仕方がない判断……なの?
霊征学院高等学校、ここは国内でもトップクラスの敷地、設備の揃った名門の霊洞学校である。
霊洞学校と言うのは、探索者のみならず、霊洞から採掘される霊洞素材と呼ばれる物や、魔物のドロップ品、霊宝と呼ばれる霊洞産物……それらの多くは宝箱といった形で取得される……などの収集や利用、研究に開発など、霊洞に関わるあらゆるものを学び、教わる場である。
だが、霊洞……世界的にはダンジョンと呼ばれるその場所は、未だに多くの謎を残している。
世界各国にはダンジョンを創造し管理する人格を持った神々が存在するが、その力を与えられたと言うだけで、神々ですら多くの事は分かっていない。
その為、ダンジョンについて学ぶ為には実際にダンジョンに行くのが一番の学びになり、ダンジョン学校は内にダンジョンを抱えたものが主流となる。
当然、教師とて知らないことの方が多く、あくまで今までに判明した事や推測される事柄、戦闘に関する技術や知識などを教えながら日々研鑽を積んでいる。
「くそ、一体何が起こっている!」
長良月照、玻琉綺達のクラス担任でもある彼もその例には漏れない。
授業が終わり教師棟へと戻ってきた長良は、明日の準備と夏季休暇での生徒達への課題制作を手早く終わらせて、霊洞へと自己鍛錬及び霊洞調査を行う予定だった。
それがどうした事かこの事態である。
教師棟に備わっている魔導力場強度計には力場レベル5との表示が出ている。
大事件だ。この様な学びの場でそれほどの力場が発生するなどあってはならない事態だ。
この場にいる者達の多くは、これから経験を積んでいかなくてはならない者達だ。
二年生や三年生どころか、プロの探索者ですら危ういとされる様な力場レベルの中では、彼の受け持つ一年生達などひとたまりもないだろう……約一名を除いて。
(一年生には藤堂がいる、生徒に頼るなど教師としては面目次第も無い事だが今はアイツに頼る以外にはない)
そう考えた彼を含む他の教員は、まずはニ、三年生の保護を優先した。
学舎棟への距離を考えても一年生棟は二、三年生の所から遠過ぎる。
これは実力のまだ備わっていない一年生と上級生との接触を物理的にも遠ざけて、トラブルを未然に防ぐとの観点から為された措置ではあったが、想定外の事態においては裏目に出てしまった。
「長良先生、とにかく生徒を集めて単独行動は絶対にさせない様にしなくてはなりません、一度全校集会場に集めると言う指針で動きましょう」
「鴫ヶ谷先生……一年は、藤堂に任せると言う判断は……間違っているでしょうか」
「辛い判断だったと思います。ですが情けない話、我々だけで全ての生徒を安全に保護すると言うのは無理でしょう」
最悪の事態の場合、犠牲をまだ教育の済んでいない者達だけに絞ると言うのは戦略的判断として決して間違いでは無い。
しかし、教育者として、人としては最悪の判断だと言えるだろう。
せめて少数の教師を派遣して、彼らの保護に努めるべきだとも思うが、人員が圧倒的に足りない。
今も強力な魔物を教師六人がかりで倒したばかりだ。
だと言うのに魔物の襲撃は収まる気配を見せない。
「集会場に魔物避けの結界を張る!急いで避難するんだ!」
別の教員が声を張り上げるのが聞こえた。
これほどの力場レベルでの結界など、実用に足
る様にする為には一体何人の魔導士が必要になる事やら長良には想像もつかない。
魔導力場の高さによって、デヴァイス通信の届く距離も短くなっている。
連絡が取れた時に避難出来る場所を確保しておかなければ意味がない。
食料などは量に不安がある為、なるべく早めに確保に動くべきだろうが、この脅威の中迂闊に動く事は出来ないし、町に住む人々は身を守る術を持たない。
長良が先行きに不安を抱えていると、声を掛けてくる一人の生徒がいた。
「長良教諭、この状況ですが私に心当たりがあります」
三年生総代、生徒会長でもある兵藤院将臣だ。
彼は悲痛な面持ちで捻り出すような声音で説明を始める。
