帰ってきた中学生
中学三年の時、修学旅行の船が事故を起こしてなんだかわからない現象に巻き込まれて何だかわからないこの世界に迷い込んでしまった。
まず出会ったのは地底深くに封印されていた原初の神とも魔を統べる者とも言われる存在だった。
それからなんやかんやあって神々の戦いとやらに参加して戦った。
結果的には世界を救った事にはなるのかもしれない。 だけども被害は甚大だった。
神々はその力を劇的に減衰させ、様々な人種で構成される世界人口はおよそ過半を失い、国や街は崩壊し、耕作地や採掘場は破壊され、河川湖沼などの水場は埋没、山海もその規模を縮小させた。
動くモノは何も無い見渡す限りの瓦礫の荒野に俺は立っていた。
「なあ……コレは本当にアンタが望んだ事だったのか?」
応えるモノは何も無い。
『……最良ではないが次善ではあった……』
だが脳内に響く声はあった。
『お前には世話になった、ココからは我らの仕事だ』
「……原初の神様としての……世界再生のお仕事か」
『うむ、我と……改心した神々との……な』
世界の再生とはいっても失われた命は取り戻せないんだろうけど、神様達にそれを言っても『そうだな』で終わるんだろうな。
『では約束通りお前を元の世界に送るとしようか……名残惜しいがな』
確かにそうだ、まあ神様との付き合いもかれこれ万年にも及ぶだろうからな。
普通じゃ耐えられるモンじゃないって事で元の記憶の大部分を預かってもらい、精神から肉体から作り変える事で神様と付き合えるようにしてもらったのだ。
『……やはり神の一柱として我と共に在る気は……いや、何度も話した事だったな』
「そうだな、まあ記憶を返してもらったら……その記憶次第では気持ちも変わるかもしれないけど、ちょっとは残ってる記憶に縋って、それを拠り所に今まで頑張れたところはあるんだ」
最後の記憶は修学旅行の最中に乗っていた船が事故を起こした事。
衝撃で投げ出されそうになった友人の手を掴んでその反動で自分が投げ出された事。 海に叩きつけられるはずなのにいつまでも自由落下が続き、それが何だかだんだん気持ちよく感じられるぐらいになったところで神様の声が響いて異世界に転移してしまったことを知った。
……まああまりいい記憶ではないが。
それでもうっすらと残っている記憶の残滓……家族や友人、趣味や夢やアレやコレ。 自分の中に確かにあるソレを手放したくはないという想いは万年たとうとも不思議と色褪せることはない。
『ならばこれ以上は言うまい、力を取り戻せし我と眷属たる神々の力をもってしてお前を元の世界に送還するとしよう』
その言葉と共に目の前の空間が歪み薄く輝きを放っていく。
『改めて言うが、神とも等しい存在になったお前が元の世界に戻った時に一体どの様な影響を世界に与えるか分からぬ……最悪お前が存在しない事になっているかもしれぬし、戻った記憶と現実に齟齬があるやもしれん……それと餞別だ、元の世界に戻ったら服のポケットを探るといい」
「構わない、全て承知の上だ……けど、餞別って?」
『では征け、お前との日々は忘れぬぞ……友よ』
「ああ、俺も悪くない日々だったよ……じゃあな戦友」
餞別に何をくれるのかわからないが、まあ後でポケットに手をつっこんでみよう。
そして別れを告げた俺は輝く空間に足を踏み入れる……振り返りはしなかった。
世界を繋ぐゲートとも呼ぶべき空間を抜けた先は……海だった。
真っ暗な海だ……夜中だろうか。
まあ時間はともかく海なのは当然だろう。
元の世界で海に落ちたのだから同じ所に戻ったのだとすればそりゃあそうなる。
そりゃあそうなんだが……
「……ここは本当に元の世界なんだろうか?」
まあ、海なんてどっちの世界でも同じモンだし景色も当然同じなんだろうが……景色は暗くてよく分からんが、ともかくなんと言うかこう“地球よ、俺は帰って来たぞー!”感があまりない。
感動が薄い、異世界の海上だと言われても違和感がない、暗いし。
あれだけ自信満々に送り出してくれたのだから関係ない別世界ということはないと思うけど……暗いからなあ。
取り敢えず帰って来たこととして現状を把握しよう。
まずは俺の名前は“藤堂 玻琉綺“。
9月30日生まれの15歳、天秤座のB型、両親と弟三人の六人家族…… なんて事を確認するのは現実逃避だな。
今俺は小さなゴムボートに乗って波に揺られている。
救難ボートだろうか? 救命胴衣は着用していないし制服も濡れていない。
修学旅行は11月だから服が濡れていないのは助かる。
乗っていた船はどうなったのか分からないが、落ちた俺がゴムボートに乗っているという事は大破炎上とかいう事にはなってないだろう。
誰かが落ちた俺に対して救助を試みてくれたって事かな? 単独で波に漂っている事から考えると……遭難か。
一体何日くらい経っているのだろうか。
腹は……ちょっと減ってる気がする。
どうやらちゃんと人間の身体に戻れたと考えて良さそうだな。
ただ魔力の脈動を感じる。
普通に魔法とか使えそうだ……魔法で家に帰ったら騒ぎになるだろうか?
