌てて否定する吉岡。だが耳まで真っ赤になっていた。

「あらあら」


 そんな吉岡を楽しそうに眺めているリーリアに、隣の湯浜が呆れ声を出す。

「うるさいぞ、西園寺」

「ちょっと、その名前やめてよ!」


 今度はリーリアの方が顔を赤くする番だった。

「今のお前は“西園寺リーリア”だろう? 何も間違っちゃいない」

「それはこの国の作戦に参加するからって、桐井が勝手に登録しただけよ」

「なら今は“西園寺”で間違いない」

「……嫌がらせよね? 絶対そうだわ」


「みなさん、本当にそろそろ静かにしたほうがいいですよ」


 吉岡の隣に座っていたフロッピーが、小声で注意した。

 リーリアは声を落としながら不満をぶつける。


「なんで今回の任務にフロッピーまでいるのよ」

「僕だってチームの一員ですから。むしろ、僕がいなければ皆さんは役立たずになりますよ」

「フロッピーのくせに、生意気なこと言うわね」


 リーリアが頬を膨らませ、反論しようとしたそのとき──。

 部屋の扉が開き、今回の作戦会議を主導する陸軍大佐が入室した。

 その瞬間、ざわついていた空気が一気に静まり返る。


「後で覚えてなさいよ」


 リーリアの捨て台詞を無視するように、フロッピーはすでに姿勢を正して前を向いていた。

 やがて、静寂の中に大佐の靴音だけが響く。


 ──こうして、陸軍作戦会議が始まった。

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