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ある日の翔魔少年


  あれは五年前の夏だった……剣ヶ峰翔魔はヒナと出会った時のことを思い出す。

あの日、翔魔は夏休みの宿題に昆虫採集をしようと思い立ち、森へと足を運んだ。


 彼のいた地域は谷慣趾やならし県と信濃県の県境近くの小さな町だ。

この世界においては、玻琉綺の知る世界と違い、山の奥深くなどでは魔物が出る事もある。

その為僻地での開発が進まず、主要な街道沿い以外では村や街などが分断されがちだ。

過疎地には多くの霊洞が発生する事からも、あえて開発を抑制していると言う事情もある。


 つまり、田舎と云うのは国策で田舎のままなのだ。

そんな田舎町に住んでいた翔魔は何処にでもいる普通の10歳の少年だった。


 そんな翔魔少年が誰よりも大きいカブトムシを捕まえようと、森の神社にある立ち入り禁止の鎮守の杜に入り、そこで古い祠を見つける。


 祀られている神の名も分からないほどに朽ちかけていたその祠ではあったが、その周囲は奇妙なほどに綺麗に整えられていた。

と言っても、草が短く揃えられているといった程度ではあるが。


「わあ、すげえ……何でココこんなにキレイなんだろ」


 そこの中央に鎮座する古びた祠に興味を引かれた翔魔少年は、ふとある事を思い出す。

それは力場の発生するほどの霊場で、ある人物が精霊と出会い、それを従えて最高の探索者に成り上がった者の話だった。

その精霊は魔法を使う少女の様だったと言われている。


 眉唾物だが、そういった事が起こり得る世界なのだ。


 それを思い出した瞬間、翔魔少年は身体が震えるのを感じた。

この瞬間に探索者を志したと言えるかもしれない。


 辺りを見まわし、誰もいない事を確認すると小走りに祠へ駆け寄る。

そして躊躇なく壊れかけの扉を開ける。当然の様に壊れる扉。

罰当たりが過ぎる翔魔少年だが、当人は気にした様子もなく中を覗き込む。


 「何だこれ?」


 中にあったのは紅絹もみの反物だった。

確かにキレイな反物ではあるのだが、少年が心惹かれるものではなかった。


「へんなの、あーあつまんね〜……」


 この様な所にある古い祠の中に、綺麗な反物があるという不思議さに何も思う事なく地面を蹴る翔魔少年。

だが折角の戦利品だ。何か夏休みの工作でもこれを使って作ってみるかと思い、それを手に取る。

窃盗だなどとは思いもしない。


 だが、思いの外その反物は重かった。

その為取り落としてしまい、反物が解けて転がっていった。


「うわ、マジかよ。これ巻いてもどすのめんどくせええ……重いしもういいや、イラね」


 落とした反物を戻す事の面倒さに、反物に対する興味を失い放置して帰ろうと踵を返した。

一歩踏み出した瞬間、後ろから熱を感じて驚いて振り返ると、そこには赤く輝く光の帯を身に纏う一人の少女が立っていた……いや、地上から数十センチほど浮いていた。


「うわああ!な、何だよお前、い、いつの間にそこに……」


 流石にここまでの不思議な出来事があれば翔魔少年も驚く。


「ま、まさかお前がせいれいってやつなのか!お、オレに何する気だ」


 不思議な少女は何もせずに、じっと翔魔少年を見つめたまま動かない。


(何なんだこいつは、ヤベエよ、ゆうれいか?まだ昼前だぞ。何にもしゃべらないし浮いてるし……あの赤いのは火なのか?なんかアツいぞ)