正直そうも言ってられないだろうけど、記憶がバッチリ戻った今となっては異世界帰りで魔法とか使えます!なんて言うのも少し恥ずかしい。
まあ言い訳の効きそうな魔法を使うか。
まずはマップをサーチして陸地に向かって水流操作で移動というのが当たり障りがないだろう……。
……あれ?……発動しないぞ?
確かに魔力を感じるのだけど……こっちでは魔法が使えないとかなのかな?
うーん、別に使えなくてもいいんだけどそれはそれでちょっと困るなあ、このまま波任せでどっかの陸地に漂着するのを待つにしても俺の身体が保つだろうか?
通りがかりの船に見つけてもらうってのも望み薄そう……。
さて、何か手段は……そういえば餞別ってなんだろう?
ポケットを探ってみると石板の様な金属板の様な不思議な手触りのタブレットの様な物だった。
スマホよりも一回りほど大きいソレは振っても擦っても叩いてもうんともすんとも言わないし、ボタンの類も見当たらない。
本当にただの材質不明の板の様だ。
神さまからの贈り物だし、ただ持っているだけでもなんか御利益があるかもしれん。
「いや、こりゃお手上げだろ」
呑気にしている場合ではないと思うが、焦りや不安といった感情が浮かんでこない、普通に考えて夜の海に一人ボートは怖すぎると思うんだけど……異世界で準神になった影響で精神が人間離れしてしまったのだろうか。
まあ馴染んでいくうちに色々変化もあるかもしれない。
ただ気持ちがどうあれ今出来る事が殆どないのは変わらないわけだから、無駄に慌てるよりもよほどいいだろう。
「ま、なる様になるだろ」
そう呟いて横になって目を閉じる。
幸いにも海は凪いでいる、コレならよく眠れそうだ、暗いし……地球の空気を感じながら俺の意識は深く沈んでいった。
見鳥ヶ丘中学三年五組。
ホームルーム前のクラスメイト達は雑談を交わしながらも何処か気もそぞろだ。
それもそうだろう、なんせ修学旅行中に乗っていた船が原因不明の事故を起こしクラスメイトの一人が海に投げ出され今も行方不明になっているのだから。
あれからおよそ一月、もう寒い時期に入ってきて生存は絶望視されているため
搜索活動もそろそろ打ち切られるかもしれないとニュースでも言っていた。
行方不明になったのはオレの親友“藤堂 玻琉綺”、小学校に上がる前からの幼馴染だ。
心配、不安、焦燥、恐怖、悲しみ、喪失感に苛まれる毎日だ。
だけどそんなモノもアイツ……もう一人の親友に比べたら微々たるものかもしれない。 なんせハルはアイツを庇って……。
クラスが違うため最近は会えていない、合わせる顔がないと思っているのかもしれないが、顔を合わせばハルの話になるに決まってるからオレとしても顔を合わせる勇気がない。
ハルとは小学校前からだけど、アイツとは小学二年生あたりからの付き合いだから八年くらいの関係になる。
いつも三人一緒だったから……一人欠けるなんて当然思っとこともなかった。
そんな事が実際に起こるなんて……オレもアイツもその事実に向き合うには時間が必要だろう。
ワンチャン生きてるって可能性も捨てきれない。
捨てたくない、信じてるというよりもただの願望に過ぎないって分かってるけど、そう思ってるって事はやっぱり受け入れられないんだろうな。
……またバカ話でもりあがりてえな……
「なんか先生遅くねー?」
クラスメイトの誰かがそう声を上げた。
そういやそうだ、確かにホームルームの時間を五分以上過ぎている。
十分足らずのホームルームで五分以上の遅れは誤差では済まない。
何かあったんじゃないかと他のみんなもざわつき出す。
《ピンポンパンポン》
その時校内放送の電子音が鳴った。
《たった今警察より連絡がありました……行方不明になっていた藤堂玻琉綺君ですが……》
……遺体が発見されました……
そう続くのではと、ビクリと心臓が泡立ったのはオレだけではないだろう。
《無事に保護され病院に搬送されたとの事です》
……しん……と一瞬静まり返る教室。
誰もがその意味を噛み締めている。 “無事に保護” ? 生きているって事で合ってる?
