進路はダンジョン?
登校再開から一週間、今俺は期末試験の最終日に臨んでいる。
事故の影響を鑑みて少々遅れて開始された期末試験だったが、俺は苦戦していた。
俺の知識との齟齬がエグい。
社会……分野としては公民だが、まず歴史からして違うから現在の背景が分からないのだ。
明治維新も大正デモクラシーも世界大戦も起こっていないし、歴代総理は知らない名前ばかりだし、政治体系だって階級議会制選択的間接民主主義などという聞いた事ない主義だし……それに拠った制度など理解の埒外だ。
理科は化学分野で謎の物質が多過ぎる。
ミスリル元素って何だよ……アダマンティウムとかドラゴニウムとか魔導結合とやらでできるミスリル化合物とか魔化鉄とかケイ素系魔導金属とか魔酸化水素……。
物理系は大体記憶通りだけど、魔導理学、魔物学ってなもんもある。
英語は申し訳程度で代わりに魔導呪言語とかがあるし、数学は図形問題に魔法陣が出てくるし、国語にも霊洞語とかいう謎の単語がそこかしこに見られるし……。
…… まあ、もう俺は気づいていた。
この世界が俺の知るものとはまったく違ってしまっている事。
そうの上で間違いなく元の世界ではある事。
家族や友人誰一人、性別の整合性はともかくとして欠けていることもなく、好きなマンガやゲームもあるしスマホやPC、車、飛行機ヘリに船、電気ガス水道、食事にスポーツ……何から何まで俺の知ってるモノだ。
ただ本来ならなかったはずの魔法やモンスター、ダンジョンといった存在が加わってしまったというだけだということに。
……というだけ……ですますのも何だかなあだが、全部俺のせいなので文句も言えない、言う当てがない。
俺はただ帰ってきたかっただけなのに。
そんな世界になってしまった為に俺の学力が通用しない。
以前は成績悪くなかったはずだけど、なんもわからん。
もちろん知っている問題が無いわけでは無いので白紙答案という事はないが、赤点は免れないだろう。
行きたい高校あったんだけどなあ……これじゃ無理かなあ。
「うおー、やっと終わったー」
テストが終わって放課後になったと同時にカナタが俺の席にやって来る。
コイツも成績そんな悪くなかったけど、この世界でもそうなのだろうか?
「おうカナタ、どうよ自信は」
「まあ普通だよ、オレの志望校的には十分じゃねえか?」
うーむ、どうやらいい出来の様だ。
コイツに負けるのは悔しいが今回ばかりはしょうがない、負けを認めよう。
「そうかよ……俺ぁ全滅だ、なんもできんかった」
「お、おう……まあ、仕方ねえだろ……あんな事故の後だしな」
「……事故か、まあ事故は事故なんだがそれとは関係ねえよ」
「そうなのか? じゃあ頭打ってバカになったとかではなく?」
「誰がバカじゃい、なんつうかこう……勉強不足だよ、ただのな」
「そりゃ学校来てなかったしな、っておもくそ関係あるやん」
「そう言う意味じゃあ……ま、それはいいや」
「そういやハルは高校決めてたっけ?」
「行きたいと思ってたとこはあるけど……ムリそうだな」
願書の提出は年明けだから俺のヤバくなりそうな成績でもいけるとこを探さなきゃな。
「じゃあよ、オレの志望校はどうだ?」
「オマエの? どこだっけ?」
「霊奧学園高校……そう、いわゆるダンジョン高校ってやつ」
……ダンジョン高校。
まあ知らなかったわけではないが、あまり選択肢には入れたくない感じがする。
せっかく帰ってきたのだから普通の学校入って普通に進学して普通の青春を送りたい。
「まあハルは成績良かったから誘いにくかったけど、試験を失敗して受験に不安があんなら考えてみてもいいんじゃね? 一緒に行こうぜ」
ふむ、成績いい奴は選ばない系の学校なのか。
ダンジョンねえ、脳筋系の学校ってことなのかな?
そういやダンジョンとかが普通に教科書に出てくるんだよな、今や世界はダンジョン抜きには語れない。
「ハルが来るならセナも喜ぶぜ」
「セナもその学校なのか、よく知ってるな」
「あぁ……あ、いや、前にチラッと聞いたことがあったんだよ」
「ほう、チラッとねえ……」
「っせえな、なんだよ、いいだろがい別に」
「いやそりゃエエけどね」
ああ、こういう会話楽しい。
やはり帰ってきてよかった。
でもセナかあ……女子になっちゃったからなあ、今まで通りには接しにくいんだよな。
「……なあハル、オマエなんか気にしてんのか……その、事故の事とか」
「んなこたあないんだがよ、俺が気にしてんのは……セナってば可愛くなり過ぎじゃね?」
もちろんこんなこと言っても、カナタにはいつも通りのセナにしか見えてないのだから俺の意図は分からないだろう。
そうなのだ、セナってば生意気な事に可愛いのだ。
ココアグレージュに染めた髪をふわっとサイドテールにまとめ、薄く化粧でもしてるのか目鼻立ちもパッチリしていて……
「急にどうした」
「いや慣れないというか、あの若干太い足首なんかも好みなんだが……セナだしなあ」
「うん、オマエが何言ってるのかよく分からんが本人の前で言うことじゃないのは確かだ」
「そりゃ本人の前で言うわけ……ええっ!」
振り向けばそこにはセナがいた。
ば、バカな⁉︎ 俺の気配察知をくぐり抜けただとう!