「これはおそらく学院に伝わる秘宝“羽化繭によるものと思われます。理由までは分かりませんが、この様に広範囲に渡って地上を一種の霊洞とも呼べる状態に出来るものなどそれしか考えられません……あのジジイどもめ、こんなことをしてどう責任を取るつもりだ」
最後の言葉は呟く様な声だったが、長良にはしっかりと聞こえていた。
兵藤院将臣は現在の籐家総帥の孫に当たる。
その兵藤院がその様に言う者は、学院では紫苑堅闍と呼ばれる者達だろうと想像はつく……まだジジイと呼ばれる年齢ではないはずだと、近い年代の長良はこんな時だが微妙な気持ちになる。
「兵藤院、その羽化繭とは何だね?それが判明したとして、事態の収集に役立つ情報なのか」
「事態を解決するものではありませんが、“藤の玉枝”と言う籐家の頭領が持つ伝来の秘宝があります、私が持っているのは分枝された物ですが、この羽化繭は豊由気比売様のお力を使ったもの、それと同じ力が宿る玉枝があれば魔物の侵攻を防げるでしょう」
それはつまり結界を張るための人員が不用になると言う事だ。
この人手不足の状況にあってそれは朗報であった。
「豊由気比売だと!?霊洞神の一柱ではないか、その力で学院を……意味が分からんぞ」
「私にも分かりません……と言いたい所ですが、予想はつくんですよね」
兵藤院は憎々しげな表情を作る。
「あの無能な狂信者どもは藤堂君を試そうとしてるんですよ」
「藤堂を……だと?」
長良には試すと言うのが何の事だか分からないが、藤堂玻琉綺と言う生徒は紫苑堅闍にまで目をつけられる存在だと言う事は分かった。
確かに長良自身の目から見ても規格外の生徒なのは間違いない。
最初は招待入学とか言う聞いた事もない……と言うか存在しない制度で入学してくると聞き、藤堂という名前からもよほどの重職を担う家系なのかと少々うんざりしたのを思い出す。
国内最高峰の学院だからこそ、箔付の為に無理に入学して来る高位貴族はいる。
本来あってはならない事だが、人間社会というのはそういった事がまかり通ってしまうものではある。
もちろん、長良は去年の暮れの事故は知っている。だがそれとて籐家が手を回したものだと思っていた。
入学書類で、彼の父親は自営の魔道具師だと知って驚いたものだと当時を振り返る。
「事と次第によっては彼は我ら籐家を束ねる存在かも知れないのですから」
何やら自分が立ち入ってはならない話題だと考えた長良は一旦その事は忘れる事にする。
とにかく今は生徒達を落ち着ける事に専念するのが優先される。
優秀な生徒が揃っている為、一時の混乱さえ収まって仕舞えば冷静に行動出来るものだと信じて。
必要と思われる行動をとりながらも、長良は考えずにはいられなかった。
この状況が学院内部の者の手によるものという事は、責任は全面的に学院側にあるという事を。
籐家に連なる者の仕業だとしても、他家の令息令嬢も通うこの学院での暴挙。
重要性を鑑みれば、学院そのものの存続はあっても最低でも経営陣の一掃や上層部の更迭、刑事責任の追及などは避けられない。
下手をすれば教師陣にもその責任は波及して来るかも知れない。
長良にとってここの環境は最高のものだった。
就業時間以外は好きなだけ霊洞に籠っていられるのだ。
本当なら探索者になりたかった彼は家庭の事情で諦めざるを得なかったのだ。
そんな彼にとっては望外の職場であった。
もちろん、生徒の事は守りたいし教え導いていくこの聖職にやりがいも感じている。
だがそれと同じぐらい、報酬や環境も大事なのだ。
万が一にも犠牲者などが出ようものなら、生徒を守れなかった責任を取らされると言うのは十分にあり得る事だ。
生徒を守って死ねるならそれでもいい、その時は殉職扱いで手厚い弔慰金が家族に振り込まれるはずだ。
「みんな、どうか無事でいてくれ給えよ」
長良月照はあらゆる意味でそう願った。
ちょっと充電期間を設けてしまいました。
最近妙に眠いもので……。
今回も読んで頂いてありがとうございます。