「うおおおお! ほ、ほんとかよお!?」
「うわあああ! マジかマジかマジかあああ!」
「きゃあああ!! え?すっご、え、マ⁉︎」
教室の内外から聞こえる絶叫。
別にヤツは人気者ってわけでもなかったが生きて保護されたとなればこういう反応にもなるのは分かるが、叫び過ぎじゃね? みんなオレが思ってた以上に心配してたって事か。
まあオレは声も出ずに涙が止まらないんだが。
え、え〜……アイツ……生きてたの……死んどらんかったんや……。
うおお、う、嬉しい……嘘みてえ、なにコレ、なにこの夢と勇気と希望と……。
《ガラッ》 と、教室の引き戸が勢いよく開ける一人の女子。
「聞いた⁉︎ カナタ!」
「聞いたぞセナ‼︎ 」
セナ……瀬南 悠宇はオレの元に脚をもつれかけさせて駆け寄り机にバンッと手をついた。
「ハ、ハルが……見つかったって……い、生きてたって……」
「ああ……ああっ‼︎ そうだよ、アイツ……生きてたんだよ、信じらんねえ……なんだアイツ、なんで生きてんだよ、おかしいだろ⁉︎ ヤベエよ、涙が止まんねえ」
オレ……八叶 鷹也15歳、今まで生きてきてこんなに嬉しくて、こんなに喜んで、こんなに泣いたのは初めてだ。
私はあの日以来ずっと死んだ様に生きている。
喜怒哀楽の感情が一切浮かび上がってこない沈んだ心。
まだ一ヶ月くらいしかたってないのにもう何年も続いている様に感じる。
深い悲しみ、重い罪悪感、埋められない喪失感……取り返しのつかない後悔。
あの時……なんで私はあんな……
「おい、危ないからやめろって」
私は船の上から海をバックに自撮りをしようとして手摺りにもたれていた。
そんな私にハルは声をかけながら近づいてきた。
「へーきへーき、こーんな綺麗な海もったいないじゃん」
綺麗に撮れたら写メを送ってハルとカナタの待ち受けにさせよう。
……そんな事を考えていた。
さらには、となりクラスなのにわざわざ心配してコッチに来てくれたのもちょっと嬉しく感じていた。
「いやいや危ねーって、シャレにならんて」
なおも言い募るハルに、私の事どんだけドジだと思ってるのかとむしろ当てつけるかの様に手摺りに体重をかけ体を逸らす。
海は波も無く船は安定していたからって完全に油断していた。
パシャリとシャッターを切ったその直後に大きな衝撃が来た。
バランスを崩すどころか宙に浮いてしまった私は、どうすることも出来ずにそのまま海に落ちる自分を幻視して青褪めた。
走馬燈が走りかけたその瞬間私の体が誰かに掴まれた。
私の視界に一瞬写ったのは手摺りに脚を絡ませ必死に私の腰に両手を回すハルの姿だった……。
私の体は甲板に投げ出され、その反動でハルは海に……。
…………ハッとなって身が覚める。
……またあの時の夢だ。
「……どうして……あの時私は……」
思わず口にする後悔。
どうしてハルの言葉に反抗する様な真似をしてしまったのか。
どうして危ないかもと思いもしなかったのか。
どうして……
「どうして落ちたのが私じゃなかったの……」
毎晩の様に繰り返し見てしまう悪夢。 毎朝繰り返す後悔。 その度に襲ってくる悲しみ……。
未だ彼は見つかっていない……生きているのか死んでしまったのか。
作業の様に朝食を摂っているとテレビのニュースが聞こえてくる。
『修学旅行中の男子中学生が海に転落した事故で海上保安庁による搜索が続いていましたが、生存が絶望的である事から近く搜索活動を断念するとの発表が……』
心臓が締め付けられる様な言葉だった。
両親や兄が気遣わしげな顔を向けてくる。
私はそんな家族になにも言わず、顔も合わせる事なく
「ごちそうさま」
とだけ声を発し、席を立つ……朝食は半分残っていた。
また今日もただ学校に行き、帰ってくるだけの作業が始まる。
友だちの言葉も耳に入らず、授業もなにも頭に入ってこない、高校受験? どうでもいい……ただ私は死ぬまで生きていくだけのそういうモノでしかないのだから……なくしたスマホもアレから買い直していない。
《行方不明になっていた藤堂玻琉綺君ですが……無事に保護され病院に搬送されたとの事です》
?……今なんて? え……ハルが発見……搬送……‼︎‼︎?
「ああああああああ‼︎」
私は反射的に教室を飛び出した。
正直言って信じられない、無事に保護? 無事って生きてるって事? 病院って事は怪我してる? 重症?軽傷? 私は隣の教室のドアを開ける
「聞いた⁉︎ カナタ‼︎」
とりあえず満足するまで書ける限りは書いていこうと思います。