「ハル……私の足首がなんだって?」
え、怖い。
「あ〜あ、それは禁句やでえ」
カナタ、貴様いるならいると何故……
「……まあ可愛いって言ってくれた分を差し引いて許してあげる」
そう言うセナは少し照れている様に見える。
くそ、セナのくせにカワイイじゃねえか。
どうしても男だった頃のコイツが拭えない。
「で?なんの話してたの? まさか私の可愛さ談義ってわけでもないんでしょ」
「そんな談義は存在しない、受験校をダンジョン……霊奧高校にしないかってカナタに誘われてな、セナも受けるって話をしてた」
試験がうまくいかなかったなんて話をすればセナが気にするかもしれないからそれは言わないでおく。
「なに、ハルも受けるの? でも作家になる夢があるんじゃなかったっけ、まあ両立できないこともないだろうけど」
覚えてんじゃねーよ、それ言ったのって小3の時で、読書感想文を褒められてつい零した程度のヤツじゃねーか。
「そいういや好きな作家がどーのって言ってたな」
それは多分つい最近、中間試験のあたりに言った様な気がする。
「でもいいね、ハル勉強もだけど運動神経も悪くないしダンジョン探索とか向いてそう」
「そんなテキトーな、俺はダンジョンに詳しくないけど運動神経とかで上手くいくもんなのかよ」
「それは私だってテレビとかネットの情報しか知らないけど、人気プロバーだって高校の時はそんな感じだったって話だよ?」
人気プロバーね……なんじゃそれ。
こうやってちょいちょい知らん単語が出てくるのホント困る。
「あー、“ペロって”ってヤツだろ。 オレもそれ見た」
見たって事はタレントか動画配信者かな……って動画配信なんかもあるのか?
「床ペロみたいで縁起悪いなあ」
「元はそういう名前でオンラインゲームやってたみたい」
リアルでそんなの名乗るなよ。
「まあなんにせよ、霊奧学園は実技のみの試験もあるらしいしな」
「お前テスト良かったんじゃねえのかよ」
「十分だとは言ったが良かったとは言ってないぜ」
なんでドヤるのかわからんがうぜえ。
「テスト関係ないから十分って事かよ」
「だから普通だよ普通」
「まあいいや、後で調べてみるわ」
「お、ハル結構前向きに考えてんだ、また三人一緒になれたら嬉しいな」
「……そうだな」
確かに、女になったとはいえセナはセナだ。
コイツらと離れるのは俺としても惜しむらく思う。
元々行きたかった高校ってのは好きな作家の出身校で、その人の入っていた文芸部に高校時代の作品が残っているのでそれを読みたかった。
高校そのものに興味があったわけではない。
「あー、早くダンジョン入って魔法使ってみてえ」
そう、この世界で魔法を使うには相応の魔導力場が必要になるらしい。
ダンジョン内はかなり高濃度の力場が発生している為魔法が使えるのだ。
もっとも誰でもというわけではない。
魔法に対する適性や深い理解、魔力の多寡、その他まだ解明されてない事由があるらしいが、それらをクリアした者が使える様だ。
ただ、あくまでここで言う魔法とは現象を可視化できる、対象に能動的に影響を与えるモノの事。
人類には普遍的に魔力が宿っていて、鍛錬でそれを強化する事ができる。
身体能力や精神力、知力に生命力などを底上げする事は基本的に誰にでも出来る事だ。
だがそれも魔法と同じく魔導力場の影響下でしか発揮されない。
つまりはダンジョン内限定能力と言っても差し支えない。
そしてその鍛錬に一番有効なのがダンジョン探索であり魔物討伐だ。
そう、ダンジョンの力場はそこに魔物という魔法生物を生み出す。
この魔物がまた不思議な特性を持っている。
魔石とドロップアイテムと便宜上経験値と呼ばれるモノだ。
「それより早く帰ろ? もうみんないないよ」
どうやら世界観に想いを馳せているうちにだいぶ時間が経った様だ。
試験勉強で教科書なんかを読んでたら、結構理解が深まった気がする。
「だな、行くか」
だいたい近所なので途中までダベりながらその日は解散となった。
ふう、またあの騒がしい所に戻るのか……いっそ全寮制の学校とかないかな。