 最強の探索者と云う話も忘れ、もうどうやって逃げるかしか考えられない。

後ろを向いたら追いかけてくるかもしれない為に、走って逃げる事も出来なくなり、ジリジリと後退りしていく翔魔少年。


わらべよ、ワシを解放したのは其方か……何か望みでもあるのか?」


「わああ!しゃ、しゃべったああ!」


 喋ったら喋ったで驚く翔魔少年。


「何じゃ、何も知らずにワシを世に解き放ったのか。ふむ……そうよのう」


 何かを考え込む宙に浮く少女。


「オ、オレは!」


 勇気を出して翔魔少年は声を上げる。


「オレは探索者になるんだ!」


 だからその力が欲しいとか、協力してくれとかの言葉は出なかった。代わりに……


「だ、だから……オレと契約して魔法少女になってよ!」


 “魔法を使う少女の様だった”という部分だけかろうじて思い出し、そう叫んだ。


「……可笑しな事を言う童じゃな、契約とははて?まあ良い、探索者になりたいと言うのならばお主にその力を授けても良い」


 宙に浮く不思議な少女は不思議そうに首を傾げながらそう答え、森の奥の方へと進んでいく。

翔魔少年もつられる様にその後を歩いて着いていく。


 どんどんと森の奥へ進む少女に従いながらも、だんだんと不安になっていくが好奇心が勝り、その不安を心の底に閉じ込める。


 どれほど歩いてきたのだろう、不安を閉じ込めた心の蓋が開きそうになる頃になってようやく少女は足を止める。


「ふむ、ここらでいいか。おい童、これをお主に授けよう……心して受けよ」


 急に振り向かれ、立ち止まろうとするも、長時間の徒歩に疲れていた足が膝で折れる。

転びそうになる翔魔少年だが、その頭を少女が掴み、


「契約とは何の事か分からんが、お主が欲する力を与えようぞ」


 そう少女が言ったと同時に掴まれた頭が熱を帯びる。


「うわあああ!!」


 頭部に激しい熱気を感じ、叫び声をあげながら着いてきた事を後悔する翔魔少年。

だがその熱気もすぐに収り、叫び声が収まるのを待って少女は口を開く。


「ワシの名は緋奈津比売神子ひなつひめのみこ稚産霊神わくむすひのかみの娘、豊由気比売とようけひめはワシの姉じゃ」


「ヒナ……ツ?」


 それ以外何を言ったか分からずにボーッとする翔魔少年だったが、緋奈津比売はそれに構わず話を続ける。


「今お主に与えたのは霊宝久珠りょうほうくじゅと言う。ワシがこれからここに霊洞を開く故、そこに入る資格がそれじゃ」


「りょうほうくじゅ……?」


 更に緋奈津比売の話は続く。


「そうじゃ、そしてその力はこの霊洞で生まれた魔物をも従える事ができる。そうじゃのう、この霊洞に入ってみるがよい」


 ハッとなって言葉を反芻する。


(霊洞だって?それって探索者が入るところじゃないのか?オレがそこに入れるのか!)


 言われるがまま、緋奈津比売に続いて霊洞に足を踏み入れる。


「カエデよ、緋奈津比売神子が名に於いて命ずる、顕現せよ!そしてこの者を助ける力となれ」


 その言葉と共に光の粒子が湧き上がり、霊洞内の魔力が収束しケモノの形を象っていく。

発光が収まるとそこには一匹の狐がいた。朱色の毛並みをした二本角の狐だ。


「お久しぶりですね緋奈津、はてその姿は?」


「わわわ、しゃべった……」


 喋る狐に慄く翔魔少年。


「言うなカエデよ、ワシも少々驚いているのじゃ。ワシはもっと“ないすばでぃ”だったはずなんじゃがの」


「無理に仮外けがいの言葉なんて使わぬが良いのに」


「うるさいのう、ワシとてこのくらいの言葉は知っとるのじゃ」


「ふう、まあいいでしょう。して?妾はそこな小僧に従わねばならぬのですか?」


 翔魔少年は急に話を振られるも、オロオロするばかりで対応できない。


「まあの、この童には目覚めさせてもらったでな、おかげで主様の存在を感じられる様になったのじゃ。その恩くらいは返さねばな」


「はあ、例の天地あめつち様でございますか……妾には感じ取れぬのですが、御中主様よりも偉い方などいるのですか?」


「この戯けが!……まあカエデでは分からぬか、それも仕方ない」


「はあ……」


「まあそう言った事での、何ぞよろしく頼もうぞ」


「分かりました、緋奈津がそう言うなら……小僧、名を何と言う」


「翔魔……剣ヶ峰 翔魔……だ」


 今度は心の準備が出来ていた翔魔少年は自分の名を答える事ができた。


剣ヶ峰翔魔の過去バナです。

彼はもっと活躍させるつもりですので、ちょっと詳しく書こうと思いました。

何話続くか分かりませんがお付き合いください。


今回も読んで頂きありがとうございます。

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