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第5話

「今日もレオノールは来ないというのね」

 ヴァレンティア領政庁、政務長官兼領主代理のレオノールのことである。領主の館に二度呼んだのに、二度とも多忙を理由に断ってきている。なめられているのだ。弱小貴族出身の、年若い娘だ、と。

「いいわ、こちらから出向きましょう。オスカー!」

 ヴァレンティア家執事頭のオスカーを呼び、馬車の準備をさせる。

「奥様、おひとりで行かれますか」

「お義母様はまだ体調がお悪いのよ。

 義母のところへは連日お見舞いと称して訪問している。ヴァレンティア領のことを学び、その知識をもとに会話をしたところ、義母はセシリアをたいそう気に入ってくれている。まず良好な関係と言っていいだろう。

 領地内の運営権を巡って権力争いのようなことになるのだけは避けたかったが、どうやら義母も数年前に体調を崩してから、そのような気力は失っていたようだ。新妻が領地の運営に口を出すことに寛容だった。

 もしかしたら、貴族のお嬢様がよくやる、奉仕活動程度の孤児院訪問や病院監査などをやるつもりと誤解しているのかもしれない。あえて訂正はしない。

「今日は一人で行くわ。あなたはついてきてくれるんでしょう? 大丈夫よ」

 オスカーは困った様子で禿げた頭を掻く。恰幅よく強面な彼を連れて行けば心配ないだろう。

「レオノール殿は、手ごわい相手だと思いますがね……」


「こんにちは。レオノール」

 彼の執務室で優に一時間は待たされて、ようやく政務長官兼領主代理のレオノールが入ってくる。細身の体に、品のいいスーツを身に着け、真っ白な髪は整髪料でしっかりと撫でつけてある。

「若奥様、どうもお初にお目にかかります」

 セシリアがあえて椅子から立たず、鷹揚と声をかけると、その初老の男性もわずかに動揺し、下手に出るように頭を下げた。

「お忙しいそうだからこちらから来たわ」

 嫌味を言う。といやいやといなすような笑顔を見せる。

「こんなところに、若奥様が見たいものなんてありませんよ」

 確かに、領政庁の庁舎は古く、あまりきれいとは言えなかった。

「いえ、王政二十五年に建てられたのでしょう? 歴史のあるいい建物だわ」

 レオノールが言葉に詰まる。セシリアは畳みかけるように言った。

「それでね。帳簿を全部見たいの。五年分くらいでいいわ」

「お、奥様……」

「全部よ」

 セシリアはレオノールをぎろりと睨みつけた。

「これをごらんなさい。今日から私が領主代理よ」

 手にはアレクシスの署名のある任命書があった。夫婦のうちどちらかが宮仕えをしている場合、領地の管理はその一方が行うのは何もおかしなことではない、むしろ一般的なことだった。

 が、セシリアはそれをするには若すぎた。弱冠十八歳である。レオノールのような高齢の男性には認めがたいことのようだった。唸るような声を漏らし、それからようやく、はい、と返事があった。


 二日後、突然また庁舎に現れたセシリアを、レオノールは苦々しく迎えた。

「でね、レオノール、このルルー川の橋の修繕費用なんだけど」

 並べられた昨年の帳簿を指さし、セシリアはにこやかに言う。

「昨日ルルー橋を見に行ったわ。とてもいいわね。王政六十一年竣工、まだ新しいわよね」

 ここまでは本当、ここからは本から得た知識の出まかせである。

「技師も連れて行ったのよ。橋を木槌で叩いて、音で調べるのよね。それで、面白いことが分かったのよ」

 レオノールは黙っている。歯ぎしりの音が聞こえそうだ。

「橋の修繕はしていないんですって。でも、その必要もないそうよ。よかったわね」

 セシリアは帳簿を閉じる。

「ところで、昨年あなたは郊外に土地をお求めになったとか」

 首を傾け、ほほ笑む。

「私財を投じて、孤児院を建設されるおつもりと聞きましたわ。そうですよね?」

「え、あ、いや……」

 実態は全く違う。私邸の土地購入と建設のために橋の修繕費用を横領したのだとセシリアは看破している。あえて、このような言いまわしてレオノールを追い詰めすぎないようにしているのだ。

「そうですよね?」

「……はい」

「孤児院の名前は……レオノール孤児院、ね。建物の設計図が早く見たいわ」

 頬に手を当て、優しくほほ笑むと、レオノールはぐったりと首を下げ項垂れた。



 ノックの音。どうぞ、と言うと、ヴァレンティア家執事頭のオスカーが入ってきた。

「お手紙とお荷物が届いております」

 受け取る。オスカーが下がってから、開封する。

『約束を忘れぬように。お前は病弱なのだから、体を壊さぬように』

 母からの短い手紙を、セシリアは一読するとすぐに破り捨てた。病弱設定を無視し、行動を起こしたセシリアをそれとなく責める文章だった。

 どうやらヴァレンティア領での行動も、母の手先に見張られているようだ。当然と言えば当然だった。セシリアが入れ替わりの身代わり妻だということが露見すれば、セシリアも母であるエリセアも死刑、その一族までが処罰される。余計な行動は慎めということだろう。

 しかし、そんな監視は無視することに決めている。

 レオノールが公金を着服したことを見逃すかわりに、その私財をセシリアの使いたいようにーー孤児院の建設に使うというのが、言外に二人が結んだ約束だった。その約束から二か月、建物は順調に建設されている。

 次に荷物の小箱を開封した。夫からである。

『セシリア

 ヴァレンティア領ではどう過ごしているかい。

 雨が続いているそうだね。

 風邪をひいてはいないか心配しているよ。

 困りごとがあったら何でも言ってくれ。

 君に似合いそうなブローチを見つけたから、贈ります。

 僕のこともたまには思い出してください アレクシス』

 送られてきたのは宝石が散りばめられた花の形のブローチだった。

 愛のない結婚だ、と言ったわりに、夫は離れて暮らす妻に頻繁に手紙を送ってくる。それも、恋人に送るような甘い言葉と、それにいかにも女性が喜びそうな贈り物まで添えて。

『アレクシス様

 ブローチをどうもありがとうございました。

 けれど、貴金属の類は、もう十分に持っておりますので今後お送りくださりませんようにお願いします。

 私は社交界にも出ませんし、これ以上は必要ありません。

 それより、もっと欲しいものがありますが、お願いしてもよろしいでしょうか セシリア』

 全く可愛くない返事を、流麗な文字でしたためる。できあがった手紙に封をする。

 セシリアは立ち上がると、ブローチを手に窓際に寄る。日光を受けて散りばめられた小さな宝石がきらきらと光を放つ。花弁は青、花芯は金色の小さな宝石だ。

 「僕のことを思い出して」と手紙の一文を読み返す。彼の髪と瞳の色だとすぐに分かった。どきどきと胸が高鳴ってくる。まるで昔故郷で読んだロマンス小説の物語のようだ。

 「たまには」どころではない。連日送られてくる手紙を毎日読み返しては、アレクシスのことを思い出し、ひとり赤面している。自分が彼に恋焦がれている状態なのだと、自覚はあった。

 ブローチを乗せた手の指先がじわじわとくすぐったくなってくる。

 しかし、愛がない結婚だと言ったのは彼のほうだ。なぜ今更こんな手紙や贈り物を送ってくるのだろう。体面のために、王都に呼び戻したいのだろうか。

 ため息をつく。セシリアには、分からないし、分かる必要もないと思った。自分は偽りの妻なのだから。

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