3話 それぞれの役割
エルザリエットの魔力探知能力により、モンスターの存在に早く気付くことができた東隊の一行は、警戒態勢で少しずつそちらへ進んでいく。
「術師の3人は後方へ。フリオは挟撃されないようさらに後方の警戒を。前方は俺とニコラスで対応する。」
アンドリューは、戦闘に備えて『戦士』である自身と『傭兵』のニコラスを前衛とし、最後衛を『狩人』のフリオに任せ、『魔術師』や『祈祷師』にあたる3人を中央にして守る陣形を仲間たちに提案する。
仲間たちは、アンドリューの提案に異論は無いようで、それを受け入れて陣形を整えながらそのまま進み続ける。
すると一行は、白くて棒のように細い体躯の人型モンスターを複数視認する。『スケルトン』の群れだ。
スケルトンたちは、一行の接近に気付いたのか、ふらふらと緩慢な足取りで一行の方へ向かって来る。
「こちらから仕掛けるぞ!」
アンドリューは、盾を構えながらスケルトンたちと距離を詰めて直剣で斬りかかるが、斬撃はあまり有効ではないようだった。
その様子を見ていたニコラスが、鞘に納めたままの両手剣でスケルトンを殴り付け、バラバラに吹き飛ばした。
「何をしてる?この手の相手には打撃の方が有効なことを知らないのか?」
「くっ…返す言葉もないな…。ならば!」
アンドリューは、ニコラスの挑発に言い返せず悔しそうにするが、すぐに直剣を鞘に納めると、ニコラスに吹き飛ばされたスケルトンが持っていた錆びたメイスを拾い上げ、それを使って戦い始める。
そんなアンドリューの行動を見ると、ニコラスはもう挑発するのを止め、黙って次の標的を定めていた。
「あの調子なら前は問題なさそうね。私はフリオと後ろを見ておくから。」
エルザリエットは、クローディアとニニカにそう伝えると、フリオと一緒に後方の警戒を始める。
「い…いいんでしょうか?わたくしたち…何もしていませんが…。」
クローディアは、感じている不安を隣にいるニニカに相談する。
「いいんだよ。あたいらの主な役割は負傷者の治療だろ?むしろ、忙しくないのが望ましいのさ。あたいらが忙しい時ってのは、それはもういよいよな時なんだからな。」
ニニカは、不安そうなクローディアに堂々とした態度で返事をする。
「まぁ、スケルトンが相手ならできることもあるっちゃあr…」「本当ですかっ!?」
「うわっ!?何もしてないのがそんなに気になるのかよ?」
ニニカは、自身の発言に食い気味な反応を見せるクローディアに驚く。
「わたくしは…何もできずに見ているだけなのは嫌なんです…。」
ニニカは、クローディアの態度から何か不安にさせる記憶があるのだろうと察しつつ、スケルトンに対してできることが思い当たっていない様子から、ダンジョンやモンスターに関する知識が少ないと推察した。
「わかったって。じゃあよく聴けよ?ほら、前の2人を見な。スケルトンの数はそれほど多くねえし、すぐ倒してんのに戦いが続いてんだろ?スケルトンはな、あいつらを動かしてる魔力が残ってると何度も立ち上がって来やがるんだ。」
「えっ…?では、お二方はずっと戦い続けなければならないのですか…?」
クローディアは、スケルトンに関するニニカの説明を聴いて、アンドリューとニコラスを心配そうに見つめる。
「まさか、そんなことはないさ。あいつらも立ち上がる度に魔力は消耗していく。だから、そのうち魔力が無くなって動かなくなるんだ。けどよ、それは面倒だろ?そこであんたみたいな神職者の出番だ。」
ニニカは、クローディアの疑問に解答を与えながら、今一番、クローディアが求めているであろう内容に移ろうとする。
「スケr…」「スケルトンに限らずアンデッドってのは、アンタのような神職者が扱う聖なる力に弱いんだぜ。だから、その聖なる力をアンタが奴らに直接ぶつけるか、旦那と兄貴の武器に纏わせてやればいいんだよ。」
2人の話を聞いていたフリオが、ニニカの話を遮りながら割って入り、ニニカが話そうとしていたことを先に話す。
「あんた!?それはあたいが言おうとしてたんだぞ!」
「別にいいじゃねえか、オレも後ろに異常が無さすぎて暇だったんだから。あぁ、そうだ。アンタが直接ぶつけんのは危ねえから止めとけよ。」
フリオは、憤るニニカを軽い笑顔で宥めながら返事をしつつ、クローディアには向いていない選択肢を予め退けた。
「そうですか…ただ、武器に纏わせるとは、具体的にどうすれば良いのでしょうか?」
クローディアは、そんな2人の様子に少し表情が和らぐが、残された選択肢についてやり方を想像できず、困った表情になる。
「あなたはこれまで色んな人に祝福を祈ってきた、そうよね?その祈りを、2人の武器に向けるの。」
「わかりました。ですが…お二方は戦いの最中…もう遅いのでしょうか…?」
クローディアは、エルザリエットの話でなんとなくやり方は想像できたが、戦闘が始まる前にやるべきだったのでは考えてしまう。
「今からでも楽にはなるわ。だから、あなたはただ祈ってくれればいい。2人の武器まで、私があなたの代わりに祈りを届けてあげるから。」
エルザリエットは、クローディアが離れたものに自身の力を作用させる方法をまだ知らないらしいと思い協力を申し出る。
クローディアが言われた通りにただ祈り始めると、エルザリエットは、普段自身が遠隔魔術を使う時の術式を用いて、アンドリューとニコラスの武器に聖なる力を付与させる。
「むっ!?これは!」
「ふん…ようやくか。」
アンドリューとニコラスは、祝福された武器を振るうことでまたたく間にスケルトンたちを撃破していった。
スケルトンたちが完全に動かなくなったのを確認した後、2人は皆の近くに戻ってくる。
「助かったぞ、クローディア。」
アンドリューは素直に礼を述べる。
しかし、ニコラスはそうではなかった。
「とんだ素人と組まされたものだな。この戦闘はもっと早く終わっているはずだった。」
「すみません…わたくしが無知なばかりに…。」
嫌味を言ってくるニコラスに、クローディアは謝る。
ニコラスは、クローディアと目が合うとすぐに視線を外す。ニコラスの態度がクローディアにだけ妙なことにフリオは気付いていた。
「なんだ、兄貴?ロディが何か気になってんのか?もしかして好k…。」
いつの間にかクローディアを愛称で呼びながら、フリオがニコラスに対して冗談を言いかけた時、既にニコラスに曲剣を向けられていた。
「余計なことばかり言う奴だな…。」
「待ってくれよ兄貴!?冗談、冗談だぜ!」
フリオは慌てて釈明する。
「冗談ならなんでも許されると思ってるのか?冗談というのは通じる相手や状況を見極めてすることだ。それができないなら口を噤んでろ。」
そう言うと、ニコラスは曲剣を納刀して背を向ける。
そして一行は、深い沈黙に包まれたのだった。